↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 6.はじまりの願い星
PR
83/117

星がはじまり


   ◇   ◆   ◇




 ふっ、と。まぶたの裏を灼くほどの光量が突としてやんだ。

 肌を撫でた風の感触に、ティシェはおそるおそるまぶたを持ち上げた。


「…………ここ、は」


 呆然とした呟きを、夜の森のさざめきが迎える。


「移動、した……?」


 外に届けると、かの竜が言っていた言葉を思い出す。

 これがもしや、そのことだろうか。

 が、腕の中で小さく呻く声がして、はっと視線を落とす。

 苦しげに歪められていたトールの顔が、今は穏やかなものになっていた。

 抱えていたトールの頭を、そっと自身の膝上に下ろす。

 指の腹で彼の頬を撫でると、くすぐったそうに彼が身をよじった。

 そして、薄らとまぶたが持ち上がり、鳶色の瞳が覗く。しばし彷徨ったのち、ティシェを捉えてゆっくりと瞬いた。


「てぃ、しぇ……?」


「……ああ、私だ。調子はどうだ?」


「なんか、だるいけど、楽には、なったかな」


 薄く笑ったトールが、ティシェの向こう側――夜空へ視線を向ける。


「ここって、もしかして、外……?」


「私も状況が掴めていないんだが……星願の竜は、外に届けると言っていた」


 ティシェも顔を上げ、辺りへ視線を向ける。

 夜風に揺れる葉擦れの音に、虫の子守唄。ぼんやり夜空を見上げれば、瞬く星と遠くで梟の声が聴こえた。

 吹き抜ける夜風がティシェの白銀の髪を静かに揺らす。

 ぼんやりしていると、視界の端で灯がちらついた。

 ティシェは蒼の瞳をはっと見開き、弾かれたように振り返る。振り返った先でグローシャの姿を認め、ほっと安堵に緩く息を吐き出した。

 グローシャはピルルゥと一つ鳴き、大丈夫だよと伝えるように体内の灯を明滅させる。

 すると、今度は目の前に別の顔が現れた。天色の瞳が何か言いたげにティシェの顔を凝視する。

 ぎょっとして軽く仰け反るも、膝上からの「アーリィ」との呼び声に、彼女はすぐに顔を下げた。

 トールの頬に額を擦り付け、フルルゥと鳴くその声は、文句とも、安堵ともとれる響きを持っている気がした。

 くすぐったそうにトールは小さく声をもらす。


「心配させたね」


 その一言に、アーリィは全くだと言わんばかりに、彼の額を軽く小突いて顔を離した。

 そしてティシェを見やると、こちらは優しく額を小突いてから、そそと離れていく。

 彼女の行動の意図が掴めなくて蒼の瞳を瞬かせていると、下からくすりとやわらかな笑い声がした。


「アーリィなりのお礼だと思うよ」


「そう、なのか」


「うん、そうだよ。それから、僕からもお礼を言わせて。ありがとう、それと迷惑かけてごめんね」


 微苦笑したトールは身体を起こそうとしたが、それをティシェがやんわりと押し留める。


「もうしばらく休んでおけ」


「でも……」


「迷惑ではないし、そもそもがこんな事態を招いたのは私だ。私の方こそすまなかった」


 互いが互いに顔を見やっていると、やがて折れたトールが息を吐くようにやわく笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 実際にまだ身体の怠さは抜けきれていないし、頭もなんだか重い状態ではあるのだ。

 それに、彼女の膝に頭を乗せている現状に安心を感じている自分もいて、それをもう少しだけ味わっていたい気もする。

 そんなちょっとした下心に、トールは内心で苦笑した。

 と、そんな時だった。

 トールの視界に星が映る。夜空には幾つも星が瞬いているのに、何が目立ったのか。目を引いたのか。

 それはすぐにわかった。


「あ」


 トールが声をもらせば、それを拾ったティシェが不思議そうに首を傾げる。

 どうした、と問いながら、ティシェはトールが自分を見ていないことに気付き、その視線をたどるように夜空を仰いだ。そして、小さく目を見張る。

 夜空に一本線があった。夜空に瞬くどの星々よりも明るい一つの星が、尾を引いて流れていく。


「あれは、流れ星か」


 だが、どこかぞわりと胸をざわつかせる。

 その感覚から一つの疑惑を抱いた。


「なあ、トール」


 流れ星を見上げながら、ティシェが声をもらす。


「星願の竜が言っていた。問いたいことがあるならば、星を追え、と」


「……あの流れ星がそうなんじゃないかって?」


「私はそんな感じがするんだが、トールはどうだ?」


 ティシェがトールを見下ろすと、トールもまたティシェを見上げた。


「……僕も、そんな感じがする。それにほら、見て」


 トールに促され、竜達の方を見る。

 グローシャは体内の灯を激しく明滅させ、アーリィは流れ星を睨み上げたまま、グルルと唸り声上げていた。

 あの落ち着きのない様子は、星願の竜に対して見せていた反応と同じもの。

 流れ星がかの竜だというのが、ティシェの中で疑惑から確信に変わる。

 そして、それを決定付けるように、近くの気配もざわついた。

 何事かとティシェが視線を落とせば、星明かりに落とされる影の中、紅の双眸がどこか居心地が悪そうに眇められていた。


「どうした、カロン」


「……ぞわぞわ、する」


 ふるりと影の中で身体を震わせ、カロンは不機嫌そうにぐると小さく唸る。


「落ち着け」


 ティシェは影に手を伸ばした。

 すると、それを予感していたのか、影が竜の質感を持って盛り上がる。

 頭だけ顕現させたカロンに小さく苦笑しつつ、ティシェはなだめるようにゆっくりと撫でた。カロンが気持ちよさそうに瞳を閉じる。

 その様子を見やりながらしばらく、ティシェは意を決したように静かに口を開いた。


「私は、星を追いたい」


「それは僕のため?」


「いや、私のためだ」


 真意を探るように、トールの鳶色の瞳が見上げてくる。

 カロンを撫でる手を止めると、その瞳を真っ直ぐに受けとめ、ティシェはさらに言い添えた。


「私のけじめのためだ」


 言い切れば、鳶色の瞳がやわらかく笑った。


「そっか。なら、僕も僕のけじめのために、一緒に行ってもいい?」


「いい、のか……?」


「言いかけたままだったけどさ、僕もティシェのこと大事にしたいから」


 くしゃと笑う彼に、ティシェは自然と頬に熱が灯るのを自覚する。

 なんとなく彼を見たくはなくて、そっと視線を逸らせば、トールが苦笑した気配が耳をふるわせた。そこにはらんだ嬉しげな気配がまた、ティシェに灯った熱の温度を上げる。

 このまま膝から頭を落としてやろうかと、一瞬乱暴な考えがよぎったが、体調の悪いトールを慮って思いとどまった。

 と、トールが身じろいだ。まさか考えが読まれたかとティシェがトールを見やると、彼は竜達の方を見ていた。


「みんな寝ちゃってるね」


「さすがに疲れたんだろうな」


 ティシェもトールの視線を追って竜達を見やる。

 グローシャもアーリィも、いつの間にか身を丸めて眠っていた。

 面白いなと思ったのは、彼女達はお互いに絶妙に離れたところで眠っているところか。思わず小さく笑う。

 カロンはどうだろうと思い、視線を落とす。もうそこに彼の姿はなかったが、影に触れてみれば竜の鱗に触れた。浅いところで眠っているのだろう。

 夜の森に風が吹き抜け、さわあと穏やかに枝葉が揺れる。

 その風を頬に受け、気持ちよさに目を細めた時だった。

 ずいっ、と。突として視界に浅緑色が現れた。

 驚きで蒼の瞳をぱちくりと瞬かせていると、浅緑色のそれが、ピィ、と声を上げる。

 ラッフィルだった。ラッフィルがトールの手の平に乗って持ち上げられている。


「……ラッフィル、おねがい」


 困惑を滲ませていると、膝上から聞こえた声。

 その瞬、ラッフィルを持ち上げていた手が落ち、ラッフィルは慌ててティシェの肩に飛び移った。


「トール、どうしたっ!」


 ティシェの声とラッフィルの鳴き声が重なる。


「ごめん、ちょっとつかれたかも」


 トールが力なく笑う。ティシェがその頬に触れると、熱かった。


「……熱が上がってる」


 触れたティシェの手が気持ちよかったのか、トールは心地よさげに目を細めると、そのまますぅと目を閉じ、気付けば寝息が聞こえ始めた。でも、その寝息はどこか苦しげだ。


「ラッフィル、グローシャとアーリィを起こしてくれ」


 肩をちらりと見やると、ラッフィルはピィと一つ鳴いて竜達のもとへ飛んでいく。

 ティシェは影を軽く叩いた。ややし、影がぐっと盛り上がってカロンが顔を出す。

 どこか眠たげな紅の瞳が不思議そうにティシェを見上げ、それからトールを見やると、すぐに眠気を吹き飛ばしてくれたらしい。


「トールを運ぶ」


 ティシェの一言でカロンが影から完全に顕現すると、ちょうどラッフィルが、目を覚ましたグローシャとアーリィを引き連れて戻って来るところだった。


 そんなにわかに騒がしくなった彼女らの頭上では、夜空に尾を引く星が余韻を残しながら流れていく――。





 これは、定めた旅の終着点にて願い星と相対した一行のひとこま。そして、星を追う旅のはじまり――旅の一頁である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。