第53話 いつかまた会う日まで
「これでよし」
僕はまとめた荷物を背負い部屋を出る。
この学園で過ごした時間はとても短いものだったが、悪くはなかった。
……今日僕は学園を去る。
当初の目的である禍騎士ウバクは討伐した。
王系からの依頼を果たした今、この学園で僕がやるべきことはもうない。
歩き出して、学園から出た所で、僕は歩を止める。
「……本当に出ていくのかよ」
船着き場……校門の前でレドたちが遮るように立っていた。
「先生、ちょっと冷たくない?」
「そうそう。黙っていくなんて水くせえよ」
「せめて学期の終わりまでいても良いと思うよぉ」
騒ぐ生徒たち。
……ここまで惜しんでくれるのは嬉しいな、と考えていると、彼らを押しのけてレドが無言のまま、僕の前へと立ち塞がった。
「剣を抜けよ先生。これが最後の勝負だ」
そう言って、彼は手をかざして聖剣を呼び出した。
「うおおおおおおおお!」
周りが止めようとするのもお構いなしで、レドは聖剣で斬りかかる。
寸止めではない。本気の一撃だ。
僕はそれを引き抜いた剣で思いきり弾く。
普通だったら、相手は衝撃に手を痺らせて剣を落とす。
「まだまだぁ!」
だが、レドは剣を落とさなかった。
聖剣の力ではない。
彼自身が耐えてみせたのだ。
「たぁああー!」
再び斬りかかるレドを僕は真正面から受けて、鍔迫り合いになる。
僕は大きく踏み込んで今度はその状態から剣を振り上げて、レドごと弾き飛ばした。
「また負けちまった……」
地面に転がるレドはポツリと呟く。
そして、地に投げ出されたまま彼は叫ぶ。
「ほら、見ろよ! 俺はまだこんなにも弱い! あんたから、まだ何も教わってないんだ!」
負けた悔しさ、勝手に出て行かれる怒りと悲しみ……そして勇者になってしまった重責からの不安。
レドはひたすらに僕へ吐き出す。
「勝手に出ていくんじゃねえ。無責任だろうがっ! あんた前の勇者なんだろ!? じゃあ教えてくれよ! こいつの使い方を! 勇者の在り方ってやつを!」
「レド、そもそも勇者の在り方なんて誰が決めたんだい?」
レドの乞いに僕は静かに問い返した。
「僕の時もそうだったよ。嬉しかったのは最初だけで手探り。必死に戦い方を学んで、あり方についても考えた」
先代なんていなかったから、誰も教えてくれなかった。
「でも、結局どれもこれも収まりが悪くてさ。最後には自分の好きなように生きる事にしたんだ」
今だったら、胸を張って言える。
自分は自分なりに勇者をしていたと。
「わからねえよ」
「そうだね。でも、君が思うままに歩んでいるその道が、いつか振り返った時に自分は勇者だったと言えるよう願っているよ」
「いや、良い話で終わらせようとしないでくれない?」
そこにリズベルがとても焦った顔で間に挟まる。
「……そうだね。レド、後はリスベルに任せる。困ったことがあれば彼女に相談すればいい」
「いや、だから無視すんな。話進めんな。なんでナチュラルに私がここに残る事になってるわけ!?」
「うん。シスカと話したんだけど、もう少しこの学校で学ぶのも君にとっていいんじゃないかなと」
「ふざけんなあー!」
リズベルには、新しい勇者の護衛と監視という形で彼女にはもう少しこの学園にいてもらおうという事になった。本人には事後承諾で。
ちなみに、同僚の冒険者のオジさんたちにも手紙を送っておいた。返答は『どーぞご自由に』だ。
「アイツらああああ! みんなのアイドル、リズベルちゃんが勉強漬けのガリ勉女になっても良いと申すかああああ! うわああああ、もう勉強やだ、訓練もやだああああー! 学食は美味しいけどさー!」
ジタバタと悪あがきを始めるリズベル。
まあまあ、それだけ僕らは君を信頼しているって事で。
それに学費負担は勿論、毎月報酬も出すよ?
――という旨を話すとリズベルは抵抗の意志を止め、ゴクリと唾を飲む。
「マ、マジか。……い、いや騙されないよ⁉ 騙されないからね!」
すんでの所で我に返り、リズベルは慌てて首を振る。
チッ。もう少しだったのに。
だが、もう遅い。見るがいい。皆の様子をっ!
「うわあああん! リズベルちゃんは残ってくれるんだああああ!」
「これからもよろしくなっ!」
「卒業まで一緒に居ようねっ」
「グ、グワー! 離せぇー!」
僕がいなくなる穴を埋めるかのように、リズベルに集まるレドたち。
彼らにワッショイワッショイと胴上げされながら運ばれていくリズベルを、僕は見えなくなるまで見送っていた。
「慕われてますねえ」
そして、彼らと入れ替わるように、エイダス学園長がやって来た。
「あなたのおかげでこの学園都市は救われました。代表して礼を言います。ありがとうございます」
僕は学園長と握手を交わす。
「僕の力だけでは無理でした。皆の協力があってこそです」
「そう言って下さると嬉しいですが、あの子たちを導いたのは紛れもなくあなたですよ」
「……すいません。半端な形で放り出してしまって」
さっきはレドにああ言ったが、僕も責任は感じてた。
もう少し自分が経験した事とか教えてあげるべきなのかもしれない。
それでも、僕は離れなくちゃいけない。他にやるべき事ができたから。
「あの子たちなら大丈夫よ。なんてたって我が研究会の仲間でもあるんだから」
いつの間にか、後ろの方でアンジュが壁に背を預けながら、ヒラヒラと気軽な感じで手を振っている。
「私がちゃんと面倒見ていてあげる。だから、ラッシュたちはラッシュのやるべきことをしなさい」
ドンと胸を叩きながら笑う彼女に、僕は気になっていたことを聞いてみる。
「アンジュ。メリーさんの事なんだが」
ずっと、この学園に潜伏していた彼女……メアについて触れる。
あの日から、彼女は学園から姿を消した。
どんな理由があろうと、助けられたとしても、ずっと僕らを騙していたのは確かだ。
特にアンジュは彼女と仲が良かったはずだ。
「ん? ああ、大丈夫よ。確かにビックリはしたけどさ。ショックじゃあないのよね」
なにか隠しているのは気付いてたし、とアンジュは軽い調子で返す。
「それに、私なりに考えてはあるしね」
「それは……」
どういう事か、と聞こうとした所で、向こうからヴェロニカやシスカが生徒たちを伴って歩いてきた。
「いよう。そっちの別れは済んだか?」
「遅れてしまい申し訳ありません」
そうか。彼女も生徒たちとの別れを惜しんで――待て。なんで君の後ろの生徒たちはボロボロなんだ。
「おう。最後にもう一回手合わせをしてほしいとせがまれてな」
「にゃう。結局最後まで勝てなかったにゃ……」
似た者子弟のようだ。
「あなたという方は……肉体言語でしか会話ができないのですか?」
シスカは呆れ返っている。
でも、自分から言わせれば彼女もどっこいどっこいだと思う。
「それでは学校の治安は任せましたよ」
「イエスマムッ!」
だって、こっちはこっちで敬礼なんかしているし。
どんな指導を施したのだろうか問い詰めたいが怖くて聞けない。
僕は彼女の知らぬ一面にいつか向き合う事が出来るだろうか。
「あなた方のおかげで学園がまた一つ変わりましたなあ」
学園長は愉快そうに笑う。
いや、これでいいのかと思うのだけども。
……。
船に乗りながら、僕は学園を振り返る。
僕は少しだけレドに嘘をついた。
新しい勇者が現れる。
――それはつまり新しい災厄が迫っている証拠なのではないか?
歴代の勇者たちはそれぞれ偉業を為していった。
無論、歴史の影に消えていった者らもいたかもしれない。
それでも、僕は先日のワイアードの言葉を思い出す。
――古代文明からくる技術。持ち出された形跡。
「調べておくに越したことはないかもな」
心当たりはあった。
エルフの森の近くの古代遺跡。足を踏み入れてはならぬと言われる場所。
――レドに背負わせはしない。彼は平和な時代を生きる勇者となる。全部、僕が終わらせる。
「うん? どうしたラッシュ、考え事か?」
「え。いや、久しぶりにのんびり旅行にでも出てみようかなって……」
覗き込んでくるヴェロニカを誤魔化すように僕は適当に答えた。




