小さい竜
カロンを追いかけてすぐ、ティシェとグローシャは小道に飛び出した。
まるで獣道のようなその小道。だが、道幅はよくみる獣道のそれではない。
「ここは竜の通る道か……?」
グローシャが苦なく通れる道幅であり、道のならされ具合から、普段からこの道を通る存在がいる雰囲気をティシェは感じ取る。
「あの地竜が通っていた道なのかもしれないな」
どう思うかと、鼻先を地面に近付け、気配を探っていたグローシャに投げかけてみる。顔を上げた彼女は、ティシェを振り返って微妙な顔をした。
肯定とも否定とも受け取れるその顔に、意味を掴みあぐねて小さく顔をしかめてしまう。が、ティシェの中にも見えはじめている答えがあった。
「あの地竜の気配は感じたか?」
その問いに、グローシャは一つ頷いた。
「――……他の竜の気配を感じたか?」
その問いにも、グローシャは一つ頷いた。
ティシェの中で見えはじめていた答えが輪郭を帯びる。
「他に竜がいる可能性がある、ということか」
小さく息を吐きながら、ティシェは身体の重心を傾けることで、グローシャに先へ進もうと促す。
獣道の先では、なかなか追いついてこないティシェらを気にしたカロンが、こちらの様子を窺っていた。
グローシャが歩き出す動作に合わせ、ティシェの腰に括られた木鈴が揺れ、りぃん、と小さく音を奏でた。
枝分かれした細い道も幾つかあったが、主だった道に絞って竜達は気配を探り、ティシェも出来る限りで視線をめぐらせる。
それから間もなくだった。
カロンが足を止め、グローシャも立ち止まる。
何かを察知したその様子に、ティシェも自然と口をつぐんで息を殺す。と、微かな音がした。
今度はティシェの耳も拾ったその音は、声と認識にするには曖昧で、けれども確かに音は聴こえた。
トロロォ――。トロォ。
今度ははっきりと。
カロンが小道から外れ、茂みに頭を突っ込んだ。
もそもそと奥へと進んでいき、彼の姿が茂みに呑まれる。
ティシェはグローシャの背から降り、彼女と共にゆっくりと茂みを掻き分けて進んでいく。
そして、それからしばらく。少し広がった空間に出た。
そこで目にしたものに、ティシェは静かに息を吐き出した。
「……子竜がいたのか」
ティシェの見つめる先。カロンの後ろに隠れるようにして、地竜の子竜がティシェとグローシャを見上げていた。
体躯はカロンよりも一回りほど小さく、ティシェが抱え上げられそうなくらい。
子竜はカロンの後ろに隠れながらも、ティシェ達を見上げる瞳には、少しばかりの好奇心が覗き見えた。
もしかすれば、地竜以外の竜や、そもそも人を目にすることが初めてなのかもしれない。
ティシェは意味ありげな色を滲ませ、碧の瞳を伏せた。
「地竜に子がいたのならば、あの痩せた躯にも理由はつくが……」
あくまで推測に過ぎないが。
子を宿し、産み育てるのは、その経験のないティシェにだって大変なことだろうことはわかる。けれども、所詮は“だろう”だ。何も知らないことに変わりはない。
興味深そうにティシェを見上げる子竜の瞳は、まだ何も知らない無垢なそれ。
思わず頬を緩めかけ――そこで、いや待てよ、と瞳を瞬かせた。
ティシェはその場にしゃがみ込み、子竜を怯えさせないようにそっと手を伸ばす。
近付けた指先に、カロンの後ろから出てきた子竜が、ゆっくりとだが顔を近付けてくる。鼻先を寄せ、ふんふんと鼻を鳴らす。
その警戒心のなさに、ティシェは一抹の不安を覚える。
「……お前、傍で守ってくれる存在が最近までいたんじゃないのか?」
ティシェの問いかけに、子竜は不思議そうに首を傾げた。その無垢な瞳で。
「初めて会ったカロンは、もっと……縋るような――」
――相手を求めるような。
ある種の必死さが垣間見えた。それが目の前の子竜には感じない。
必死さも、怯えも、警戒も。それを抱かなくともいい環境――守ってくれる存在が、傍にあったからなのではないのか。ごく最近まで。
だが、そうなると不可解な点がある。あの地竜の躯だ。
骸と成りかけている、その度合からは察するに、あれはごく最近のものではない。
そうなると――。
「まさか、もう一頭いる……?」
竜の番だ。子竜がいるならば、番だっていたはずだ。
地竜の躯の傍には、他の竜の気配がなかったゆえに思い至らなかった。
だが、そうなると子竜の傍にいない理由はなんだろうか。
手にじゃれつき始めた子竜に目を向けながら、ティシェはその理由を考える――が。
突として、大きな音が響き渡った。大きなものが倒れたような、重く身体に響く音が。
子竜がびくりとし、首をすくめる。カロンが子竜を庇い、グローシャがティシェを庇う。
と、そこでティシェは、この場にトールがいないことに気が付く。グローシャが被膜ある前足で引き寄せる中で、ティシェはその隙間からトールの姿を探す。
だが、どこを見やっても彼の姿はなく、焦燥広がる胸中に、何ががさあと引いていく感覚を覚えた。
一瞬脳裏に過ったのは、なんの光景か。重なるような光景に、じわりと侵食してくるのは――恐さ。
「トー、ルっ――」
不安にかられ、焦れたように彼の名を呼ぶ。
身じろいだ拍子に、腰に括った木鈴が、りぃんっ、と強く鳴った。
その瞬。ピィイ――と、張り詰めた空気を割く声が響き渡る。
弾かれたように空を仰ぐと、浅緑色の鳥が青い空を背にして旋回していた。反射的に叫ぶ。
「ラッフィルっ! トールのところまでっ!」
旋回していたラッフィルが、こっちだよ、と言うように声を上げると、一つの方向に向かって飛んでいく。
そのあとを追うため、子竜をカロンにまかせたティシェは、グローシャの背へと飛び乗った。




