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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode3.花と触れる影に少女は竜を想ゆる
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竜の在り方を


「……現金なやつめ」


 遠目に薄ぼんやりとその光景を眺め、ティシェは一人ぼやく。

 足を広げ、足裏を付けた体勢で座るティシェは、背を丸めて膝に肘を置いた手で頬杖をついた。

 グローシャはティシェの傍らで身体を横たわらせている。

 さわあと吹き抜ける風が、今は飛行帽を脱ぎ、肩口で切り揃えられたティシェの白銀の髪を揺らす。

 ティシェの視線の先では、カロンがご満悦な表情で甘えた声を出していた。

 そんな彼を花竜の一頭は、地に身体を伏せ、大事そうに前足で抱えて、頬を擦り寄せたり、鼻面を押し付けたり、舌を使って身綺麗にしたり、甲斐甲斐しく世話をしている。

 あれではまるで。


「……親、みたいじゃないか」


 カロンと花竜を見つめる蒼の瞳が、何かの色をはらんで揺れ動いた。

 それでも、ティシェの表情は常の通りに乏しいまま。

 始めは恨みがましい目でティシェを睨んでいたカロンも、花竜の甲斐甲斐しさに次第に絆され、今では甘えてまでいる。

 ティシェは息を落とした。

 胸に凝った何かを吐き出すような、少しばかり重い息。

 あれが竜の親子の姿、か――。

 あの花竜達は番なのかもしれない。

 そして、何らかの理由で今は子がいない。

 巣立ったのか、亡くしたのか。

 それはわからないが、花竜とカロンの姿は、ティシェにそう感じさせた。

 ティシェがごろりとグローシャの方へ倒れ込む。

 体重にまかせて倒れ込んでも、竜のがっしりとした身体は微動だにしない。


「――なあ、グローシャ?」


 グローシャの鱗に頬を寄せながら、ティシェが静かに問う。

 触れた箇所から、ほんのりとグローシャから発せられる熱を感じた。

 グローシャが頭をもたげてティシェを見やる――何かを咀嚼しながら。

 あにあに。もしゃりもしゃ。

 蒼の瞳がグローシャを見上げ、ぱちりと瞬く。


「……何をしているんだ」


 問われたグローシャが、くいっと視線で指し示す。

 その視線を追えば、カロンを抱えていないもう一頭の花竜がいた。

 カロン達から少し離れた場所で、その身をぶるりと震わせる。

 と。


「おっ、と」


 ティシェに向かって何かが飛んで来る。

 それを彼女は手を伸ばして難なく受け止めた。

 手で掴んだものを見ると、それは手の平程の大きさで。


「種だ」


 ティシェが身体を起こし、その種子をまじまじと眺めていると、横からにゅっとグローシャが首を伸ばす。

 そして、ティシェの手から種子を奪った。

 あ、とティシェが顔を上げた時には、種子はグローシャは口の中で咀嚼されていた。

 表情は乏しいままに呆気に取られるも。


「…………腹、壊すなよ」


 それだけは言っておいた。




 花竜はどうやら、身を震わせることによって、種子を振り落としているようだった。

 だが、その様子はまるで、身体についたものをしきりに身を振ることで、振り落とそうとしているようにしか見えない。

 身体に花を生す竜。その花が別の生態を持っているのならば、次に繋ぐために種を落とすことも考えられる。

 それは生命の廻りなわけだが、花竜にとってのそれは、鱗に引っかかって鬱陶しい以外にないのかもしれない。


「これが花運びの原理か」


 花竜が舞い降りた地には、新たな花の園が生まれることがある。

 それが花運びと呼ばれる所以なのだが、彼らにはそういった意図はなさそうだ。

 ああ、それに。とティシェはもう一つ思い出す。

 彼らには花運びともう一つ、春告げの謂れもあった。

 花竜は暖かい地で暮らす種であり、暖かさを求めて渡りをする竜でも知られている。

 ゆえに花竜の姿を見る機会が春先に多く、またその鳴き声から――別名、春告げの竜と呼ぶ者もいる。

 そういえば、そんな時期だなあと薄ぼんやりと思った。

 ティシェは傍らのグローシャへ寄りかかる。

 彼女は種子を食べてある程度腹が満たされたのか、今度は呑気に寝息をたてている。

 あれだけ花竜を警戒していたというのに、敵意がないことに気付けばこの調子だ。

 グローシャの首元の柔い白の毛に手を這わせながら、ティシェは一人、細い息を吐き出した。

 蒼の瞳が少しだけ揺らぐ。


「なあ、グローシャ。カロンはやはり、竜の親と在った方がいいと思うか……?」


 未だじゃれ合うカロンと花竜へ視線を投げた。

 そこに映るのは竜の親子の姿だ。


「旅先で出逢えれば、あの子を親元へ返そうと思ってた。そのつもりで、あのときカロンを拾ったんだ」


 目を閉じれば思い出す。

 カロカロと、暗く湿った木陰の下で鳴いていた幼い子竜の姿を。

 近くに親の気配もなく、竜の気配もなかった。

 自然の摂理にまかせるのならば、あそこで手を伸ばすべきではなかったのだ。

 けれども、ティシェは手を伸ばしてしまった。

 それだけではない。カロン、と名まで与えてしまった。

 唇を小さく噛む。

 わかっている。あの日のカロンと、己の境遇を重ねてしまったからだ。

 グローシャの首毛に這わせていた手が動きを止めた。


「グローシャはいいんだ。お前は人と共に在ると自分で決めて、私と一緒に居てくれてるんだから」


 だが、カロンは違う。彼は自分の意志でここまで来たわけではない。

 それに対して、ティシェは近頃胸をざわつかせる。

 それがより深まったのは、カロンが人の言葉を操り始めてからだった。

 まだ成長途中の子竜だからだろう。竜の声帯では人の言葉を発せられないはずなのに、彼はそれを可能にし始めてしまっている。

 これ以上はだめなのに。帰れなくなる。

 いや――もう、無理か。

 ティシェは何かから逃げるように、身を丸めた。

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