少女と竜の姿は街にある
ティシェの姿は、とある街にあった。
山沿いに進んで山地を抜けた先は、さらにその山あいの景色を深め、ティシェ達を出迎えたのは高くそびえる山々だった。
その街はもはや崖とも評せるような山肌に、へばりつくような形で築かれた街だった。
勾配ある街中は階段が多く、入り組んだ様はさながら迷宮のよう。石材を用いられた建物が並ぶ景観は、まるで雛壇のように見え、夜になって街に明かりが灯る様はなんとも見応えがある。
岩壁に突き立てられ街灯は、灯竜灯を転換させたもので、明滅を伴う灯りは陰影をつくって揺れるのだ。
一番高い位置に建てられた城は、この辺りを治める領主の城らしい。
見上げればその景観を望めるだろうが、首が痛くなりそうだなと思ってティシェはやめた。
それに今は被っている頭巾を脱ぎたくはない。
小路の階段を上がった先、そこから広がる開けた景色は、未だ街の中腹にも至っていない。
腰ほどの高さで、意匠が彫られた石造りの柵に浅く腰かける。
「……遠いな」
頭巾の襟巻きに口元を埋め、ティシェは息を吐いた。その拍子に頭巾から髪がこぼれ出てしまい、己の白銀の髪をそっと耳にかけて中へしまう。
ここではあまりこの髪色を晒したくはない。襟巻きの中で口をきゅっと引き結んだ。
この地域に暮らす人々の特徴らしく、ティシェの持つ髪色は浮いてしまう。それにこの髪色の意味を、どうやらこの地に暮らす人々の中には知っている者もいるようで――。
すると、ティシェの緊張が伝わったのだろうか。石材で敷かれた道に落つる影の中、紅の双眸が窺うように彼女を見上げた。小さく息を吐き出す。
「問題ない。カロン、お前の方は暑くないか?」
空から降り注ぐ日差しは、夏の訪れを意識させるほどに、じりじりとしたそれをはらませている。
カロンは影の中で「カロ」と小さく一つ鳴いた。問題ないよとの返事だ。
砂色の髪をした街人達が通りを歩いていく。他人の目が多い街中で、カロンに人の言葉を扱わせるわけにはいかない。
ティシェは応えてくれたカロンへ手を伸ばす。影がそぉーと隆起して尾だけを顕現させれば、彼は控えめに彼女の手に触れ、指先に尾先を絡ませる。
頭巾の奥で蒼の瞳が柔らかな色を宿した。
ふと影の中でカロンの紅の瞳が瞬く。ゆらりと絡めていた尾先を離し、宙空へ差し向ける。
ティシェも気付いて顔を上げたとき、軽やかな羽音と共に舞い降りた。綺麗な尾羽根を優雅にはためかせながら、ラッフィルがカロンの尾先に留まる。さえずりと共にティシェを見上げた。
「トールも手続きを終えたのか?」
ラッフィルに問いかけてみれば、賢い彼は問いの答えとして、通りから望める開けた景色へと視線を投じた。
ティシェも視線を景色へと投じる――と、下方から風が強く吹き抜けた。
通りかかった街人達が、その風に荒ぶる砂色の髪を手で押さえ付けながら、わあと歓声を上げる。彼らが指差す。
影が下方から舞い上がり、ティシェ達の頭上に落ちる。
「――と。待て、グローシャ。そこには留まるな、壊れる」
ティシェの制止する声に、石造りの欄干へと降り立とうとしていたグローシャは、不服げな声をもらした。
この石造りの柵は、竜の重さ、竜の足の強さを鑑みて造らたものには見えない。
仕方なさそうに、その下の隆起していた岩肌を足場に降り立つ。
きらりと、グローシャの首元で何かが陽の光が弾く。首元で踊るのは、金属製のプレートだった。それを革紐に通し、グローシャの首からさげられている。
ティシェがそのプレートに触れようとした時、フルルルゥとの声が聞こえて顔を上げた。
また街人らの歓声が上がる。
グローシャが嫌そうに橙の瞳を細め、宥めるためにティシェは彼女の顎下を撫でる。
「手続きは終わったのか?」
羽ばたき一つ、通りに接近したアーリィからトールが飛び降りた。
「うん、何事もなく通ったよ。こっちはカロンの分」
外套を頭まで被ったトールは、手に持つそれをティシェに見せる。紐が垂れ下がり、金属製のプレートが踊った。
「まったく、手続き終える前にティシェさんを追いかけて、先に行っちゃうんだから」
トールが困ったような視線を向けると、カロンは素知らぬ顔で尾を一つ振り、影に再び沈んでしまう。尾先に留まっていたラッフィルは、トールの肩へ留まり直した。
「……すまない。手続きを任せっきりにしてしまって」
頭巾の奥、ティシェの表情は常の乏しいままだったが、幾分か声に申し訳なさが滲む。
カロンの分だというプレートをトールから受け取る際、彼が下からティシェの顔を覗き込んだ。満足げに彼は一つ頷いた。
「うん、顔色もよくなってるし、気にしないで」
「そんなに、悪かったのか……?」
「僕にはそう見えたかな。……人が多いところは苦手?」
「……そう、だな。この髪色は目立つ」
頭巾の中で、ティシェは蒼の瞳を伏せる。が、トールに軽く頭巾を持ち上げられ、驚きで瞳を上げた。
「――綺麗な髪色なのに、隠すのはちょっともったいない気がしちゃうな」
トールは被った外套の中で穏やかに笑う。少しだけ伸びてきた黒の前髪に、彼の鳶色の瞳が隠れた。
その瞳が見たいと思ってしまい、ティシェが動いたのは衝動だった。
綺麗だと言うのならば、それは――そっと手を伸ばす。トールの外套の中へと入り、その指先が彼の前髪を少しだけ持ち上げる。
隠れてしまうのがもったいなく感じて、もっと見ていたいと思ってしまう。
トールの瞳を見るには、彼にもこちらを見てもらう必要があって。
前までは茶の瞳だと感じていたのに、あの岩のうろの件以来、ティシェには鳶色にしか見えなくなってしまっていた。
トールと目が合うと、その鳶色の瞳が驚きで見開かれる。そして戸惑いを滲ませて揺れたかと思えば、トールの方から身を引いた。
残されたティシェの手が、名残惜しげにきゅっと結ばれ、静かに下ろされていく。
と。そこでティシェははっとした。
「自然竜なんて初めて見た!」
「認可証のプレートをさげてるってことは――安心していいね」
「あっちは灯りを帯びた鱗の竜に、こっちは鱗……じゃなくて、羽毛かな? どっちも綺麗だなあ」
「人が多くてよく見えないっ! もっと近くで見ようよっ!」
通りで大きくなる喧騒は、二頭の竜へ向けられたものだ。
この街ではここまで自然竜は目立つものなのか。
焦りが滲む瞳でトールを見やる。すると、彼も険しいものを滲ませながらティシェに頷いた。
トールがアーリィを振り返る。宙空で留まっていた彼女は、トールの手の合図で空へと舞い上がる。
ティシェもグローシャの身体に触れ、押し上げるように軽く彼女の身体を押した。ティシェの意図を察したグローシャも、アーリィに続いて空へと飛び立つ。
あぁー、と落胆する街人達の声が漏れ聞こえる中、ラッフィルはトールの肩から飛び立ち、先導するように人々の間を抜けていく。
その後にティシェとトールも続き、逃げるようにその場を離れるのだった。
全八話です。




