第12話 聖女への弁明
「――というわけです」
聖女シスカとの思わぬ再会を果たした僕らは、都市の城門の前に駐留させた馬車の中で面と向かい合っていた。
変な意味はなく、僕とヴェロニカについての説明をするために。
いや、こう書いてもなんか浮気の言い訳をしているように聞こえるな……。
とにかく僕は自分なりに今の彼女は無害だとも頑張って説いたつもりである。
「むにゃ……」
ちなみに当のヴェロニカは僕の隣でうたた寝中――いや、君のために話してるんだけど?
「……なるほど。事情はおおよそ理解しました」
僕の話を聞こえたシスカは穏やかな口調で言った。
その言葉に僕はほっと胸を撫で下ろす。
「ですが、納得はしていません」
――のも束の間、再び緊張が走る。
いや、考えてみればそれはそうである。
僕らと彼女は少し前まで殺し合いをしていた仲だ。
だというのに、こうやって一緒に行動している僕の方が異常なのだ。
「いえ。ラッシュ様の事を咎めているわけではないのですよ? かつての敵と禍根を残さずに歩み寄ろうという姿勢。尊敬に値します」
「――え。あ、ああ。ありがとう」
さらに一転、今度はいきなりベタ褒めされた。
もしかして気を使ってくれたのだろうか。相変わらず優しい人だなあ。
「ですが、私は彼女を信じる事は出来ません。このヴェロニカがどういう性格なのか、あなたも理解しているはずでしょう? 気まぐれで無軌道、そして戦闘狂。あなたと結んだのは所詮は口約束です。いつ反故にしてくるかわかりません」
シスカの言葉に僕も思わず頷く。
ぐうの音も出ない。彼女の心配ももっともである。
彼女とてあの戦いでヴェロニカに何度も殺されかけ、その恐怖をその身で体感した者の一人なのだから。
僕がヴェロニカを拒絶しなかった理由の一つでもある。
彼女を野に放って、彼女がまた気まぐれに暴れて人々の脅威となるぐらいなら、僕という的に注目させて傍に置いた方が良いと思ったのだ。
リズベルたちから押しに弱い、見てくれは美人だから、と白い目で見られてたが、別になあなあで傍に置いていたわけじゃあないのだ。本当である。
「憎悪に溺れて我を忘れぬようにするのも大切でしょう。ですが無条件で許し迎え入れるわけにもいきません。特に私の立場では……」
「うん。わかっているよ」
聖女という立場は決して軽くはないという事だろう。
「ふわぁ。話は終わったか?」
そこへヴェロニカは目を醒ましていた。
寝起きで眠気眼をこするその姿はどこまでも他人事のようで、思わずぶん殴ってやろうかと思ったが、シスカを諫めた手前、すぐさま僕が破るわけにはいかなかった。
「あなたの事を話していたのです。少しは相応の態度をとるべきでは」
「知っている。今の私の身柄はコイツ預かりだからな。私がアレコレ言うのは筋違いだろ」
絶対違う。
面倒だから僕に全部押しつけてただけだ。
「あなたは自分の立場を理解しているのですか?」
「ああもう。面倒くさい女だなあ。束縛する女は男に嫌われるぞ」
ああもう、火に油を注ぐ様なことを……!
そもそも女っ気のかけらもないくせに、僕と戦いたいという理由で、追いかけてきた君が言うなっていう話だ。
案の定、シスカは額に青筋を浮かべて、すごい剣幕で睨み付けている。
「だがまあ、お前の言わんとすることもわからんでもない」
いきなりヴェロニカが神妙な顔で頷いた。
どういう風の吹き回しだろうか。
「人間という奴はことさら理や証というものを大事にするようだからな」
「えっ。きゃっ!」
ヴェロニカは端に立てかけていた薙刀を手に取ると、シスカへと押し付けた。
「い、いったい何のつもりです――」
ボギッ。
直後に響いた鈍い音にシスカの言葉は続かなかった。
僕も思わず絶句していた。
なぜなら、ヴェロニカは己の頭の角の片方をへし折ったからだ。
「――」
次いで、彼女は何かを唱えたと思ったら、折った角は光を帯びて、薙刀の中へと溶けて消えていく。
角を魔力の触媒にして、薙刀へと宿らせたのだ。
これはたしか古の付与魔法だ。
「貸し金だ。期間は貴様が私を信用できると確信した時で良い」
折った部分から血を流れているヴェロニカは、その身に宿る力が半分近くにまで下がっているのが、こちらから見てもわかった。
シスカも僕も唖然としていた。
まさか彼女がここまでするとは思わなかった。
「二人してそんな顔をするなよ。ここで暴れるなと言ったのはラッシュ、お前だろう? それにお前とて勇者の力を失っているんだ。私だけ全力なのは不公平だと前から思っていたのだ」
僕らの反応が面白かったのか、ヴェロニカはおかしそうに喉を鳴らす。
そんな彼女の様子にシスカは目を丸くしていたが、やがて気を取り直して再度問い詰める。
「ヴェロニカ。あなたは本当にこの街で何かよからぬ事を企んでいるわけではないのですね?」
「くどいぞ。私はコイツと共にいる限りは人を傷付けん。そういう約束をした」
念を押すシスカにあっさりと返すヴェロニカ。
やがて彼女は押し黙った後、静かに息を吐いた。
「なぜそこまでラッシュを……。ま、まさか彼の事を愛しているからとか……」
「さすがにそれはないよっ」
シスカの斜め上の回答に僕は思わず口を挟む。
いやいや、僕にだって相手を選ぶ権利はある。
「ふむ、それも理想の一つだな」
「「は?」」
この竜女。余計な爆弾を投下してきやがった。
「今は私が定期的に顔を出す形にしているが、ゆくゆくは共に暮らすのも良いかもしれん」
「い、いけません。そんな羨ま……じゃなくて破廉恥な!」
顔を赤くしながら目を回している。今にも頭から煙が出てきそうだ。
「……まさか禁断の愛だからこそ燃え上がるという奴では!?」
いかん。シスカの方も大分おかしなことになっている。
その後、僕らは誤解を解くのも兼ねて、さらに一時間ぐらい話し合った。
「はあ。今日の所はもういいです……」
ようやく落ち着きを取り戻したシスカはグッタリと疲れたように呟いた。
「しばらくはこの街に滞在するのですよね?」
「え? ああ。そのつもりだよ」
僕の答えにシスカはひとまず納得したように頷く。
「わかりました。積もる話は後でゆっくり聞かせてください。私はお父……領主の屋敷に滞在していますので」
今回は聖女として訪問してきたという事か。
去っていく馬車の窓から顔を出しなが手を振るシスカを僕らは見送った。
「おーい。こっちこっちー!」
見ると、門の方でリズベルが両手を上げて飛び跳ねている。
「ようこそ、都市ラグーンへっ!」
追うように僕らも門をくぐると、大きな人だかりが僕らを迎え入れる。
王都を思い出す賑わいだ。
「最近は交易も再開したからねー。数年すればもっと賑やかになるんじゃないかな?」
リズベルの説明になんだかこちらも嬉しくなった。
自分も魔王と戦った甲斐がある。
目の前の光景を取り戻し守るために僕らは戦ってきたのだろう。
「うむ。人が多く賑わっているのは良い事だ」
「魔王軍だった君が言うのもなんかアレだね」
僕はヴェロニカの頭を軽く叩いた。
ぶー垂れたように不貞腐れるヴェロニカを無視しながら、僕らは交易都市の最奥へ進んでいった。