同僚と妖精②
ありったけの金を、かき集めた。
貯めていた分。
使う予定だった分。
余裕など、最初からない。
それでも足りない気がして、もう一度数える。
これで十分だ。
これで、終わる。
翌朝。
「ちょっと来い」
妖精は同僚を倉庫裏に呼び出した。
男は欠伸をしながら現れる。
「朝から告白?」
「金だ」
封筒を差し出す。
男の視線が落ちる。
一瞬だけ、表情が止まった。
「……本気?」
「言っただろう。欲しいのだろう」
静かな声。
「これで借りはない」
数秒の沈黙。
そのあと。
男は、にやりと笑った。
乱暴に、封筒をぶん取る。
「へえ」
重みを確かめる。
「……結構入ってんじゃん」
軽い口調。
冗談みたいな声。
胸の奥が、ひやりと冷える。
――やはり。
「助かるわ。妖精ってやっぱ羽振りいいな」
封筒を指で弾く。
妖精は何も言わない。
対価を渡した。
これで、終わりだ。
終わるはずなのに。
男の目が、笑っていないことに気づく。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
何かを飲み込むような顔をした。
だがすぐに戻る。
「ありがとな。借りはこれでチャラな?」
妖精は頷く。
「……ああ」
男は背を向ける。
封筒を持ったまま。
足取りは、妙に重かった。
ーー
金は渡した。
封筒は、彼の手にあった。
それで終わるはずだった。
昼。
作業の合間、皆が弁当を広げる。
妖精は立ち上がらない。
腹は空いている。
だが、金はない。
昨日、全部渡した。
井戸の横で、桶に水を汲む。
冷たい水を飲む。
一口。
もう一口。
胃に落ちるだけで、何も満たさない。
それでも、飲む。
これでいい。
対価は払った。
借りはない。
あとは、関わらない。
「……何やってんの」
声が落ちる。
振り向くと、同僚の男が立っている。
妖精は視線を逸らす。
「水を飲んでいる」
「飯は」
「いらない」
男の眉がわずかに動く。
桶の縁を掴む妖精の指が、白い。
「……昨日の金」
「対価だ」
男は数秒黙る。
その目が、初めて軽くない。
(なんでそこまでするんだよ)
声に出さない。
喉の奥で止める。
妖精は気づかない。
ただ、もう一口水を飲む。
「借りはない。これで終わりだ」
妖精はそう言う。
男は、笑えない。
封筒の重みが、急に鈍くなる。
――返したはずだった。
昨夜、ロッカーに戻した。
気づいていないのか。
それとも。
男は歯噛みする。
軽口で済ませるはずだった。
悪者で終わるはずだった。
なのに。
水だけで腹を満たそうとする姿を見て、
どうしても、笑えない。
男は視線を逸らしたまま、言う。
「……ちゃんと見ろよ」
妖精は眉を寄せる。
「何をだ」
「さあな」
男は背を向ける。
舌打ちだけが残る。
妖精は、意味が分からない。
だが胸の奥が、わずかに揺れる。




