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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
星の章 Episode 1.繋ぎ紡いだ縁のその先を
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少女と竜は今日も調査をする


 石材の外壁に囲われた街は、飛翔する竜上からでもその様子がよく見えた。

 関所から関所を結んで街を両断する大通りは、多くの店が通りに面して建ち並び、今日も多くの人々を呼び込んでは賑わいを見せていた。

 街を見下ろすティシェの耳元では、顎下で留めた耳あて越しに風が唸る。

 ティシェは身体の重心を下げた。

 ゴーグルの奥では、空から注ぐ夏の日差しに蒼の瞳を細めた。グローシャの角に添えた手に力が入る。

 微細な変化を感じ取ったグローシャが、皮膜を持つ前足を一つ打って高度を下げ始めた。

 風の唸りが耳を打ち、グローシャが羽ばたく度、かつこつと硬い物がぶつかり合う音が鳴る。

 ティシェの跨ぐ鞍の側面に提げた麻の小袋が鳴るのは、中に鉱石が詰められているからだ。

 ちらりと肩越しに背後を窺い、アーリィが追従しているのを確認する。

 アーリィの背にも騎乗者が不在ながら鞍を取り付けており、側面からは同じく小袋を提げている。

 視線を前に戻すと、竜達は一気に降下した。

 街の建物、その屋根上すれすれに飛ぶ。すると、竜の影に気付いて空を仰いだ街人達から「おぉっ!」と歓声が上がった。

 始めの頃は驚愕をはらんだ悲鳴が上がっていたのに、それも数日と繰り返されれば街人も慣れてくるのだろう。いつの間にか悲鳴は歓声に移り変わっていた。

 街を抜け、街を囲う外壁を通り過ぎると、ティシェは一度身体を起こして重心を上げる。

 その動きに合わせてグローシャが高度を上げ、アーリィもそれに続く。

 そして、ぐるりと旋回したにのち、グローシャとアーリィは関所の前へと降下し始める。着す衝撃を和らぐために皮膜と翼をそれぞれ羽ばたき、最後にとすっと意外にも軽い音で地へと足を付けた。

 グローシャは皮膜持つ前足を折りたたみ、地に腹を付けて屈む。

 さわあと夏のしめりけを含んだ風が、街の周囲の草木を揺らした。


「ありがとう、グローシャ」


 ティシェが彼女の背から降りると、関所から恰幅のいい女性が姿を見せた。

 赤茶の髪をヘアスティックで一つにまとめ、動きやすそうな丈の短かなワンピースの下にズボン姿の彼女は、ティシェの出迎えに手を上げた。


「今日も鉱山調査お疲れさん、お嬢さん」


 その出迎えに、ああ、と頷き一つで返してゴーグルを額まで上げたティシェは、グローシャとアーリィの鞍から一つ小袋を取り外しにかかる。


「今日採れたものの様子はどんなだい?」


「質は安定してきているように見える」


 そう言い、取り外した小袋の一つを彼女へ向かって投げると、彼女は慣れた動きで受け取り、どれどれと小袋の口を開けて中身を覗き込んだ。


「――確かに屑の割合が減っているように見えるねぇ」


 ふむと一つ頷いて小袋の口をきゅっと締めると、女性は顔を上げた。


「これは街の方へ回して収めとくよ」


「じゃあ、次に――」


 すぐにでも次の調査へと動き出すティシェを、女性は慌てて止めにかかる。


「いやいや、今日はもう十分だよ。というか、当分は十分だよ。今回分だって、あんたらの滞在費のどこに宛てようか困ってるからねぇ」


 困ったように笑う彼女に、ティシェは、だが、と言葉を添える。


「ケイトの家に泊めてもらっている他にも、食事だけでなくトールも診ていただいてるんだ。医者の手配分含め、毎日問診にも来ていただいている訪問費もあるだろう」


 その分の仕事を請け負い、働いて返さなければならない。

 指を折ってそれらを考えていると、女性――ケイトは「でもねぇ」と大きく息を吐き出した。 


「鉱山の状態調査で採ってくれた灯煌石は、記録を終えちまえば、質のいいものはそのまま来年の灯火祭で使う灯籠用に回されるし、屑石はあたしらみたいな灯煌石を扱う装飾職人に回されるし、調査の他にも材料調達の仕事も兼ねてたんだよ。――つまり、想定以上に働いてもらってるんだよねぇ」


「だが、竜達の食事も用意していただいているし――」


 鉱山の状態を調べたかった街側と、変化を知りたかったティシェ達の願望が合致した。

 街で世話になる間の滞在費の問題もあり、だから仕事として請け負ったのだ。

 ――今から一週間と少し前。

 発熱したトールを連れ、ティシェは竜達とこの街まで引き返してきたのだ。

 夜遅くに戻って来たティシェに、最初は関所に詰めていた警備隊の見張り番も不審な目を向けていた。けれども、トールの様子に気付くと、すぐに関所の門を開けてくれた。

 街中は建物が密集している関係で立ち入れないグローシャとアーリィとは外で別れ、まだ身体が小柄なカロンの背にトールを乗せ、ティシェは街へと足を踏み入れた。

 しかし、街に入れたはいいが、どうすればいいのかわからず立ち尽くしていたところで、深夜にも関わらず騒ぎに気付いて集まっていた野次馬の中、居合わせたケイトと出会ったのだ。

 ケイトはあの露店で店主をしていた女性だった。露店とは、ティシェが灯煌石の首飾りを買った露店のこと。

 知り合いとも言えない彼女ではあったが、知った顔をみつけた時の安堵は今でも覚えている。

 ケイトとの関係としては、店主と客。しかも一度きりの、それも短な時間の関わりしかなかったというのに、彼女は部屋が空いているからと、自分の家に招き入れてくれた。

 それからトールのために医者の手配をしてくれ、話を聞いて駆けつけてくれた医者も、深夜だったというのに嫌な顔一つせずにトールを診てくれた。

 そして、それから一週間と少し。

 ティシェは街からの仕事を請け負い、その報酬は滞在費と診察費に宛てがってもらっているわけだが。


「その竜達のだけど――」


 ケイトがちらりと、ティシェの隣で腹這いになったままのグローシャを見やる。

 ティシェも同じくグローシャを見やり、その首筋を撫でてやれば、彼女は心地良さそうに目を細めた。

 そして、ティシェとケイトのやり取りを見ていたグローシャがいそいそと動き出す。

 自身の鞍から提げた別の小袋を口先でつつき、ちらりとティシェを見やることで訴える。

 ティシェがその小袋を外してやれば、それを咥えてケイトの方へと差し出した。

 ケイトはもう慣れた動きでためらいなく受け取り、また慣れた動きで小袋の口を開くと、ティシェに見せ付けるように口を広げる。


「この通り、灯種さね」


「そう、だな」


 その灯種は、それこそ文字通りに夜な夜な、グローシャが灯の珠から灯種にしているものだ。

 ケイトがじゃらと小袋の中身を鳴らすと、グローシャは得意げに鼻を鳴らした。


「この通り、結構な量さね」


「……そう、だな」


 夜な夜な、そう夜な夜な。グローシャが灯種にしていることをティシェは知っている。


「この量を、ここのところ数日、それも毎日、この子からもらってるさね」


「…………そう、だな」


「つまり、この子自身の食いぶちは、もうこの子からもらってるってことになるよねぇ」


「……」


 ティシェは閉口するしかなかった。

 そんな彼女の頭に、のしりと重さが乗った。蒼の瞳が小さく据わる。


「重い……」


 小さく唸りつつ、乗ってきたアーリィの顎を退ける。

 退ければ、アーリィが鞍を――正しくは、その側面から提げた小袋をティシェに向けて示した。

 訴えるようにフルルと鳴く。外せ、との意思表示だ。

 はあ、と嘆息一つ。小袋を外してやれば、アーリィもまたそれを咥えてケイトの方へと差し出した。

 ケイトが苦笑しながらそれを受け取り、これもまたティシェへ中身を見せるように口を広げる。


「この通り、この子からは羽をもらってるさね」


 綺麗な真白の羽が小袋の中に詰められていた。

 これは抜け落ちた自分の羽を、アーリィ自ら集め、そして小袋にいそいそと詰め込んでいたものだ。

 風竜は夏頃になると、夏の暑さに備えて古い羽が抜け落ちる換毛期がある。そしてまた、冬の寒さに備えて新しい羽が生えてくるのだ。

 そしてアーリィは、換毛期によって抜け落ちた自身の羽を集めていたわけだ。


「こんな真白に綺麗な風竜の羽だ。飾り羽としては申し分ないし、今度大きな街へ仕入れに行くときに売れるよ。街の皆も喜ぶさね」


 ケイトのほくほくとした顔に、ティシェは今度こそ口をつぐんだ。

 風竜の羽は飾り羽として人気があり、こうして換毛期によって抜け落ちた羽は市場に出回って売買される。

 服飾における華やかさの彩りに用いられたり、あるいは贈り物のささやかさを演出するのに一役買ったり。

 単一で飾っても申し分ない風竜の羽の用途は多岐にわたるゆえ、トールにとっては一人旅の際の収入源の一つだったらしい。


「――とまぁ、この通りだよ」


 順繰りにケイトは受け取った小袋を示していく。

 鉱山の調査として採取した石が入ったもの。灯種の入ったもの。抜け落ちた羽が入ったもの。

 期間としては、鉱山調査は一週間と少し分と、灯種と羽については数日分。それを街に納めているわけで。


「これ以上もらっても、街としては持て余すからねぇ。ついでに言ってしまえば、もう一頭の小さな竜くんの分も間に合ってるよ」


 ケイトが苦笑を浮かべる向こう、関所からは見張り番達が顔を覗かせて様子を伺っていた。

 ティシェと目が合った見張り番が、ケイトと同じく苦笑を浮かべる。

 なるほど、確かに困っているらしい。

 ティシェはふっと息を落として、わかった、と小さく頷いた。


「……また手伝いが必要であれば、声をかけてくれ」


「ああ、そうさせてもらうよ。ともかく、お嬢さんは休みな。この街に来てからは、ずっと鉱山に入って調査手伝いをしてくれてるだろう」


 休むのも仕事のうちさね、とケイトは呆れたように息をもらして。


「それはあのお兄さんにも言えることだけどねぇ、まったく……。動けるようになれば、りはびり、とかわかんないこと言って、あたしの店の品出しやら店番やら手伝ってくれちゃって」


 そして今度は、深い嘆息と共に肩を落とした。

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