第65話 エルフの祖父と孫
「ううむ……」
柔らかい毛布の中に寝かされていたヴェロニカはゆっくりと目を覚ます。
「知らない天井だ」
なんとなく言ってみたかった言葉を口にしてみて、直後になんで天井があるのかと気付く。
ダンジョンでの再会した妹との戦闘。
その途中、倒したはずの魔物が急に爆発を起こして、爆風に呑まれたと思った所で自分は気を失った。
首を動かして、自分がいる部屋を見回す。
四方を薄い布で下ろされている。
床にも柔らかい絨毯が幾枚も重ね敷かれていた。
どうやらテントのような場所の中のようだが、外から漂う気配からして、場所自体はダンジョンの中であるのには間違いはない。
察するに、このテントの主が自分を助けてくれたのだろう。
(誰かはさておき、よくこんな魔物がウジャウジャしている場所に生活拠点を作れたな)
とりあえず外へ出てみようと、ヴェロニカはゆっくりと身体を起こしてみる。
「ぐわああああああああああ⁉」
すると、体中に尋常ではない痛みが走って、ヴェロニカは再び倒れ込んだ。
自分でも言うのも何だが、竜人族である自分は結構頑丈な方だ。
――そんな自分がここまで体を弱らせるとは
「あ……。目が覚めた、ですね」
声を聞きつけたのか、入口らしき暖簾をくぐって、幼い少女が入ってきた。
耳の長さからしてエルフだろうが、普通のエルフたちと比べても、やたらと肌の色が濃い。――ダークエルフという奴だろうか。
(はて、あの里にはダークエルフもいたのか?)
実際に訪れたりはしていないが、彼らはやたらと気位が高いらしい。
基本的に魔族領で生活しているダークエルフたちと親交があるとは思えない。
「あ。動いちゃダメです。まだ怪我残ってます……です」
たどたどしい口調で喋る少女。
状況を見る限り、どうやらこの少女が自分を快方してくれたらしい。
「おお、心配するな。見ての通り元気だぞ。イダァ!」
彼女の心配を払おうと、ヴェロニカは腕を大げさに振り上げてみるも、やはりまた激痛が走る。
「無茶しちゃだめです。ただの毒じゃないです。呪いですから」
言われ自分の腕を見ると、腕が黒く変色していた。
いや、腕だけではない。体中に同じような黒い痣が浮かんでいる。
これはあの魔物の仕業か。
爆発の影響か。それとも、その前にしこたま殴ったのがいけなかったのか。
「無理するな。奴らの身体には毒や呪いを含んでいる奴もいる。もう少し寝ていろ」
痛みに悶えているヴェロニカに少女の後ろの方から、別の男の声がかかった。
こちらはハイエルフの老人である。
「本来なら死ぬか、少なくとも腕ごと切り落とさなければいけないレベルの呪毒だぞ。よくもまあ生きてるどころか、そこまで動き回れたもんだ」
「ふ、ふふん。私は頑丈だからな」
悶えながらも、頑張ってドヤ顔を作るヴェロニカに老人は呆れる。
「……ちょっと待ってろ。もう少しで解毒薬ができる」
言って、彼は外でグツグツ煮込んでいる鍋に目をやった。
そこから数十分後……。
「うえー、にがーい!」
「子供か、お主は」
薬を一口飲んで、顔をしかめているヴェロニカに、エルフの老人は呆れたように笑う。
「自己紹介が遅れたな。ワシはラスタ、そっちは孫のピノンだ」
褐色の少女はコクンと頷く。
「ラスタとピノンか、私はヴェロニカ。助けてくれて礼を言う」
「なーに。困っていたのはお互い様じゃ。それに里を襲った奴等をここに来るまで殺しまくってくれたからの。胸がすいたぞ」
なるほど。
そういえばラッシュもあの魔物たちに里を襲われ壊滅したと聞いた。
「ーーで、どうしてお前らはこんな場所にいるんだ?」
「なんだ。集落の連中にワシらを連れ戻すように頼まれたんじゃねえのか?」
そういえばラッシュがそんな感じの事をアレコレ言っていた気がする。
もう少し真面目に話を聞いておくべきだったか。
しかし、この老人はいったいどこまで見ていたのだろうか。
「本当にこんな場所で生活しているのか?」
「おうよ。元はこの遺跡はワシの家が管理してたからな。ここは奴等も知らん隠し部屋よ」
どこか自慢げに語るラスタ。
「隠し通路って言っても、絶対に安全とは言い切れまい。素直に集落の奴等の所に戻ったらどうだ?」
「いやあ、それが長老……ドユルの奴と喧嘩しちまってなア」
バツが悪そうに答えるラスタ。
意地なんて張ってる場合ではあるまいに。
「おじいちゃん。塗り薬の方もできたよ」
「おいおい。飲むだけじゃなくて塗るのか?」
「そっちの方が治りが早いんだよ。ピノン、俺は外に出てるから塗ってやんな」
文句を言うヴェロニカをよそに、ピノンと呼ばれたエルフの少女はテキパキとヴェロニカの服を脱がせて、患部に薬を塗っていく。
少し沁みた。
ヴェロニカは自分に薬を塗る少女の姿をまじまじと見る。
「ピノンが気になるか? その子は妻の血が濃くてな。肌が黒い」
妻というと、あの少女にとっては祖母に当たる人物だろう。
なるほど……。
「ダークエルフを娶ったのか。良い趣味をしてるな」
「だろう?」
外からラスタの声が聞こえる。
その声色には特に悪びれもせずにむしろ楽しそうな色さえ見える。
「本当にいい女だったんだから仕方ないじゃろ。お堅い里の奴等はわからんかったがな。そもそも出会い自体が運命とも言ってもよくてな――」
ラスタはそのまま惚気話を話し始めようとするが、ピノンに袖を引っ張られて中断する。
「――っと悪い悪い。この子は無理矢理ついてきおってな。まあ、あの集落に一人置いていくのもな。ダークエルフはいまだに肩身が狭い扱いを受けるからの」
塗り薬の処置を終えたヴェロニカは改めて今いる場所を見てみる。
通り道の途中のようで、下の方にはいくつか小さい穴が開いており、そこを覗けばダンジョンの回廊のが見える。
「天井裏の隠し通路のようだな」
「おう。おかげで色々と様子が見れたわい。お前らの暴れっぷりや……魔物連中を操っとる奴等の動向とかな」
「は? それは本当か?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、ヴェロニカは思わず身を乗り出し、ラスタも忌々しそうに話す。
「本当じゃ。普段はほとんど姿を現さん連中だが、さすがにお前らの事は放置できんかったのか、今日はよく目にしたぞ」
彼が言うには、その者らは定期的に群がる魔物たちに言葉を送り、魔物たちはその指示に従って動いているらしい。
話を聞いたヴェロニカは獰猛に笑う。
「ありがたいな。わかりやすい敵がいるならば、やる事ははっきりする」
「おう、頑張ってくれよ。ワシらとてこの遺跡を奪われるわけにはいかんのよ。アイツらはここを使って良からぬことを企んでおるからの。まあお前さんは早くその身体を治すのに専念すべきだろうが」
「薬嫌い」
「だから子供かっ」
なんにせよ、退屈し無さそうだ、とヴェロニカは思った。




