15.自信
「おはようアイリス」
「エリアス、おはよう」
2人での初めての探索がはじまる。
エリアスの持つ魔除けの結界石の効果により2人はしっかりとした睡眠をとる。
アイリスは久しぶり、本当に久しぶりの睡眠の質心地よさを味わった。
起きると横にアイリスのような美少女がいることに少し恥ずかしい気持ちが見えるエリアス。
それじゃあ、始めようか。
僕達のダンジョン探索を、と。
「まずはアイリスに魔物を倒して貰わないといけないな」
ここはダンジョンだ。いくら慣れたと言ってもどんなイレギュラーが起こるかはわかったものではない。
そして何よりもアイリスがその事を望んでいた。
「が、頑張り、ます」
探索を始めてスグに魔物に出会う訳では無い。
この迷宮は驚き呆れてしまうほどに広大だ。
エリアスが一年以上かけても三階層しか進めなかったことがその規模を物語っている。
その間は昨日のお腹の中に宿っていたはずの命についてのことを話題にして話していた。
「そういえ、ば、どうして昨日、は悩みの、種を消滅させられ、たの?」
「僕の異能についてはもう説明したよね?僕はあれを使ったんだよ」
何気ない事のように話すエリアスに、プラスの表情に未だ乏しさを覚えるアイリスの顔から目線がジトーっと疑いの色を帯びて突き刺さる。
「『等価交換』は、コストが、必要」
正直のところエリアスは魔力をいつもより多く消費したお陰で疲れが溜まり、昨日は概要だけを説明してお互い眠りに落ちていた。
「コストならもらったよ?予想は間違っていなくて「憎悪」の感情が使えたんだ」
「そんなの嘘。私の憎悪、の感情全く減って、ない」
さらにその目を細めてこちらをじーっと見てくる。
「あんまり嬉しい事じゃないんだけどさ、アイリスの憎悪は間違いなく等価交換に使えたんだ。でも、その、溜まっている憎悪の量が桁違いに多くて全体量から見たら昨日使っていた憎悪の感情は絞りカス程度のものなんだよ。」
なるほどとアイリスは心の中で納得する。
心が壊れてからも無意識の中でも憎悪の感情だけは知らず知らずの内に形成されていたならばそんなこともあり得るかもしれない。
「なら、私の「憎悪」、の感情が対価、として認め、られたってこと?」
「そう」
それの意味するところは……アイリスの可能性。
「交換の効率もすごく良かった。魔力の何倍もの価値が見出されていたと思うよ」
即ちそれだけの価値がある何かがエリアスが言った通りにあのスキル『貯憎』には眠っているということ。アイリスの表情も喜色に染まったように見える。
「私…………、がんばる」
エリアスは不用意に彼女の過去は詮索しない。今心を壊せば彼女がいる再起不能になってしまうのは目に見えている。
だがそれ以上にエリアスは孤独に耐えかねていた。
ひとりでいると知らず知らずのうちに脳内に不可抗力とはいえ人を手にかけてしまった時の光景がフラッシュバックしてくる。
だから隣に誰かがいるということの有り難さを改めて噛みしめながらの探索となっていた。
ここまで来る中でエリアスは気配察知能力が格段に上がっている。どうしても1人でのダンジョン探索となると死角からの攻撃による被弾のリスクが高まる。
そのため『盗賊』紛いの活動も出来るようになっているのだ。流石に本職と比べられてしまえばそれまでだが。
「アイリス、そこの角を曲がったところから魔物の気配を感じる。行ける?それともまずは僕が戦闘の仕方を教えようか……?」
「じゃぁお願い、しよ………………!!!」
エリアスの言った通りにクリスタルの通路の曲がり角から一体の魔物が現れる。
2mにも届くかという巨大に醜い容貌のあたまが取り付けられた女性に生理的嫌悪を覚えさせる種族。
オークだ。
アイリスは目線の先の敵にかたまる。
体は小刻みに震え、足はすくんでいる。
慰みものにされた記憶が嫌でもフラッシュバックしてしまう。
いや、近寄らないで。
私はもう、、、
軽いパニック状態に陥っていた。
その時。
自分の体を抱きしめながら、それでも相手からは目線を話そうとしない気丈な姿を見せたアイリスの両肩に手がそっと置かれる。
ピクリと無意識で体がこわばる。
男性というだけで助けてくれたエリアスでさえ反応してしまう。
自己嫌悪を抱く。
エリアスだ。
「昨日の今日は酷すぎたね。僕が浅慮だったよ。」
優しいエリアスはそう言ってアイリスの目の前に出て憎き仇を滅殺せんとする。
でもそれではダメなのだ。
私はいらない子だ。
エリアスは私にひどいことをしないのは分かっている。
でも…………
その時になって。
肩から伝わるエリアスの温もりに気づく。
気づいたからこそ思う。
「やっぱり、私がやる」
躊躇いの言葉はすべて飲み込んでアイリスは決意の言葉を口にし覚悟を決める。
この相手ならば心置き無く倒せる気がする。
そんな気がした。
『第五陣』にも満たない身体能力しかないはずなのだがどうしてか目の前の的には負ける気がしない。
記憶がまた蘇る度に憎悪の感情が溢れる。
それはアイリスの体の周りには赤黒いオーラとなって現れた。
その瞬間、アイリスの存在感は元のアイリスとは違った何かに昇格する。この時ばかりはエリアスも彼女の存在感に慄き飲まれそうになるのを懸命にこらえたほどに。
アイリスの強い意志と「憎悪の感情」に連動するようにその存在感は高まっていく。
正直に言ってやばい。この強さは多分半端ではない。
エリアスは思った。
普通の人生を送っている人だったならば多分そこまでの強化が期待できるスキルではなかったのであろう。一方で、このスキルを持つ者が蔑まれ、暴行をされ、慰みものにされてしまうような例えば『第六陣』に渡してみると、、、。
効果は激変する。そこに神は有用なスキルであるという説明を見出したのであろう。兎にも角にも前提条件が間違っているであろうとは思うが、アイリスが力を手に入れられたことは嬉しく思う。
そんなアイリスの様子に気づいているのかいなのか、間抜けな豚頭の魔物は、女を見つけたことに狂喜乱舞しながらアイリスの方へと駆け出していく。
だが、力を得たからと言って使えるか使えないかは別の話。
明らかにアイリスはその強さとはアンバランスな脆さ──心の弱さ───を抱えている。
崩壊しかけたその心に何かを言うのは酷であるがこのままではまたもや昨日と同じだ。
憎しみの感情はアイリスから途切れることなく流れ出ており、それが彼女の鎧となり彼女を強化する。それと同時に心に刻まれた恐怖が足を止め体を止め、間違った運命を本物の運命だと認識させてしてしまう。
ドスドスと足音をさせながらも、その巨体には似合わないそこその速さでオークは接近しようとする。
そして、何も出来ない、しようとしないアイリスとオークの距離は攻撃が届く距離まで近づいていた。
武器はいるかと訪ねたエリアスに対して素手でなら少しだけ戦いの経験があると答えた彼女の言葉から体術での戦闘をアイリスはすることになっていた。
無防備な状態のアイリスに振りかぶったオークの腕が襲撃する時に、辛うじててアイリスは顔の前で腕で交差させてダメージを最小限に抑えようとする生存本能が現れる。
エリアスは見えていて、彼女の危険を察知したためすぐに助けようと動こうとしたけれども見えない何かに阻まれたようにそこには近づけない。
守るといっておきながらもいざとなったら助けられない自分を歯がゆく思うが、目の前でオークの太い腕が彼女の防御を貫こうとする視界に映る現実からはなぜだか目をそらすことは出来なかった。
最低限の〈収束〉だけはアイリスの危険に対してかけておいた。
そこには希望があったのだろう。
弱者のあがきがあったのだろう。
エリアスが自分がピンチに陥った時は自分のスキルが救ってくれた。命の淵に立っても生きたいと願うその心が何かに届いたのだと勝手に解釈していた。
そして目の前の対決も…………
ドォォォーーーーン
大きな質量の者同士のぶつかる腹に響くような低い音がダンジョンに響き渡る。
エリアスの視線に映るのはへっぴり腰ながらもその腕のみでオークの必殺であったはずの重量攻撃から身を守りきって、
一歩も動くことなくそこにぽかんとした表情を浮かべながらも佇むアイリス。
片やオークの方は、まるで自分では敵わない何かとてつもなく硬いものを殴ったかのようにその腕がひしゃげていた。
「えっ、、、、?」
アイリスは
死を覚悟した直後のこんな出来事に動揺を隠せないと共にちょっとだけ自分の力を理解する。
多分無意識に、死を間近に感じてもても諦めなかったその気持ちが新たな可能性を芽吹かせる。
ただただ搾り取られて用済みになったら捨てられる存在を脱却したことに喜びを覚える。
どうしてかは分からないけど、このスキルの使い方がわかる気がした。
「こんな感じ、かな?」
目の前のオークを昨日のオークと重ね合わせる。
辱められたその記憶が蘇ることに唇の端を噛むアイリス。
だが、考えれば考えるほど、憎しみが増大していくほどに彼女から発せられる存在感は増していく。
ある1点を超えた。
そう思った時、アイリスの纏っている赤黒い稲妻のようなオーラが段々と密度を増しながらアイリスの中へと力が凝縮していく。
「からだが、かるい、でもおもい」
エリアスはもとより黙って見守っている。
理性を超えてこの光景を見続けたいと思ってしまった本能を押さえつけることは出来なくなり、動けなくなった彼はただアイリスのその勇姿を真剣な眼差しで見つめる。
アイリスが動いたと思った次の瞬間には彼女は腕をだらんと下げながらも周りを警戒していたはずのオークの背後に回り込んでいた。
エリアスにもオークにもその動きは見えていない。
スキルにおける効果は魔法陣の効果を原則超えないという。そんな中でアイリスが持つスキルは既存の身体強化を上回るでたらめな強化を自身に付与する。
駆け抜けた跡には暗灯色が散りばめられ、気づかぬうちに移動の早さゆえに起こる風に呑まれ認識されぬうちに空間の中へと消えゆく。
エリアスは納得すると同時に第六陣のスキルの有用性がほんとであったのだなと検証を通して再確認していた。
ただ、まさかここまでとは思わなかったけれども。
アイリスを視界に入れられていないオークは困惑するだけでどうしょうもない。
アイリスの早さに追いつけるものはここにはおらず、技とか駆け引きとかそんなものは無い。
ただ力と素早さだけで勝敗は決まる。
「えいっ」
可愛らしい声が響いた。
パンッ
何かが破裂することが響いた。
たったそれだけだった。
アイリスの目の前にはオークだったものが転がっている。
もう弱者とは呼ばせない。
そうアイリスの澄んだ空色の目は前を見つめている。
もう倒したオークなど視界に入っていない。
そして、彼女の魔法陣は優しい光を帯びた。
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