少女達と竜は今日もやっぱり仲良し
風になびく髪を抑えながら、ティシェは疲れた身体を家の外壁にあずけて腰を下ろしていた。
山から吹き降ろす風は、陽も落ちてしまえば、より一層冷たさを帯びる。
ふるりと身を震わせると、それ気付いたグローシャがティシェの側に寄り、ほんのり熱を持たせた身体を彼女に寄せてくる。
「――なあ、グローシャ」
ティシェに身体を寄せつつ、身を丸めたグローシャが目線だけを寄こす。
「トールの傷は深かったりしたのだろうか」
森から戻ってきたティシェとトールは、家から出てきた調査の依頼主である農夫に出迎えられた。
しかし、彼はトールの姿に驚き、すぐさま家の中へと通された。
怪我の手当ての準備の間に農夫へ結果報告をした。
地竜の躯があったこと。そこで躯の番だったと思われる地竜と、狂った物と遭遇したこと。調査依頼であった小さな竜の声とは、地竜の子竜であろうこと。そして、子竜はおそらく地竜の躯の子だろうと。
一通り報告し終えると、手当てのための道具を持った女中が入室してきた。
手当てをする場にティシェが残るわけにもいかないため、そのまま部屋を辞して今に至る。
かすり傷程度とトールは言っていたが、それにしては少々時間が経ち過ぎている気もする。
浅く見えた傷が、実は深かったということもある。
いつかの星落つる跡地、その泉で汲んだ水を渡すべきだったろうか。あの水を薬に混ぜて患部に塗布すれば、治りは驚くように早かった。
もしものためにと、残った水はまだ持っている。未だに星の瞬きのようなあのきらめきは、衰えることなく瓶の中で水とともに踊っている。
いつの間にか落ちていた視線に、俯いていたのかと気付き、少しばかり重さを持った息を落とした。
と。隣から、としんたしん、と地を小さく叩く音がした。
目を向ければ、グローシャがピルルと鳴く。その優しい声に、ティシェは表情を緩めた。
ティシェを見やる橙の瞳が、大丈夫だよ、と告げている。それに、そうだな、と返した。
山から風が吹き降りる。冷えた風が、少しだけティシェに落ち着きを運び、さわさわと揺れる草原の音が、強張りを解していく。一心地に息を吐き出した。
そんな時、かさかさと違う音が混じり、音の方へ視線を向ければ、子竜が動くカロンの尾を追いかけ回っていた。
すっかりと陽は暮れているというのに、元気だなと小さく笑う。
カロンの尾を目掛け、子竜が勢いよく飛び付く。だが、カロンは子竜に捕まる直前に尾を振ってかわしたため、子竜は地を滑った。それなのに、子竜はトロトロと楽しげな声を転がす。
むくりと子竜が身体を起こしたところで、子竜は足を止めて振り返った。
トロロォ――。離れたところから地竜の声。
その呼び声に子竜は駆けていく。
ティシェも立ち上がり、親元へ向かう子竜の後ろを追いかけた。
「あなたに伝えたいことがある」
子竜と顔をすり寄せ合ってじゃれていた地竜が、ティシェを見やる。
「この山をさらに下りた先に街があるんだが、その街の駐在騎士隊に要請を出すそうだ」
ティシェを見やる地竜の瞳は、凪いだように静かだ。
子竜はくわあとあくびを一つし、地竜の足下で身を丸めた。
「あなたの番が天へ還るまでの間、何物にも邪魔をさせないために」
山から風が吹き下ろし、さわあと音を奏でて草原を揺らす。
くしゅっ、と子竜がくしゃみをした。地竜が自らの大きな身体を風除けにするため、少しだけ足を動かした。
「私の言葉が、どのくらいあなたに伝わっているのかは解らないし、そもそもが全く伝わっていないのかもしれない。それでも、私があなたにきちんと伝えたかった」
これは全くもって、ティシェの一方的な自己満足でしかない。
それでも地竜は、遮ることなく、去ることなく、ティシェの言葉に耳を傾けてくれた。
「私の言葉を聞いてもらい、感謝する」
ティシェが真っ直ぐに礼を口にすると、地竜もまた彼女を真っ直ぐ見据えてトロトロロォと鳴く。
そして視線を外すと、眠る子竜をそっと咥えて踵を返した。
草を踏む音を立てながら、のっそのっそとゆったりした足取りで森の方へと帰っていく。
「……なんと言っていたのだろうか」
「自分、感謝する。って、言ってた」
地竜親子の背を見送りながらこぼした呟きに、答えが返ってきた。
かさ、と草の擦れる音に視線を落とす。
ティシェの隣に座ったカロンが、同じように地竜親子の背を見送っていた。
「そうか。私の言葉は伝わっていたか」
よかった、と。どこかほっとしたように、ティシェは目元を和らげる。
「――地竜は森へ帰って行ったところ?」
後ろからの声にティシェとカロンは振り返った。
頬に貼り物をしたトールが、角にラッフィルを留まらせたアーリィを連れてこちらへ向かってくるところだった。
擦れて一部が破れてしまったつなぎからは着替えている。
「手当ては終わったのか?」
「うん。腕にも傷薬を塗布した貼り薬をいただいたよ」
「遅いから傷が深ったのかと心配した」
ティシェの隣に並んだトールが、鳶色の瞳を小さく見張った。数度瞬いたのち、少しだけ嬉しそうにやわらかくなる。
「それは、ごめん。でも、傷の方は本当にかすり傷だから」
「……それならば、いいのだが」
やわらかくなった瞳に、なぜだがむず痒いような心地にされ、ティシェはそっと顔を逸らした。
「遅くなったのは、いろいろといただいていたから」
その声に、むず痒さがまだ残るティシェは、トールをちらりと見やるだけに留めた。が。
「調査結果が想定したものと違っていたからってことで、今晩分の宿と食料もらってきたよ」
にしっ、と得意げにトールが笑うものだから、ティシェはまじまじと彼の顔を見ることになってしまった。
「……それは、有り難いな。食料の方も、そろそろ調達しなければいけなかったし」
「でしょ。人との交渉は僕、得意だからね」
ぱちくりと蒼の瞳を瞬かせるティシェの反応が楽しく、トールは笑みをさらに深めた。けれども、その笑みはすぐに引っ込み、申し訳無さそうな表情をティシェに向ける。
「でもね、次の街まで付き合うことになっちゃった」
「それは、駐在騎士隊に躯の護りを要請する件についてか?」
「道中の護衛としてね。滅多にないけど、山賊とか、獣とかに襲われることもあるらしいんだ。どちらもまともなら、自然竜を相手にしようとは思わかないから、一緒に行ってもらうだけで十分護衛になるんだって」
「……山賊にまともないとは思うが」
それはそうだけどね、と苦く笑うトールが、そろりとティシェの顔色を窺うように見やる。
「……勝手に、ごめんね。でも、必要なことだと思って」
ティシェは真っ直ぐトールの視線を受け留め、ふっと小さく笑った。
「構わない。とくに竜に関することなんだ。私もそうする」
「うん。ティシェなら反対しないよなって思ったのもある。――あ、でも、護衛を引き受けるのを条件に、道中の食料はあちら持ちにしていただいた」
またもや、トールがにしっと得意げに笑うものだから、今度はティシェもつられて、ふふっと声をもらして笑ってしまった。
やわらかい彼女の笑みに、トールは一瞬だけ笑みが引いたが、すぐに先程とは別の嬉しそうな笑みを浮かべる。
そうして二人はしばし笑い合い、風に揺れる夜の草原に笑い声を響かせていた。
その笑い声は、のしっ、とトールの頭へ、アーリィが顎を乗せたところで止まる。
フルルルルゥ。飽いた――そんな響きを持った声に、アーリィはさらに重さをその顎に乗せた。
沈む自らの頭を持ち上げつつ、トールは手でアーリィを押し退ける。
「わかった、わかった。戻ってご飯にしよう、そうしよう」
「ご飯! 食べる!」
ご飯、の言葉に反応したのは、ティシェの足下で大人しくしていたカロンだった。
期待した眼差しでティシェとトールを見上げて訴えかける。
「カロンは頑張っていたからな」
「だね。それはお腹も空くよね」
苦笑するティシェとトールに、今度はアーリィの角に留まるラッフィルが、ピィッ、と元気に声を上げた。
自分だって頑張ったよ、とでも言いたげな雰囲気に、トールが指先でくすぐるように撫でる。
「わかってるよ、ラッフィルも今日は頑張ってくれたもんね。ティシェに報せてくれたりとか」
「それから、トールのもとまで案内もしてくれたな」
一頻り撫でられて満足したラッフィルは、アーリィの角からカロンの角へと移った。彼を乗せたカロンは、今夜も宿となる農夫の家へと走り出す。
その背を見やりながら、トールは今夜のご飯どうしようかなと考えを巡らせる。
さすがに農夫の家で食事までは厄介になれないので、外での食事となる。昨夜はすでに村の飲食店は閉まっていたが、今日はまだ営業時間内だと先程教えてもらったので、今夜は店で食事にしてもいいかもしれない。
「ねえ、ティシェ。今日は店で――」
食べてもいいかもね、と続けようとしたところで、小さく顔をしかめたティシェに気付いた。
一瞬自分に向けられているのかと思ったが、彼女の視線は自分を通り越しているのに気付き、その視線を追いかけて納得した。
「グローシャ、勝手に食べるな」
つかつかと歩いていくティシェに、グローシャは、げっ、という顔をする。
家の外に置かせていただいていた荷から、そろぉと干し肉を引っ張りだしていたグローシャが、すすすとゆっくり離れていく。
ちなみにグローシャの前足には、ちゃっかりと味付け目的にだろう調味料一式が抱えられていた。
不満たらたらなその表情は、まるで「ご飯って聞こえたもん」と言っているようにも見える。
ティシェはそんなグローシャから調味料一式を取り返し、トールを振り返った。
「さっき、何か言いかけなかったか?」
「ううん、なんでもないよ。今からご飯の準備はじめようか。この場所使っていいよって、許可はいただいてるし」
お、と一気に機嫌を良くしたグローシャが、ティシェに取り返された調味料一式を取り返し、引っ張り出しかけていた干し肉を引っ張り出す。
ティシェはグローシャに呆れ、カロンとラッフィルは準備完了待ちの体勢をとった。彼らはご飯の準備を見守る係である。
それぞれの反応に笑ったトールは、一度夜の空を見上げた。
灯竜灯の灯りを散りばめたような、優しい灯火を瞬かせる星々に鳶色の瞳をやわく細めたあと、アーリィを振り返る。
「今日も賑やかな夜になりそうだね」
楽しげに笑うトールの横を、アーリィは興味がなさそうな様子で通っていく。
トールもそれはわかっていたので、とくに不満をもらすことなく彼女のあとに続いたのだった。
これは、共に旅をする彼女と彼らの日常の一場面である旅のひとこま――旅の一頁である。




