少女と青年は灯りをみつける
かつてこの地に根を下ろすことにした人々は、外敵から身を守るため、街の周りに高くそびえ立つ外壁を築いた。
建築の知識があったゆえか、それともなかったゆえか、はたまた試行錯誤の末か、ぐるりと街を囲うその外壁は、やたらとちぐはぐな造りだ。
箇所によって石材は異なり、その組み上げ方も異なる。見方によっては雑な造りにも丁寧な造りにも見えるため、のちの人々は、なんだか風情があるなあと、これまた単純な理由で残すことにした。
そんな単純な理由が、古きものは趣きがあるもんなあと、別の意味に取り替えられるくらいには時が経った今、風雨にさらされ続けた外壁は、煤けて苔むし、確かに古きもの特有の雰囲気、趣きを放つ。
風情があるから遺したんだと言われてしまえば、それも納得な風化の仕方だった。
良い時の経ち方をした、今や形ばかりとなったそんな外壁、その関所を潜り、簡単な身分提示をしたのちに街へと踏み入れた。
関所から真っ直ぐ伸びる石畳の敷かれた大通りは、そのまま向こう側の関所へと続いている。
「賑わっているな」
頭巾を被ったティシェは、軽くそれを持ち上げて蒼の瞳を瞬かせた。
がやがやと多くの人が行き交う大通り。
活気あふれるその光景に、少しだけ気圧されそうだ。
「大通りなだけあって、いろんなお店が並んでるみたいだね」
その隣で、トールが弾んだ声を上げた。
どこかわくわくとした空気をまとった彼は、外套を頭からしっかりと被って歩き出す。釣られてティシェも足を踏み出し、あとに続いた。
空から照る強い夏の陽射しが石畳を照り返す。
だが、暗い色合いの石畳を丁寧に敷いた大通りは、その照り返しによって目を射られることはなかった。
混雑という程ではないが、それなりの人の流れはあり、行き交う人々とぶつからないよう気を張りながら、ティシェは視線を巡らせる。
食料、食材店や、飲食店、雑貨店、薬屋など、様々な店が立ち並んでおり、もしかしたら、この街の生活に主要な店のほとんどが集まっているのかもしれない。ならば納得の賑わいだ。
買い物に来たのだろう街人達の姿を見ていると、その中に、ティシェ達のような旅装姿もちらほらと見かける事に気付く。
「外からの人も多いようだな」
ティシェが言葉をもらせば、歩幅を緩めたトールがティシェの横に並んだ。
「小さな街というわけでもない。だから、旅人が立ち寄っても不思議はないが、この先は山越えになるぞ」
まさか知らなぬわけはないだろう。
街中では外壁に遮られて見えないが、外へ一歩出れば、嫌でもこの先にそびえる山々が臨める。
わざわざ山越えをするくらいならば、大きく迂回することにはなるが、別の道程でこの先を目指したほうが賢い。
ティシェ達のように目的がない限り、わざわざ山越えをしようとは思わないだろう。
「この地域ではね、今の時期に催される祭りがあるんだ。その祭りを目当てに訪れる人もいるんだよ、所謂観光で」
「観光……?」と、隣を歩くトールへ聞き返そうとした時。
「――そこのお二人さん」
前を通りかかった屋台に呼び止められた。
思わず足を止め、トールが「僕達?」と自分を指差して首を傾げる。
それに機嫌よく頷いたのは、恰幅のよい屋台の女店主だった。
「そうさ、おばちゃんが呼び止めたのは、そこのお兄さんとお嬢さんだよ」
ティシェとトールは互いの顔を見合わせる。
どうする、とティシェが目だけで問うてみれば、行ってみようか、とトールが口にする。ティシェは小さく苦笑しながら、了承の意で頷いた。
屋台の前まで行ってみれば、にっこりと笑う女店主に迎えられる。
「見たところ旅人みたいだけど、お二人さんは観光で?」
「それも目的の一つですけど、街に立ち寄ったのは買い出しですね」
竜はこの街の特性上立ち入れられないため、この街へは本当に立ち寄っただけだ。
「おや、そうだったかい」
女店主の笑みは、建前でのそれでなく、人のぬくもりを感じさせる懐っこいものだった。
目が合うと、さらにその笑みが深まる。気が良さそうな彼女に、ティシェは軽く会釈をして応じた。
「……装飾品、ですか?」
屋台に並べられた品物を見ていたトールが訊ねると、彼女は「そうさ」と快活と答える。
光を弾くようにきらきらとした品物は、鉱石を加工したもののように見えた。
それが様々な体をして並んでいる。首飾りや腕輪、髪飾りや髪留めなど。
きらきらとした鉱石が使われているとはいえ、派手な意匠ではなく控えめものだ。
だが、少し引っかかりを感じてじっくりと眺め始める。
きらきらと言っても、鋭いものでもなく、どこかほんのりと光って見えるそれ。
「これ、鉱石っていうのは間違いなさそうだけど、きらきらして見えるのは、鉱石が持っている性質に寄るものではなさそうな感じかな」
並べられた品物に使われている鉱石は、一見すれば鉱石が光を弾いてきらきらしているように見えるが、その実、鉱石に内包されているものから漏れているようにトールには見えた。
「……灯種」
横からした小さな声に、トールは、え、と目を向ける。
ティシェは女店主を真っ直ぐ見やり、今度はしっかりと口にした。
「これは、灯種と灯煌石を使ったものだろう」
「おや、知っているのかい。こりゃ、驚いた」
女店主は目を丸くしてティシェを見る。そして、すぐにその相好を崩した。
「一目で気付く人は少ないから、おばちゃん、ちょいと嬉しくなっちゃうよ」
「……ある一族が継いできた技法だと、幼い頃に聞いたことがあるが」
「おばちゃんが子供の頃だよ。灯竜と一緒に白銀の御人が訪れたことがあってね。各地を旅して周ってる旅人だったんだけど、その御人から教わったのさ、世話になった礼だって」
懐かしいね、と女店主が瞳を和らげる。
「ま、当時教わったのはおばちゃんの両親だけどね」
「だが、あなたはそれを継いだ」
やわらかな声音でティシェが告げれば、女店主は一度瞳を瞬かせあと、「そうさ」と嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
ティシェがそっと礼を口にすると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「どうして、お嬢さんが礼を言うんだい?」
「なんとなく礼を言いたくなった」
「変なお嬢さんだ」
女店主は快活に笑ったのち、ゆるりと瞳を細める笑みに変えた。商売人としての顔だ。
「それなら、品物の一つでも買ってくれると、おばちゃんはもっと嬉しくなるってものだけどねぇ」
きょとりと、ティシェは面食らって瞳を瞬かせる。そして、トールと顔を見合わせて小さく笑う。
「それもそうだな」
では、これを。
と、ティシェは並べられた品物を指差した。




