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第43話 地下ダンジョンの攻防

 ニクス・ボルトウィンはボルトウィン家の次男だ。

 将来の当主となる兄を様々な面から助け、また彼に何かあった時の代用品。

 そうあるべくして育てられてきた。


 民は糧にして道具。必要以上の情は抱いてはならない。

 上に立つ者の自覚を常に持ち続けよ。

 そう教えられた。


 別にそれに不満はなかった。貴族の家の次男として生まれた以上そういうものだから。

 疑問も持たなかった。


 このマジェスティヌ学園に入学して彼の価値観は一変した。

 貴族としての学校ではなく、この魔法学校に入れられたのはあらゆる点で兄のフォローを学ぶため、外の国の情勢を調べるためだ。


 しかし、そこにいる者らは自分をスペアではなく、帝国の貴族として自分を見た。見てくれた。

 それが彼にとってたまらなく心地よかった。

 とはいえ、彼のこれまでの生き方をそう簡単に変わらなかった。


 思えば、無茶な事をし続けた。

 自分と同じ気風の者、自分の家の名にすり寄って来た者。

 全て従えて学校で我が物顔にふるまい、ひたすらにボルトウィン家の威光を示す。

 彼ができるコミュニケーションはそれしかなかったのだ。


 そんな自分が決闘に敗北して、なんやかんやで密かに憧れていた少女のサークルに入る事になった。

 だが、自分は何もできなかった。

 むしろ他の者らと自分の差を見せつけられるばかりだ。


 アンジュに魔法の技量や知識に劣っているのはわかっていた。


 しかし、本性を出したメリーも死霊術師として一線を画す実力であることが判明し、組手ではシュガに負け、その後の演習では自分を差し置いてレドが皆を率いてみせた。


 ……示さなければ、自分も何かを。


 考えに考えた末に、ニクスは貴族の子分たちを率いて、薄暗く湿った空気の通路をカンテラの灯りを頼りに進んでいた。


「おい。本当にいいのかよ。俺たちだけでこんな……」

「うるさい。このままで終われるかっ!」


 後ろを歩く子分たちが弱音を吐くが、ニクス・ボルトウィンは強引に黙らせる。


「しかし、俺たちで魔物退治とか無謀じゃね?」

「ここの出る魔物はよくてC級程度だ。僕らでも充分に対処できるはずだ」


 悩んだ末にニクスが得た答え。それは実戦だった。

 リスクこそあるが、経験と箔を手早く一気に得る事ができる。


 そう考えて、ニクスたちは学園の地下に通じる地下ダンジョンに来ていた。


 現在学園で生活ラインとして使われている地下水路。

 一方で、学園が増築された際に拡張・追加されると引き換えに廃棄された水路。さらに学園の先輩たちが危険な実験や儀式を行うために使っていた拠点や研究室。

 長い年月をかけて幾重もの要素が重なり魔境と化していった地下の迷宮である。


「お前らはこのまま侮られたままでいいのか? 貴族としての誇りはどうした!」

「いや、誇りっていったって……」


 最早彼らの言葉も聞く耳持たない。

 それほどまでにニクスは焦っていた。


「我々には平民共とは違う。貴い血が流れている。今こそそれを見せるべきだろうっ!」


 ニクスはそう発破をかけるも、皆一様に表情が暗い。


 全員既に心身共に疲れ切っていた。

 ニクスに言われるがまま、今日までついてきたが、恥をかくわボコボコにされるわで散々だったのだ。

 既に求心力はだいぶ失われており、それが余計にニクスを苛立たせ焦らせる。


「なんでニクスなんかについてきちまったのかねえ」

「名家中の名家、ボルトウィン家だとか言っといてこのザマだもんな」

「まあ、僕はアンジュちゃんと一緒に居られる時間ができたから感謝してるけどね……でゅふふ」

「……お前、最近どんどん気持ち悪くなってないか?」

「僕は懺悔室で聖女から悟りを得たのだっ! 想いは秘めて溜め込むるのではなく、迷惑をかけない範囲で曝け出すものだとっ!」

「いや。それはそれでアウトだろ……」


「おい。お前ら何をごちゃごちゃ喋っている! 早くいくぞ!」

「へいへい」


 彼らは返事こそすれど、相変わらずやる気はない。


 ……大丈夫だ。

 ここで活躍する事が出来れば、まだ巻き返せる。

 みんな見直してくれる。眼中にない奴等も一目置く。

 平民だって獣人や死霊術師の奴も……あの主席の少女も。


 数刻後、それがどれだけ愚かで世間知らずな考えだったか、彼は思い知る事になる。


「おい。いたぞ」


 誰かが向こう側の通路から何かを見つけたようだ。


 覗き込むと、確かに毒々しい色を持つ犬程のサイズの蛙が水路の横で飛び跳ねていた。


 ポイズントード。

 ランクはD級。

 毒を持つが、せいぜい痺れる程度のもので、初心者でも気をつければ充分に倒せる魔物だ。


「ふむ。最初の相手としては申し分ないな。……戦闘準備だ」


 ニクスの指示を受けて、彼らは魔力を練り上げ始める。


「よしっ。いくぞぉっ!」


 号令と共に、練り溜めた魔力を魔法に変えて一気に打ち出す。


「グギュウ!?」


 突然の攻撃魔法の嵐に驚いたポイズントードはこちらに向かって毒液を吐く。

 しかし、ニクスは防御呪文で障壁を張り防ぐ。


「くっ! 何をしている! ほとんど当たってないぞ! 逃がすなぁ!」


 視界が暗いせいか、乱雑な魔法はほとんどがあらぬ方向に飛んでいく。

 その隙をついて、暗がりの奥に消え去ろうとするポインズントード。


「グギュウウゥ!」


 だが、の姿は川からせり上がってきた何かに捕らえられ、一瞬で掻き消えた。


 遅れて、ビチャグチャという不快な音と共に何かが捨てられた。


「ひぃっ」


 打ち捨てられたソレを目を凝らした誰かが見て、短い悲鳴をあげる。

 それはポイズントードの手足だった。


 ――グチャグチャリ。


 現れたのは熊ほどのサイズの半魚の怪物。

 毒など効かぬと言わんばかりに、トードを咀嚼していた。


「嘘だろ……」

「なんでこんな奴が……」


 デビルマーマン。

 諸島や人魚を始めとした水棲系の亜人種族とは一線を画す魔物。

 凶暴な上に知能も高く、危険度もA級。


 そんな怪物が今目の前にいる。


 デビルマーマンは咀嚼していたソレを嚥下すると、グルンとその眼球をニクスたちへと向ける。


 こちらを認識された。


「ギュルアアアアアッ!」


 やはりというべきか、デビルマーマンは咆哮をあげ、こちらに迫ってくる。


「逃げろぉ!」


 さすがにこんな怪物を相手に叩こうとするほどニクスも無謀ではなかった。


 一人足をつまずいて、転ぶ。


「だ、誰か助け……!」


 迫りくる爪。

 ニクスがそれを杖越しの防護魔法で受けていた。


「くそっ! 早く逃げろ!」


 とはいえ、詠唱も省略した簡易の障壁だ。

 破られるのは時間の問題。それを証明するかのように障壁は徐々にヒビが入り始める。


「うわぁあああああ!」


「よしっ……ぐわあっ!」


 後ろの仲間が逃げるのを見送った所で、気が緩んだのがいけなかったのか、障壁を破壊されたニクスは反動でそのまま壁に叩きつけられる。


 体中が痛く、思うように動かない。

 遠くからデビルマーマンが迫ってくる。


(これまでなのか。私は、僕は……!)


 思い返すと、死への怯えよりも、自身への空回りの方の滑稽さで笑えてきた。

 振り上げられるデビルマーマンのカギ爪、ニクスは思わず目を閉じる。


「へえ。こんな所まで進むたぁ結構根性があるじゃねえの」


 ふと突然、そこへ感心したような声が降ってくる。


 おそるおそる目を開けると、灰髪の少年がデビルマーマンのカギ爪を剣で押さえていた。


「レド。な、なぜ貴様がここに……私を笑いに来たのか!」

「あん? 助けに来たに決まってんだろ。置いてあった手紙に魔物退治に行ってくる、って読んだ時は肝が冷えたぞ」


 そんなものを書いた覚えはない。

 ふと向こうにいる貴族の仲間の一人がバツが悪そうに目を逸らした。

 どうやら、自分に黙って書置きを残していたらしい。


 ――余計な真似を。そんなに私が信用できなかったか。

 ――いや、実際死にかけたし、そのおかげで助かった。

 ――彼の判断は正しかった。


 本日で何度目だろうか。またもニクスは自分の力不足を痛感させられる。


「そんじゃあいっちょ戦るか」


 こちらの気も知らずに、むしろ打ち消すように、レドは気軽に笑いながら鋼の剣を抜く。


「グギュウウウウウウ!」


 咆哮をあげながら、カギ爪を振るうデビルマーマン。

 だが、それをレドは互角に渡り合う。


「師匠の手合わせに比べりゃあこんなものぉ!」


 ガギンガギンガギンとけたたましい音がダンジョン内に響き、その音を頼りに、後方から他のレドの仲間たちもどんどん到着してくる。


「おい。レドの奴が戦ってるぞ。援護しろぉ!」

「魔法は巻き込みかねない。弓矢にしろっ!」

「いや変わんねえだろ! リズベルお前近接に加われ!」


 いまだに粗こそ多いものの、レドを中心とした連携が出来上がっていた。

 ニクスは思わず目を見張る。

 確かに、レドは仕切り屋でアンジュが皆の中心なら、彼は先頭に立つ者だった。


 自分とは雲泥の差であった。


「グギュウウウウウウ‼」


 激しい攻防の末。

 やがてデビルマーマンは断末魔をあげながら倒れて、そのまま動かなくなった。


「とりあえず怪我はないか?」

「うるさいっ!」


 レドは手を差し伸べるも、ニクスは振り払う。


「どうせお前だって、心の中じゃ笑ってるんだろうがっ」

「……うん。まあ今までの前の言動考えると、正直少しざまぁってのもあるな」


 腹が立つほど素直であった。


「いやでも、凄いとも思っているぞ。俺は貴族って連中はみんなお高くとまって安全な所から俺らを見下ろして嘲笑ってる連中かと思ったんだが」


 それがどうした。

 間違いではないだろう。自覚はあった。……あったのだ。


「お前は違った。どんなにみっともなかろうが、褒められたもんじゃなかろうが、自分なりに自分の弱さと向き合って変えようとしてこんな危険な場所に来たんだ。そこだけは誇っていいよ」


 ――俺はそれができずに、ずっと師匠につっかかってたからなあ

 とレドは自嘲気味に呟く。


「誇れるわけないだろ……。僕は皆を危険に晒したんだ」

「そうだな。後で謝る言葉でも考えとけよ。ダチは一生モンだからな」


 もう嫌だった。

 こいつと話せば話すほど自分の器の小ささを思い知らされる気分だった。


「ちょっと何で私も連れてきなさいよ」

「へえ。全部終わったの。見直したよ」


 やがて、向こうの方から聞き覚えのある声が幾つも聞こえてくる。


 ニクスはどんな顔をすればいいのかわからない。


「ぐぅうぅ……くそぉ……うぇえええええええ……ちくしょうう!」

「ちょっ……どうした!?」


 彼にできるのは、ただ悪態と共に嗚咽を漏らし続けることだけだ。


「ちょっとレド。何ニクス泣かせてるのよっ!」

「泣ーかした。泣ーかした。先生に言ってやろー」


 怒るアンジュに囃し立てるメア。

 どうすればいいのか、とレドはひたすら困っていた。


 その傍らで、今まで溜め込んできた分の感情を込めた涙をニクスはひたすらに流し続けた。

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