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第51話 ラッシュVSワイアード

 聖剣の所有権がウバクからレドに移譲された。


 そこから時間は少しだけ前に遡る。


 生徒たちの怒涛の攻撃を前に瓦解していく漆黒の竜。

 その様子を僕とワイアードは塔の屋根の上で、対峙しながらも見ていた。


「どうやらアテが外れたようだね、ワイアード」

「……確かに。だが、これはこれで素晴らしい成果だよ」


 魔王ワイアードのその眼には怒りも嘆きも何もない。


 なるほど、こういう結果か――という納得だけである。


 フラスコの中の結果を見届けて記録するように、彼は結末を脳裏に焼き付ける。


「おいおい。私をそんな冷血漢だと思わないでくれよ。彼らは私にとっても大切な生徒なんだ。彼らには僕も少なからず講義したからね。かつて僕が教えた生徒たちが僕の研究成果を上回る。これはこれで得難い経験さ」


 ワイアードは満足そうに笑っている。

 この言葉もまた偽りがないのだろう。

 ……だからこそラッシュから言わせれば、理解ができないし、タチが悪いことこの上ない。


「もちろん、ウバク君にだって感謝もしているし負い目もある。彼のおかげで私の研究はさらなる飛躍を遂げた。もしも生きていたら何らかのお礼がしたいのが、あの状態では無理だろうね……」


 ワイアードが悲しげな目を向ける。つられて見ると、光と共にウバクの身体が消えていく途中だった。

 どうやら向こうは決着が着いたようだ。


「さようならウバク君、そして、おめでとうレド君。君が新しい勇者だ」


 どこまで見る事が出来ているのか、ワイアードは額の目を大きく見開きながら呟く。


 ……でも、そうか。レドが次の勇者か。

 なんだろう。悔しさとか全然ない。少し感慨深いな。


「しかし特にあの魔法使いの少女二人の少女の魔法結界と複合魔法による召喚獣強化も実に興味深かった。そして二人の聖剣適合者からの反発現象。実に、実に心躍る。やはりこの世界は面白い。私を飽きさせない!」


 しかし、そんなこっちの感慨などぶち壊すように、ワイアードは感極まったような物言いでペラペラとまくし立て、有意義な実験だった、と最後に締めくくる。

 おそらく彼の頭の中では既に次の実験とやらに目を向けているのだろう。


 ――そして、どれだけ情を抱こうと、この男は捨てられるのだ。

 この学園のように、教え子たちのように。


 今までもこの男はこんな事を繰り返してきた。

 これからも繰り返す気なのだろう。


「しかし、そうだね。新しい勇者が誕生した事だし、勇者でなくなった君と一度比較をしてみたいな。どうだろう。謝礼は出すから一度その身体を見せてもら――」


 僕は無言でワイアードを斬りつけるも、彼の身体は霞のように溶けて消える。


「やれやれ。向こうの方も、もう少し観測していたいのだから、待っていてほしいのだがねえ」


 気付けば、少し離れた場所に彼はいた。


 彼の行いが全て悪い方向に直結するわけではない。

 だとしても、これだけの被害を起こした魔王を僕は逃がすつもりはなかった。

 向こうもそれぐらいは自覚しているのだろう。


 仕切り直しとばかりに、再び互いに臨戦態勢をとる。


 これ以上会話に付き合うつもりはなかった。

 放置すればまたどこかで同じような騒動を引き起こす危険な存在。

 それだけわかれば十分だ。なんとしてでも、ここで倒す。


「やむおえまい。今の身体では少々消耗が激しいので、あまり使いたくはないのだが――!」


 ワイアードの額の三つ目の瞳が見開く。


 僕は即座に視界を腕で遮る。

 おそらくはこれがさっきのまやかしの正体だ。


「……残念だが不正解だよ。僕が騙したのは世界の方だ」


 ワイアードの言葉と共に周囲の景色が歪む。


「――!」


 気付けば、僕の足元にはぬかるんでおり身動きが取れないでいた。

 僕が立っていたのは屋根だったはずだ。


 所詮は幻覚だとその場から離れようとするが、足が思うように動かない。


 馬鹿な。泥に埋もれている感触だ。


 それでも僕は足を引き抜こうと悪戦苦闘していると、今度は上の方から何かがキラリと光り、こちらに迫って来る。


「ぐあああああああっ!」


 空から降り注ぐ幾百もの刃が僕の身体を切り刻む。


「ほう。致命傷だけは避けたか。さすがだね」


 必死に防ぎ、どうにか致命傷は免れるも、僕の身体はあっという間に傷だらけになっていた。


 幻術ではない。

 脳が騙された思い込みとかいうレベルじゃない。


「捕まえたよ」


 今度は僕の身体は鎖に巻かれていた。


 どれもこれも五感で確かに感じている。


「あえて実体のある幻術とでも言おうか」


 ここ一帯の空間を改変した小規模な世界改変。


 これこそがこの魔王ワイアードの真の能力。


「どれだけ都合の良いように変えようが、僕はそれも切り伏せ打ち破る」

「眩しいね。哀れなほどに」


 直後、僕の真上から倒壊した建物や土砂崩れが襲う。


 瓦礫の山となったその中で僕はなんとか、押しのけて這い出てくる。


「ゲホッゴホッ!」


 ……少し血を流しすぎたな。骨も数本折れているかもしれない。

 これでは長期戦は無理そうだ。


 見回すと、周囲にはいくつもの武具が浮かんでいる。


 ――今度は何だ。


 警戒するが、それらは一向に襲ってくる気配はない。

 どころか武器の幾つかはフッと消えていく。


「やられたっ!」


 僕は気配を探り当て、感じた方角へ顔を向ける。


 そこにワイアードは既に数十メートルまで遠くに飛翔していた。


「生憎とこの能力は今の私では不完全でね。君を殺し切れるほど持続できないんだ。というわけで、ここで君と命懸けでやり合うつもりはない。……さらばだ」


 ワイアードはそう言い残して、さらに遠くへ飛翔しようとする。


「……なに?」


 だがそこで、彼の身体が止まる。


 光の糸がワイアードの身体を雁字搦めにしていた。


 ウバクを封じたのと同様に、これは聖女の編み出した聖法術だ。


「これは聖女の技だったはずでは――!」


 ワイアードの表情に初めての困惑が浮かぶ。

 そう彼の言う通り、しかし、それはあくまで聖糸を生み出すことはできないという意味だ。


 聖糸そのものなら僕も断片的に扱う事が出来る。

 ここに来る前に、あらかじめシスカが生み出したのを保存してもらい預かっていたのだ。


 こいつが命懸けの戦いは避けるであろうと予想していた。

 だから、戦いながら罠を張らせてもらった。


 聖糸の使い方は前からシスカから教わっていた。

 この学園に来た後も、アンジュたちに対魔法戦について相談したりもした。

 それ以外にも、勇者でなくなった後、埋めるために色々と試行錯誤してきたのだ。


 教師もまた学び成長する、とは誰が言った言葉だったか。

 全くその通りだ。


「くっ――ッ!」


 笑顔を消したワイアードは第三の目が大きく見開く。


 おそらく再び世界を書き換えるつもりだろう。


「やらせるかぁ!」


「なにッ!?」


 そこへ屋根を突き破って飛び出してきたヴェロニカが、ワイアードに向けて何かを投げつけてくる。

 ボロボロになったプロテー……もう一人のワイアードだ。


「ほう、我が分身を倒したのか。さすが屈指の戦闘力を持つ竜人族。機会があれば、その身体も少し解析させてくれると嬉しいのだがね」

「お断りだっ!」


 消えていくもう一人の自分の身体を尻目に、ワイアードは彼なりの賛辞送るが、ヴェロニカがそんなものを受け取るわけがなく、代わりに全力の一撃を見舞う。


 すると同時にワイアードの影響で歪んでいた空間が元に戻る。

 精密な機械を強い衝撃を与える事で元に戻すというのは聞いたことはあるが、ヴェロニカの拳で強引に戻ったのかもしれない。


 相も話変わらずデタラメな女だ。


「あ、コラ! 逃げるなあっ!」


 翼を広げて一度学園の中へと逃れようとするワイアードと同じく、背中から竜の羽を生やし追おうとするヴェロニカ。


 しかし、ワイアードが逃げたその先には、どうにか拘束を抜けた僕がいる。


「しまっ……」


「――ウインドウスラッシュ」


 風魔法を込めた斬撃は凄まじい速度でワイアードの胴を両断した。

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