19.トリカゴ
「ちょっと足が速いからっていきがってもムダっすよ。自分強いっすから」
後ろにある、まるでトリカゴのように作られた柵に背を向けてエリアスとアイリスはエジルと対峙する。
「え、エリス?だいじょう、ぶ?」
「おぇっ」
寄り道してこうかな、なんてかっこつけたまでは良かったけれど、グロッキー状態がその威勢のよさをどこかへ運びさっていく。
「今がチャンスっす!」
エジルはすかさずファイヤーボールを飛ばす。
「ウィンド」
アイリスが一言つぶやけば拳大の火の玉はどこかへ吹き飛ばされていく。
「それならこうっす!」
ムチのようにしなって襲いかかってくる腕に、握られるナイフの追撃、気がつけば進行しており絡めとってくる脚技、魔法による目眩しをなどバラエティーに飛んだ技を、見かけの考えなしそうな感じとは打って変わって効率的に使用してくる。
たしかに強い。
おそらくエリアスだったら身体能力の面で劣っており全く敵わなかったであろう。
でも近くにいるのはアイリス。
男への憎悪を力に変えることの出来るアイリス。
エジルの華麗な技の数々はアイリスの動きを先読みしてアイリスの動きよりも先に攻撃をくりだす。
しかし、アイリスはそれを苦ともせず後出しで避ける。
戦闘中にエジルから受ける顔へ、お尻へ、胸への視線。
それがまたアイリスの動きの質を高めていき常人ではたどり着けない境地へと彼女を押し上げる。
技と駆け引きは持たないアイリス。
時には引っかかる。
襲いかかってくるナイフは脅威となった。
いくら攻撃をしようとも誰かになにかを習った訳では無いため、単調な攻め方しかできないことがエジルにアイリスの反撃を回避する隙を与えてもいた。
「〈収束〉」
そんな時、エリアスが頼りになった。
アイリスの未熟な部分を補完し、十全の力を出すことを可能にしてくれるのだ。
魔法を〈収束〉し〈放出〉する。
相手に押し込まれている時は元の位置へと押し返し、押し込んでいる時は心強い追い風となってアイリスに勢いを与える
エリアスがアイリスのサポートに慣れてきた頃。
余裕が出来始めた彼は今まで使っていなかったもう片方の手を上げる。
「ファイヤーボール」
そう一言唱えると戦況は一気に傾いた。
死角からのファイヤーボールの一撃にエジルは怯む。
逃げようとしようともアイリスからの連撃を躱すことに精一杯。
つまり──
ドォン
熱を持たない火の玉が着弾する。
エジルは吹き飛び柵へと強かに背中を打ちつける。
意識が飛びかけたその瞬間にエリアスとアイリスはマウントをとり、拘束する。
念のため等価交換を使うことによってその拘束をちょっとやそっとでは解けないようにより強固なものとした。
近くにある木の根元に何重にも縛られ、エジルは戦意も喪失していた。
「親方〜、やられたっす。助けてくださ〜い」
何故かエジルは目の前の虚空に向かって喋り出す。
届かないとわかっているはずなのに。
エジルの行動に一抹の違和感を覚えるものの、今は置いておいてまずは柵の中への侵入を決定する。
その柵は高かった。
そして頑丈だった。
天井に届きうる高さを持っていた。
希少金属を使うことにより硬度も「第一陣」や「第二陣」でも壊せないように設定されている。
「エリス、とりあえず、殴る?」
エリアスの隣にいるアイリスは可愛い顔をしながら物騒なことを言う。
「待って、アリス。
やってみたいことがあるんだけどいいかな?」
エリアスが言うならと頷くアイリス。
「この金属に扉を作って」
アイリスがこの2ヶ月で狩り続けてきたおかげで貯まった魔石を取り出しながら異能を使う。
今回の等価に関してはほぼノーコストだった。
ただ、目の前の金属へと切込みを入れるだけ。
ただの形の変形
形の変形が行われる際に使うであろう魔力分が徴収されていくだけだ。
できた扉を通ってその「トリカゴ」とでも言えそうな柵の中へと侵入していく。
すぐさま見えていた人影へと向かって進んでいった。
「あの、すいません。第一陣と第二陣の方ですよね?
もっと言えば帝国の方なんじゃないですか?」
パントリーの中に作られた畑を掘るだけのゴーレムのようになっている目の前の人々は話しかけても、何ら答えが返ってこない。
「あの、聞こえてますか?」
エリアスが肩を叩くとやっとの事で彼は正気の欠片を取り戻す。
「お、お前。どこから入ってきたんだ」
「あそこに扉を作りました」
エリアスの後ろでしがみつきながらついてきているアイリスも首を縦に振って肯定する。
「扉だって!?って、それはどうでもいい。お前ら、ここから逃げるんだ。早く、さもないとあいつがやって来る」
「あいつ?」
エリアスが見る限りかなりの恐怖心を目の前の男は植え付けられているらしい。
「早くこのトリカゴから、いや、このパントリーから脱出するんだ! 俺からはそれしか言えない。そして俺は何も出来ない」
今の目の前の彼を動かしているのは強制力でも義務感でもなかった。感情の抜け落ちたその顔に浮かび上がらせるのは底なしの恐怖のみ。
改めて彼と同じような状態に晒される者達を見渡せば目の前の彼と同じ恐怖の色を見え隠れさせている。
「それなら更に詳しく聞きたいですね。どうしてこんなことになっているのかを。どうももう逃げるのは不可能なようですしね」
エリアスの目線の先には「親方」と呼ばれるもの。
トリカゴへとゆっくりと歩いてくる光景が目に飛び込んでくる。
「説明してもらえませんか?」
彼もエリアスの視線の先親方がいることを確認する。
「わ、わかった」
エリアス達と絡んでいるところを親方に見られた今、どちらにしろ気が収まることがないだろうと考え彼は判断したらしい。
エリアス達をここで避けないあたりになにか事情があるのだろうか。
トリカゴに囚われた人々を皆一度呼び寄せた。
全員が全員、何らかの強いショックを与えない限り、恐怖という名の呪縛から解き放たれることなく、同じような顔をして同じょうな作業をして同じような生活を送っていた。
それから彼らは話してくれた。
ここにとどまっているわけ。
どうしてこんなことになっているのか。
親方とはどういう存在なのか。
要約するとこんな話だ。
エリアスとアイリスは知らなかったがダンジョン攻略においては当然ながら、地図や正規ルートといったものが存在しているという。
その中にはたくさんのパントリーが含まれていた。
しかし、中には絶対に関わってはならないとされている箇所がたくさんあるらしい。
その一つがここだ。
帝国にはリプルの木があるパントリーを独占して支配している集団がいるらしい。
そこを管理する者達は皆横暴。厄介なことに帝国や王国の最上位の者達に匹敵する力を持つものも多いという。
入ってきたものは殺すか生かして利用している。目の前の彼らのように。
トリカゴの中にいた彼らの場合は、エジルくんとはやりあって退けるものが出来たらしいのだが、6人で挑んでも親方というものには敵わなかったという。
その集団──木陰──が強い理由。
それはユニークスキル。
帝国の中にいる兵士、騎士としては使えないようなならず者たちの中には強い者もいる。
そんな彼らは結託した。
帝国を抜け出しダンジョンに潜った。
楽に生きることを考えた彼らはリプルの木のあるパントリーを力で支配することを計画したのだ。
そして、リプルの専売をすることにより莫大な利益をあげた。力があるゆえに誰も文句も言えないし、彼らに盾突けばダンジョン上層からの帰還は不可能である、とさえ言われるようになってしまっているのだ。
いつからか出回るようになった新たなダンジョンマップ。
そこには木陰が根城にするパントリーの箇所には×のマークが記されるようになっていたという事だ。
しかしここはダンジョン。
イレギュラーは起こる。
罠はある。
人との遭遇もある。
魔物との遭遇によって逃げて、疲労困憊になり、自分たちの居場所をマッピング出来なることもある。
不幸にも彼らは当てはまってしまう事があった。
予想外の "黒いオーラを纏う魔物" に出会ってしまった。
圧倒的な力と防御力を持つ敵の出現を前に、すぐに逃げの方針へと舵を切った。
魔法で視界を塞ぎ、足を一撃してすぐ離れるヒットアンドアウェイを作戦に戦い、少なくない傷を負いながらもなんとか逃げ切り正規ルートへと帰還したらしい。
身も心もぼろぼろ。
持ち物もダンジョンへと消えていった。
敵の影に怯え続けている。
そんな彼らの目の前にはパントリー。
まるで神の恵のように感じたことだろう。
しかし、そこで待っていた現実が今目の前にある状況であるという。
ひとつ断っておけば、そんな状態で挑んだから親方に勝てなかった訳ではなく、どうしょうもないほどの実力差であったらしい。
かれこれ1年程ここでの強制労働に従事させられているそうだ。
説明が終わり程なくして、徐にダンジョンを踏みしめながら親方はやってくる。
「君たち、分かってるよね?」
トリカゴの前へと来てそう呟く。
「君たちはここでジ・エンドだ。セーラ君だけは私の手駒として可愛がってやろう。えぇ、昼だろうと夜だろうとね」
そしてぎょろりと視線をアイリスへも向ける。
「君も一緒にかわいがってあげるからね」
それはそれは醜く歪んだ笑顔でそういうのだった。
アイリスはエリアスの影に隠れて精一杯その視線から逃れようとする。手の震えがエリアスまでもを振動させるかのようにさえ感じられるほど。
青くなった顔、足は恐怖のフラッシュバックで力を失いつつあり今にも崩れ落ちそうである。
誰よりも弱肉強食の世界の餌であり続けたアイリスだからこそわかる自分と相手の存在の違い。
それが彼女の心を蝕んだ……
ギュッと。
アイリスの腕をエリアスは掴む。
「しっかりと前を見て」
優しく彼女に囁く。
「心の瞳を閉ざしちゃダメだ。現実はいつだって過去にも未来にもない。目の前にあるんだから」
そう強くなったんだ。
アリスはもう強くなったんだ、と。
「僕達の目の前には親方しかいないんだから」
エリアスは優しくアイリスへと微笑む。
「辛い現実はもう消えたんだ」
耳朶を震わすその声が麻薬のように心地よい。
そうアイリスは感じた。とても心強かった。
「僕達の幸せを邪魔するものは誰もいない」





