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第34話 ヴェロニカ先生の場合

「そういうわけで、今日からお前らの教官をするヴェロニカだ。よろしく頼む」


 教室に入って早々にヴェロニカは快活に答えた。


 学長室で教師に任じられた時は、最初こそ動揺していたものの、受け入れるのは早かった。


 要は未熟者の指導だ。自身の知恵を他人に伝える。それだけだ。


 その旨を伝えると、ラッシュやシスカは必死な形相で何度も釘を刺してきた。

 実に失礼な連中だとヴェロニカは憤慨していた。


 (自分は子守すらもまともにできない女だと思われているのか。ならば証明せねばならぬだろう。この飛竜戦姫とまで呼ばれたヴェロニカの有能さを! ……まあ、これでも魔王軍時代は教官として訓練兵をしごいてたんだ。似たようなもんだろ)


 ――と、こんな感じでラッシュたちが聞いたら頭を抱えるなり、その場で説教を始めるなりしそうな事を考えていた。


 一方で、生徒たちは剣呑な目つきでこちらを見てくる。


 このクラスは獣人族がほとんどだ。


 近年の生徒の倍増により、なしくずしで種族ごと押し込められた教室。

 さらに言うと、獣人族はその気性により他のクラスからも煙たがられており、嘲りよりも畏怖の方が勝るという、ラッシュが請け負ったクラスとは別の意味で問題児だらけのクラスだった。


 作られてまだ数日、大抵の教員は恐れおののいてロクに授業もできず、何度も交代を繰り返してきたクラスだが、ヴェロニカは特に動じた様子もなく教科書を開く。


「さて。えーとまずは授業か。お前ら教科書を開け。――今日は、えーと。おお古代語か。里で習ったぞ。懐かしいなー」


「「「……」」」


 暢気にしている新任の女教師(仮)。

 全員が『この女何がしたいんだ?』という目でこちらを見てくるが、当の彼女自身は特に気にした様子はない。


「えーと。それじゃあこの古代文字を読める奴はいるか? どうした?」


 ヴェロニカは何の気なしに教室を見回してみるが、当然そんな言葉に耳を貸す者はいない。


「先生さあ。そんなお願いじゃやる気でねえっすよぉ」

「そうだなー。先生がその身体でご指導してくれればやる気も出るかもなぁ?」

「何してもらおうかなー。ギャハハ!」


 代わりに返って来たのは下卑たジョーク。

 発言主であるゴリラの獣人たちはヴェロニカの顔と身体に目を向け、下品に笑う。


「ほう。私を美しいと評するか。良い目を持っているな」


 対して、ヴェロニカも負けてはいない。

 特に気にした様子もなく快活に笑う。というか普通に気にしていない


 会話が微妙に嚙み合ってないことに気づいたゴリラ獣人はヴェロニカに訝し気な視線を送る。


「……なんだよ。本当にやってくれんのか」

「そうだな、考えてもいい。弱者が強者におもねるのは世の理だからな」


 平然と言ってのけた女教師に獣人たちはザワつかせる。

 およそ教師の言葉とは思えない。


「――ただし、お前らが私を押し倒せればの話だが」

「「「……⁉」」」


 続いてのその一言と共に、ヴェロニカの周囲から迸らせた炎熱が教室の温度を上げる。


 彼らは獣の本能で理解した。――させられた。

 目の前の女と自分たちの格の違いを。


「お、面白いじゃねえか」

「舐められっぱなしで終われるか!」

「へっ。怪我しても知らねえぞ」


 それでも、彼らは人でもある。

 当のゴリラたちは震え上がっていたものの、他の腕に覚えのある何人かが立ち上がった。


「ほほう。いいぞ、お前ら。こういう流れは私も大好きだ」


 その蛮勇とも取れる挑戦をヴェロニカは獰猛な笑みと共に迎え入れる。


「参るっ!」


 だがそこへ、始まりの合図もなしに、牛の獣人は先陣を切って殴りかかる。


「――はぇ?」


 だが、気が付けば牛獣人は視界を反転させ、床に寝転がっていた。


「思い切りはいいが、正面から突進はいささか安直すぎるな。迎撃してくださいと言ってるようなものだ」


 有無も言わせぬその言葉と共に、ヴェロニカは彼の喉元に指をあてる。


「……降参しなければ首を飛ばすぞ?」


 その言葉が紛れもなく本気である事を察した生徒たちは背筋が凍りつかせた。


「ま、参りました……」


 呻くように牛の獣人は降参した。


「さて、お次は誰だ。それとも全員で来るか?」


 奇しくもラッシュの教室と同じ流れであったが、違いをあげるとするなら、獣人は誇りを重んじる一族が多いのと、挑もうとする気概を持つ者の多さであろうか。


 どちらにせよ、彼らとてこのまま引き下がるわけにはいかないのだ。


「い、いくぞお前ら」

「ああ、全員でかかれば……」


「やめるにゃ、お前ら!」


 そこへ教室の奥から一喝が飛ぶ。


 彼らは訓練された獣のように立ち止まり、声の主へと振り返る。


「その女はお前らが歯の立つ相手じゃにゃい。ウチがやるにゃ」


 そこにいたのは獣の耳と尻尾を生やした、黒いメッシュが入った金髪の小柄な少女だ。

 虎人族の少女だ。


「おお。シュガさん!」

「シュガの姐さんが来たぞ!」

「シュガちゃんはねえ、徒手空拳なら隣のクラスのレドの奴にも負けないんだからっ!」


 歓声を上げる獣人たちだが、当の本人はそれを無視してゆっくりと席を立つ。


 容姿自体は小柄さとその顔つきのせいで、年齢以上に幼く見える。

 だが、ヴェロニカはこちらに歩いてくるだけで、その威圧感から他の連中とは違うと理解する。


「ほう。その年でそこまでの圧を出せるか。少しは骨のある奴がいたようだな」

「おい先公。今度はウチと勝負するにゃ」


 感心するヴェロニカはよそに、シュガと呼ばれた虎人の少女は宣戦布告する。


「まどろっこしいのは嫌いにゃ。ウチが負けたら、このクラスはお前のモノにゃ!」

「よかろう。その力を見せて見ろ――!」


 彼女の挑戦を受け取ったヴェロニカは覇気を放つ。


 常人なら怯え竦み上がり、そこいらの魔物なら泡を吹き気絶する気迫。

 現に、他のクラスメイトたちは蛇に睨まれた蛙のように微動だにできない。


「ッ! にゃあああああーー!」


 それでもシュガは耐えて見せた。


「ほう。喰らいついてくるか。大したものだ」

「っ! 舐めるにゃ!」


 激昂したシュガは、渾身の一撃をヴェロニカの腹部にお見舞いしようとする。


「――!」


 直前でシュガは気付く。


 鋭敏な獣人としての本能が彼女に告げていた。


 高密度の闘気に守られたヴェロニカの肉体。

 このまま当てても、どころか己の腕が砕けると。


 勝てない。自分はこの女には絶対に。


 だが、それでも――!


「に、にゃあぁあああああああ……!」


 それでもシュガは殴った。


 無様に逃げるよりも、立ち向かい散る。――彼女はあえて腕を砕ける事を選んだのだ。

 しかし――。


 シュガの表情は驚愕に歪む。


「なぜ……。なぜあえて受けたにゃ!」


 当たる直前、ヴェロニカは魔力や闘気といった、己の中の気に類するもの全てを遮断していた。


 気とは命あるもの全てが有するもの、赤子ですら気を纏っている。

 それを自ら打ち切ったのだ。

 防御力などないに等しい、まさに枯れ木のごとく。


「その気概、見事」


 口の端より血をこぼしながら、ヴェロニカは短い賞賛の言葉と共に拳を握る。


「敬意を表して竜の一撃をくれてやる。いずれ超えて見せろ!」


 引き潮に対する津波のように、その一撃は怒涛のようにシュガを襲う。


「にゃっ――」


 己の身体がバラバラになるのも覚悟しながら、シュガはゆっくりと目を閉じる。

 勝負は決した。

 敗者は潔く散るのみ。


 ――しかし、いつまで待っても衝撃が来ない。


 シュガはおそるおそる目を開く。


 するとヴェロニカの拳は眼前で寸止めされていた。


 引き換えに、シュガの後ろの窓は拳圧で吹き飛んでおり、教室そのものは風圧で滅茶苦茶だった。


 他のクラスメイトたちもポカンと立ち尽くすのみ。


「これで私が担任だと認めたか?」


 シュガを含めた全員がコクコクと頷く。


 こうしてヴェロニカは、ある意味ラッシュよりも遥かに早く教室を掌握する事に成功した。

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