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同僚と妖精⑤

 ――今日は飯食ってんだな。


 それだけだ。


 責めるでもなく、

 笑うでもなく、

 深く踏み込むでもない。


 それなのに。


 あの一言が、頭から離れない。


 妖精は距離を取る。


 作業場でも、休憩所でも、

 なるべく同じ列に並ばない。


 視界に入れない。


 声も聞かない。


 軽い笑い声が遠くで響く。


 いつも通りだ。


 誰かの肩を叩き、

 冗談を言い、

 場を和ませる。


 妖精は視線を向けない。


 向けないのに。


 “今日は”という言葉が、繰り返される。


 昨日は水だったことを、知っている。


 見ていた。


 何も言わずに。


 あれは同情か。


 からかいか。


 それとも。


 分からない。


 分からないものほど、厄介だ。


 怒りなら切り捨てられる。


 軽蔑なら遠ざけられる。


 だが、あの声には、


 どちらもなかった。


 だから、余計に危険だ。


 これ以上、近づいたら。


 これ以上、見られたら。


 自分の中の何かが、崩れる。


 妖精は、背を向ける。


 距離を保つ。


 だが、夜になっても。


 あの一言だけが、消えない。


ーー


 妖精の胸が、理由もなく苦しい。


 怒りではない。


 恨みでもない。


 ただ、あの一言が残っている。


 ――今日は飯食ってんだな。


 それだけなのに。


「よ」


 軽い声。


 振り向かなくても分かる。


「昨日の丸太、今日も俺ら担当な」


 何気ない話。


 仕事の確認。


 距離も近くない。


 触れもしない。


 それなのに。


 声が、妙に近い。


「……話しかけるな」


 思わず、低く言う。


 男が少しだけ目を瞬く。


「何で」


「関わるな」


 はっきり言う。


 男は数秒見つめる。


 何か言いかけて、やめる。


「……そ」


 あっさり引く。


 それ以上追わない。


 その素直さが、余計に刺さる。


 静かになる。


 胸の奥が、ぎゅっと締まる。


 追ってこい。


 いや、来るな。


 自分でも分からない。


 翌日。


「よ」


 同じ声。


 同じ軽さ。


「今日暑くね?」


 昨日のことなど、なかったように。


 妖精は息が詰まる。


 何もなかった顔で。


 普通に。


 距離を保ったまま。


 話しかけてくる。


 無理に詰めない。


 無理に離れない。


 ただ、いつも通り。


 その“いつも通り”が、一番苦しい。


 どうしてだ。


 避けろと言った。


 それで終わりでいいはずだ。


 なのに。


 話しかけられると、胸が痛む。


 話しかけられないと、もっと痛む。


 男は気づいていない。


 妖精の胸が、こんなにも騒いでいることを。


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