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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 3.過ぎし時にありがとうを
107/108

ずっと在ったもの


   *



 

「こっちに連れてこられた直後の夢を、もう何度も見てるんだ」


 トールは深く息を落とし、視線を落とす。

 その声からは、どこか疲れが滲み出ているようにも感じ取れた。


「全然知らないところにいきなり放り込まれて、全然知らない街中を彷徨った。そんな時に手を差し伸べられたんだ。そんなの、誰だってすがりつくよね。僕もすっごく安心した」


 トールの視線はティシェを見ずに落とされたままで。

 ティシェも自然と、視線はトールを見ることなく落ちていく。

 場違いに風はやわく吹き抜け、枝葉を擦り鳴らしては木漏れ日を揺らした。

 彼は苦しげに呻くように、夢だというそれを吐き出す。


「その人達はさ、資金の工面とか、宿に部屋を取って寝食の場まで面倒をみてくれたんだ。だから、自然と思った。この人達を頼りにしていけば、何もわからないこの世界でも大丈夫って。なのに朝起きた時、その起きた部屋には何もなかった。人も物も何も。資金もなければ泊めてくれる宿もあるわけないし、半ば追い出されて、宛もないから彷徨って。明らかに訳アリってわかるやつを、助けようなんてするもの好きもいるわけないし、最終的に流れ着いたのは路地の片隅だった」


 語り終えたトールは、疲れたようでふうと息を吐き出した。

 それは以前に聞いた話よりも、さらに鮮明さを帯びたものだった。

 ティシェはそっと言葉を紡ぐ。


「……それで、ヨウに拾われたんだったな」


「そ。前に言った、打ち捨てられた経緯がこれ」


 言葉は少しだけ投げやりで、彼の視線はやはり落とされたままだ。


「あっちからこっちに連れてこられたことより、そのあとのことが堪えてるっぽいんだよね」

 

 目を伏せて小さく笑うトールに、ティシェは思わず彼の手へ自分の手を伸ばす。

 トールの手に触れれば、すがるように握られた。

 空から注ぐ昼頃の陽射しは夏を喰んで少し暑いくらいなのに、彼の手はどこかひんやりと感じられた。

 そのことが胸につきんと小さな痛みをもたらす。


「自分のことでいっぱいで、気付けなかった」


 ティシェが小さく唸れば、トールはゆるゆると首を横に振る。


「僕が気付いてなかっただけ。もうひとりでも大丈夫なんだって思ってたのに、実は全然そんなことはなかったってだけの話だよ」


 トールは深くうつむく。

 握ったティシェの手と一緒に自分の手を額に当て、呻くようにささやいた。


「夢ってさ、夢と現の境がすごく曖昧になるじゃん。だから、起きた時に誰もいないと混乱するんだ」


「それは……私が居ると安心する、ということか……?」


「うん。それはもう、困るくらいにね」


 顔を上げたトールは、ティシェを見てへなりと力なく笑う。


「――君がいないと、だめみたい」


 真っ直ぐな言葉だった。

 その言葉はティシェの奥にまで届いて、響いて、ティシェをぐらりとさせる。

 思わず胸を抑えた。ここの奥が疼くようで、彼に対して何かをしてあげたい衝動に駆られる。

 その衝動のままに、ティシェはトールの頭を引き寄せて、自身の肩にとんっと乗せた。先程彼がしてくれたみたいに。

 ただ、互いの距離を埋めるため、少しだけティシェが身を乗り出すような形になったから、どこか不格好なそれになってしまったけれども。

 それでも、先程トールがしてくれた時に感じた、安堵にも似た満たされるようなそれを、彼にも感じてもらえたらと思う。


「……どうだ?」


「どうだって……なにが」


 問い返しながらも、彼は顔をうりうりとさせてティシェの肩に埋める。

 うりうりと擦るようなその動きが、なんだか甘えてくれているみたいで嬉しく感じてしまう。

 そんな気持ちを押し隠しながら、ティシェはトールの頭をゆっくりと撫でた。


「いや、少しでも返せているのかと思ってな」


「なにそれ」


 彼がふふっと小さく笑った吐息がくすぐったい。

 ティシェは陽を透かす枝葉を見上げる。

 夏を喰んだ陽射しは熱いが、枝葉に透かれたそれは心地よい。

 ほお、と息を吐けば、合わせたように風で枝葉が揺れた。隙間から落ちる陽射しがきらめく。

 さわざわと森が鳴く中、ティシェの声がこぼれる。


「私達は家族になるんだもんな。手を伸ばせば届く距離にお互いがいる」


 顔を埋めていたトールが顔を上げた。

 すぐ目の前に彼の顔があり、鳶色の瞳が丸くなっている。


「……家族になりたい、じゃなかったっけ?」


「いや、私はお前と家族になる」


「いつ決定事項になったの」


「今決めた」


 真剣な色を帯びた蒼の瞳がトールを見返し、鳶色の瞳は呆気にとられたように瞬いた。


「……ほんと、なにそれ」


 そっか、と。

 トールは噛みしめるみたいに声をもらし、またティシェの肩に頭を置いた。


「ならさ、撤回とか、なしだからね」


「そっちこそ、撤回するなら今だぞ」


 ティシェもまたトールの頭をゆっくりと撫でながら、くすと小さく笑う。


「するもんか、そんなこと」


 少しだけ拗ねた声音。

 トールはティシェの肩に顔を埋めた。




   ◇   ◆   ◇




 竜達と共に竜舎の方へと戻れば、その外戸口にボワとシロワの姿があった。

 暇を持て余していたのか、地面に落ちている小枝を蹴っていたシロワが顔を上げる。


「やっと戻ってきましたね」


 彼女の声に、外戸口に寄りかかっていたボワも身体を起こした。


「少し過ぎてしまったが昼にするか?」


 一見すれば、待たせてしまったことで気を悪くさせてしまったか、と思ってしまうほどにボワの顔付きは厳しい。


「腹も空いていよう。もう並べてはある」


 だが、それがティシェ達への気遣いゆえなのは、もう何も言われずともわかっている。


「すまないな。話が長くなってしまった」


「気にしないでいい。長くなったことで得られたものはあったのだろう? 先程よりも顔が明るい」


 ボワの表情が少しだけやわらかくなり、ティシェを見てからトールを見やった。


「いいことだ」


 うむ、と一つ頷くと、ボワは身を翻して竜舎の中へと入っていく。

 入れ替わるようにして、シロワがティシェの顔を覗き込んだ。高い位置で結われた彼女の髪が揺れる。


「お、本当だ。お兄ちゃんの言う通りですね」


 シロワの顔がやわらかく綻ぶ。

 やわらかくなったその表情は、やはりどこかボワと似ていた。


「仲直り、うまくいったみたいですね」


「……べつに、喧嘩をしていたわけではないが」


「でも、ごめんねはできたんですよね」


 にひっと、シロワは小さく歯を見せて笑った。

 ティシェもつられるように、小さくふわりと笑う。


「そうだな、謝れた。それ以上に満たしてももらった」


「だから言い方……」


 ティシェの横でトールが軽く肘で小突く。

 が、小突かれたティシェは小さく首を傾げるだけであり、トールは軽く息を落とした。

 シロワは、おや、と蜂蜜色の瞳を瞬かせ、トールをちろりと見やる。


「……なるほど」


 一人納得されたトールは、なに、と怯むようにシロワを見返す。


「いえ、なにも」

 

 シロワはによっと蜂蜜色の瞳を意味ありげに笑わせると、へぇ、ふーん、ほぉーん、と一人楽しげに頷きながら、くるりと余分に回りながら踵を返した。


「では、シロワさんはお先に戻ってますね。お兄ちゃんのお手伝いをしないと怒られちゃいますから」


 結わえた髪を弾ませ、シロワも竜舎の中へと入っていく。

 その背を見送ったティシェはトールを振り向く――と、ぱちくりと蒼の瞳を瞬かせた。


「なんだ、その顔は」


 問われたトールは居心地が悪そうに目を逸らす。


「……いかにも見守ってました感があって、なんか恥ずかしいなあって顔」


 そんな彼の頭に、のしりとアーリィが顎を乗せた。

 重い、と呻きつつ、トールが手を伸ばしてアーリィの頬を撫でると、彼女は心地よさげに天色の瞳を細める。

 やがて満足したらしいアーリィは、さっさとトールから離れ、さっさと竜舎の中へと入っていってしまった。

 それに続くようにグローシャも竜舎の方へ向かうも、途中で足を止め、動く様子のない二人を振り返った。

 ピルゥ。行くよぉと二人を呼ぶ。

 ティシェはグローシャを振り返った。


「すぐ行く。先に行っていてくれ」


 グローシャはふすっと軽く鼻を鳴らすと、踵を返して竜舎の方へと向かっていく。


「ほら、私達も行くぞ」


 ティシェが手を差し伸べれば、トールはただ静かに、じっとその手を見つめる。

 そしてふいに、彼のまとう空気が色を変えた気がした。

 先程までの『なんだ、その顔は』の顔を引っ込め、やけに真面目な顔をして言葉をこぼした。 


「……僕達って、何か変わった?」


 トールが顔を上げ、鳶色の瞳が蒼の瞳をみつめる。

 そこに言葉にはし難い、けれども確かに感ずる温度の変化を感じた。

 だが、ティシェは小さく首を振る。


「いや、何も変わってない」


 その顔は常と変わらぬ、表情に乏しいそれ。

 それでも、彼女の蒼の瞳にはトールが映っている。


「透は私が大事にしたい人で、透も私を大事にしてくれるんだろ?」


「うん。それはそうだけど」


「なら、何も変わってない。これまでも、これからも」


 途端、トールは小難しい顔になった。

 ティシェが首を小さく傾げれば、やがて小さなため息を落とす。


「ティシェの中には、ずっと在った答えってことなんだね。まぁ、それは僕もなんだけど」


 そして、苦笑にも似たそれでくしゃりと笑った。


「僕達も行こっか。お腹空いてるし」


 彼女の手を取り、その手を引いて歩く。

 ティシェは小さく眉を寄せながら、トールに引かれるままに足を動かす。


「何の話だ?」


「僕と君の話だよ。変わるとか変わらないとかじゃなくて、関係に名前が付くとかでもなくて、加わるだけなんだよね。きっと」


 だから何も変わらない。変わることはない。

 どこか機嫌の良さそうなトールを見上げ、ティシェは訝しげに首を傾げるのだった。

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