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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 3.過ぎし時にありがとうを
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青年と鳥は朝焼けを見上げる


 先程まで自分が居た場所とは明らかに異なる、自分の知らない場所。風景。

 こちらへ連れてこられ、どうしようかと彷徨う街中で差し伸べられた手。

 その手を取らない選択肢は存在しなかった。

 先立つものが必要だからと、資金の工面から寝食の場まで面倒をみてくれた。

 この人たちを頼りにすれば、何がなんだかよくわからないこの現状もなんとかなるかもしれない。と、ものすごい安堵に包まれ、縋るように身を丸めてその日を眠った。

 そのことは今でもよく覚えている。

 なのに、窓から差し込む朝陽の眩しさに目を覚ました時、一気に底へと突き落とされた。

 宿に部屋を取ってくれて、一人は心細いし不安だろうからと皆で一部屋に泊まった。慣れない環境だろうからと、一つしかない寝台(ベッド)まで譲ってくれた。

 そして、その日を皆と同じ部屋で眠った――はずだった。

 なのに目を覚ました時、その部屋には誰もいなかった。

 もぬけの殻とはまさにこのことかと、ひどく混乱した頭が考えた唯一のことだった。

 手を差し伸べてくれた人たちの姿も、こちらに連れてこられた際に持っていた物、着ていた物を質屋で金に変えて工面した資金すらも、何もなかった。

 そして金がないなら泊められないと、その日は宿の部屋で眠ることはできなかった。それからもできなかった。

 どうしようかとまた街中を彷徨う。見るからに浮浪者のような身なりの者に、可哀想にと同情の目は向けられど、手を差し伸べようとするもの好きはいなかった。

 そうして、やがて路地の片隅に流れ着き、いつの間にか降り始めた雨に打たれながら倒れ込んだ――。




   ◇   ◆   ◇




 のろのろと目を開けたトールは、のそりと身を起こした。

 薄く開いたカーテンからは、月明かりがしっとりと差し込む。

 夢か現か、曖昧な意識のままに部屋を見回し、トールはひゅっと喉を鳴らした。

 静寂が支配する部屋。誰もいない。荷もない――いつかの光景と重なった。

 耳の奥に雨音がこびりつき、思わず身をすくめる。


「あ……」


 震える声が口からこぼれる。


「あ、あぁ――」


 自身を掻き抱くように両腕を身体に回し、慟哭にも似た声が口から迸る――前に、肩に小さな重みが乗り、頬に小さなぬくもりが触れた。

 ピィ。小さなその声に鳶色の瞳が見開いて、のろのろと視線を向ける。


「ラッ、フィル……?」


 か細い声で名を紡げば、肩に留まった鳥がピッと元気に鳴いた。

 途端にくしゃりと顔を歪ませ、手繰り寄せるように両の手でそっとラッフィルを包むと、縋るように懐に抱えて身を丸める。

 そのままトールは、ぱたりと寝台に倒れ込んだ。

 すぐにすうすうと規則正しい寝息が聞こえ始め、両手に包まれたままのラッフィルは、小さく安堵の息をついてから、自分もまた目を閉じた。




   *




 朝の気配に揺り動かされ、トールは目を覚ました。

 ぼんやりとした視界の中、両の手に収まるラッフィルがピッと元気に鳴く。


「……おはよ、ラッフィル」


 寝起きの気怠そうな声に、ラッフィルはピィとトールの指に擦り寄って挨拶を返す。


「昨夜()寝かしつけてくれてありがとう。おかげであれからは寝れたよ」


 へにゃりと笑ったトールは、指に擦り寄る彼を指で撫で返して、ごろりと寝返りを打った――が、背に走った小さな痛みに顔をしかめた。

 寝返りを打ったそれが、思ったよりも勢いをつけてしまっていたようだ。のそりと身体を起こす。


「……普段の痛みが引いてきたけど、激しい動きは控えるようにって言われてたのに」


 油断するとこれだ。軽く嘆息をしたトールは、薄くカーテンの開いた窓を見やる。

 朝の陽が差し込み、優しい橙の色が壁を染めていた。


「旅に出てから、あの頃のことを夢にみることもなくなってきてたのに」


 はあ、と大きくため息を落として前髪を掻き上げた。


「それにティシェと旅を始めてからは、アーリィと離れて寝ても大丈夫になってたのになぁ……なんでかな」


 両の手の中で、ラッフィルがトールの指にじゃれる。

 ふふっと小さく笑いながら、彼の相手をする。

 手の中のぬくもりが一人じゃないと伝えてくれているようで、自然と視界が薄ら滲んでいく。

 大丈夫だ。今の自分は一人じゃない。

 荷だって寝台のすぐ横に置いてある。何も失っていない。

 いよいよ熱を帯び始めた目から何かが落ちそうで、トールは天井を仰いで軽く鼻をすすった。


「……ああ、もう。こっちに連れてこられたことより、そのあとに全部持ってかれたことの方が堪えてるっぽい」


 未だ引きずっているのがその証拠だろう。

 かさぶたを剥がすと血が出るように、こうして時折血を流してはずくずくと痛むのだ。

 ラッフィルが肩に飛び移って身を寄せる。

 トールも肩に顔を傾け、彼の羽毛に頬を埋めた。目尻に薄ら溜まった何かが、すぅと羽毛に吸われた。


「あの頃は精神的にも不安定だった。だから僕を拾ったヨウさんが、面倒をみろって雛だったラッフィルを連れてきた理由が今ならわかるよ」


 今みたいに綺麗な浅緑色の羽も生えそろっていない、まだ雛だったラッフィル。

 ヨウ曰く、巣から落ちてしまった雛だったらしいが、それも今思えばどこまでが本当だったのか。

 ただ、トールに生きるための理由を与えたかったのだろうと、今なら思う。

 ただ食べ物欲しさに鳴くだけの雛。自分では獲物一つ捕らえられない、小さな存在。

 トールが食べ物を与えなければ、生きられない存在――トールがいなければ、死んでしまう存在。

 言い換えればそういうことだ。

 トールはうりうりと顔を動かして頬擦りをすると、肩にラッフィルを乗せたまま寝台を下りる。

 薄く開いているカーテンを開けて窓も開けると、朝焼けの空を見上げた。

 窓枠に浅く腰掛け、寄りかかる。窓から吹き込む朝風に鳶色の瞳を細めた。

 視界の端でラッフィルの飾り羽がそよぐ。


「……ああ、そっか」


 底から水が湧き出るが如くに自然と、胸の内から一つのことに思い至って、細めた瞳を緩める。


「アーリィと離れて寝ても夢をみなかった夜は、ティシェと一緒にいた夜だ」


 朝風を頬で触れながら、朝の優しい空気に溶かすように呟いた。

 ラッフィルがそっとトールに身を寄せる。

 こつん、とトールは窓枠に頭をあずけると、ラッフィルと一緒に朝焼けの空を見上げた。

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