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14.一人の少女

前回確認されていない方は、11話が投稿抜けしておりましたので読んでいないよって方はそちらを先にお読みください。

申し訳ございませんでした。



「だから───私を殺して?」


その言葉を聞いて心の中が激情で荒れ狂う。

どうしてなのだろうか。どうしてそんなことを言うのだろうか。わかっている。心の中では理解している。そのつもりでも感情はそれに抗おうとする。

それゆえに理不尽な怒りをぶつけてしまう。


「どうしてそんなことを言うんだ!」


自分でもびっくりするくらいの声が出た。そしてその声は自分のものではないような気さえした。


だがアイリスは少し大きな声にビクッと身をすくませただけでその表情を変えることなく答える。


「私は…………穢された。だからこそ、ここで殺して、ほしい。エリアスくんが、来る、半日くら、い、前から、私は、ここで、犯されて、いた。たぶん……孕んでる、と思うから、もう、生きてられ、ないの。生きて、ちゃダメ、なの」


その言葉を言い終えたアイリスの表情は深い悲しみを抱くとともに、自らを害するものからの解放の喜びのような感情が見え隠れしていた。


「そんなこと……」


「それに!」


どうしても譲れないことなのかアイリスは語気を強める。


徐に自らの袖の裾をまくる。


そこにはエリアスにとっても見慣れていた複雑怪奇な紋様、

人生を壊すものがしっかりと浮かび上がっている。


「もう、いぎで、いだぐ、ないの」


彼女の空色の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちる。

それからは抑えていたであろう感情のたかが外れた為だろうか。もうその涙は止まることを忘れてずっと流れ続けた。


エリアスはただただアイリスを見つめ黙っている。


かなりの時間がたってようやく落ち着いた彼女はまた話し始める。


「毎日、毎日、犯されて、犯されて、犯されて。

自分の感情、さえも、分からなくなるくらい、に犯され続けたの。私は何も、悪いことを、してないのに。ただこの魔法陣、を、貰っただけで。どう、して?何か私は悪い、ことしたの、かな?もう耐えられないの。心は、もうとっくの、昔に壊れちゃったから、痛みなん、てものも快楽、も喜びも分からない、の。ただただ、悲しみの、渦だけに飲まれて生きる、のはもう嫌。私は耐えられ、ない……。

この魔法、陣をもらった、時点で終わりだった。そこで諦めれ、ばよかったものを、少しでも希望を持っ、てしまった私がバカ、だったの。だから、だから、だから。

お願いだ、から、私を殺して?」


その悲しみを言葉だけでなく体の全身を、心までもをもって体験してきた彼女はもはや擦り切れていた。

いつか、いつの日か自分を助けてくれる人が現れるのではないかなんて考えていたために死ぬタイミングも逸してしまった。そんな夢物語なんてあるわけないのにと嘲笑をその美麗な顔に貼り付ける。


目の前の少年は守ってくれた。

でも守られているだけでも死滅の先延ばしでないことにもここに来て現実で知ってしまった。

それにいつ裏切られるかはわからない。

もしも、もしもだ。

自分の気持ちがわかる人がいたなら─


「もしもだ」


エリアスは思考のトリップにハマっている目の前の少女へと語りかける。


「もし、アイリスに生きる希望が出来たらどうする?」


「そんなこと、あるわけ……」


「もし、力が手に入ったならばどうする」


「何……、言ってるの?」


エリアスは決定的な一言を告げる。


「もしも、『堕天使の隠れ家(アインザーム)』が不遇な魔法陣などではないとしたら君はどうする?」


「…………」


自分よりも頼もしい年下の男の子。

見たこともないような武器を使って一瞬のうち敵を薙ぎ払った圧倒的な戦闘力。それはそれはいい魔法陣を手に入れたんだろうと思っていた。


だが今になってアイリスの頭の中には違和感が生まれ始めた。魔法陣を発言してからというものほぼ思考を放棄していたアイリスにとっては自身の行為が意外だった。そして自分がしっかりと人間をやっていたころだなと懐かしくもなった

。が今はそんなことはどうでもいい。

どうしてこの年の男の子がひとりで(・・・・)こんな階層をさまよい歩いているのだろうか。


そしてこの質問だ。


もしかしたら。期待してしまう自分がいる。

だがアイリスは知っている。期待をした時が自分の失敗の始まりであると。それに漏れた経験はなかった。


それでもどうしても無意識領域下では期待してしまう自分がいることも否定出来なかった。


「そんな人、いなかった……」


希望を見せないで。見せられたら私はそれが偽物であっても本物だと思い込んでしまうから。それが死よりも苦しい生であっても逃れられなくなるから。

アイリスは心の中でグルグル回る思考の混乱を沈めることは出来なくなっていた。


「そうだろうね。僕が初めてだから……」


エリアスは等価交換で作成した自らの手を隠すための黒いグローブに手をかけて外す。


そこには明らかに異質の魔法陣──線が一本増えて二本となったもの──が存在した。


「…っっっっ!」


アイリスは目を見開く。


エリアスの魔法陣はわかりやすい。

魔法陣の模様を抜きにして視覚的なインパクトのみでその異様さが分かるから。三色混じるその見た目の時点で察することが容易に出来てしまう。


ただそれだけでなく色から視点を話せば見えるようになる線の織り成す複雑さが失われ、逆に簡潔になりすぎたその異色の魔法陣。


「ちょっと身の上話をさせてもらっていいかな」


「うん、…………」


アイリスは黙って頷く。

目の前の少年は確実に第六陣もちだ。

魔法陣を見てそれを確信できた。


それならば。

あの力はなんなのだろう?

あの武器はなんなのだろう?

どうしてこんなところにひとりでいるのだろう?


後から後から湧き上がる疑問は絶えることがなく、感情の封印が緩んでしまっている今、過ちを繰り返すのかもしれない。けれども希望を持つ以外の選択肢はこの瞬間は頭の中から抜け落ちていた。


エリアスは自分のこれまでの出来事を話した。

帝国に生まれ不幸にも第六陣をもらったこと。幼馴染と両親は味方でいてくれて色々あり王国へと国を変えたこと。そしてそこでダンジョンへと連れてこられて殺されそうになったために転移陣で21階層に飛んだこと。そして壮絶な戦闘を通してこの魔法陣の本当の力を手に入れたこと。


「ほんとう、の力?」


アイリスの心の中には多大なる傷が癒えることなくなく一生残り続けるであろう。うまく付き合っていけるとは思わないし、どうしょうもないとは彼女自身も考えている。

心を壊さないために失った心を得たことで反動が来てもおかしくないと思っていたが想定以上にもう心は壊れていたらしい。逆に一度心が壊れてしまったからこそ。不思議とそんな前向きな気分にこのような状態であるにも関わらず思ってしまっている。だから壊れたこの心は彼に預けようと。この希望が潰えた時自分は人でないナニカに変わってしまうかもしれない。でも最後まで夢を見てしまうのが私なんだと。


もうアイリスの心は決まっていた。


「第六陣の本当の名は『神の試練(ステアーズ)』。成長する魔法陣。その存在は今この世界で君と僕しか知らない。恵まれたスキルで僕は解放条件をなんとか突破できたらしいからこそ僕は本当の魔法陣を手に入れた。正直にいえばこの魔法陣は『第一陣』を赤子の手をひねるように倒せるようになる可能性さえも秘めている」


「どうしたら、どうしたら、私にも、それを使えるよう、になる?」


希望に満ちた視線でエリアスに問うアイリス。


「その前にまずスキルを聞いてもいいかな?」


下手なスキルを持っているものであればこの条件は今のままでは達成できる可能性は低い。それこそ彼女の心を壊しかねないことをエリアスは重々承知していた。


「私の、、スキルは『貯憎』、際限なく、憎悪を貯められる、すきる。でもそれ以上、の効果は現れた、ことのない使えない、スキル。」


下を向きながら残念そうに答える。


何かがおかしいスキルだとエリアスは思う。

そもそも神から聞いた前提をもってしたらおかしいと思うのかもしれないが、それ以前にスキルの特性としておかしいと思った。スキル──それは非力な人を補助するための理を超えた力。だから「補助」しなくてはならないはずの力。

なのにアイリスのスキルは彼女から話を聞く限り負の面しか持っていないことになる。


そうして名も知らぬ神は言った。『第六陣』のスキルは使い方を見つければ強力なスキルへと進化すると。


ならばこのスキルには破格の正の効果がついていてもおかしくはない。これまでに心に溜め込んだ憎悪は常人の一生に生まれるそれをはるかに超えているだろう。

よく心を壊していないなと素直に思う。


「僕は神に聞いたんだ。第六陣のスキルは決して無能なものではないと。正しい使い方さえ見つければ本当に強くなれるスキルだと」


「私の、スキルが、強い?」


「そう。そうなるはずなんだ。だけどその強くなった結果は僕にもわからない」


現にエリアスのスキルは真価を発揮したとも言外に伝える。


「そう、なの」


「ところで、そのスキルで溜まった「憎」はどうなっているの?」


正直に言ってアイリスのスキルが有能なものであるならばそこしかないとエリアスは考えた。憎悪を溜め込むだけのスキルが負の感情を募らせる悪の作用であれば、憎悪は発散するのに何らかの作用が働くのではないかと仮説を立ててみる。

自分のスキルもその構造をとっているからと。


「お金を貯めるのも貯金っていうよね?貯金っていうのはいつかそのお金を引き出すためにやるものだと思うんだ。」


それならばと。


「わたしの、この憎悪の、感情を出す、ときに私を強く、する?」


「僕はそう予想する」


彼女の綺麗な碧眼を見つめる。汚れのとれたアイリスの顔は生まれてから会ってきた人の中で最高に美しく感じる。感情は乏しいけれどもそれもまた味がある。



と言いつつもスグに目をそらす。直視していたら自分の顔が人様に見せられない状態になりそうだから。


「それで、条件、は?」


アイリスの途切れ途切れの言葉に慣れてきて普通に会話ができるようにもなってきた。


「20階層以上の魔物の単独討伐なんだよ」


「そんな、こと……しようとも思わ、ない」


「だろうね」


エリアスは自分の力に気付いたおかげでなんとか、命を賭けてして倒せた。通常より強力な個体であったことはあるが。

彼女がどうなるかはやって見ないとわからない。


「やばくなったら僕が守ることは出来るよ」


「やりたい。自分を、変える、には今しか、ないから」


言い切ったアイリスを見てエリアスの顔に笑顔が浮かぶ。


「けど私には、無理」


「どうして!!!」


突然手のひら返しに驚きの感情をともしてアイリスを見つめるエリアス。


「言ったで、しょ?私の中、にたくさん、の種を吐き出され、ちゃったの。私はもう孕んで、るの。だから、だから、だから、もうこれ以上───私に希望、を見せない、で?」


明らかに本音とは思えない言葉を溢し俯くアイリス。


その様子を見てどうすることも出来ないエリアスは自己嫌悪に陥る。目の前で萎れてしまった彼女の笑みがエリアスの心を強く苦しめる。

自分と彼女の違いは周りの環境のみ。ifの話をしたらキリはないかもしれないがエリアスが彼女のような状況に陥るも陥らないも紙一重の確率であったのではないかと考えてしまう。


だから、その提案は却下する。


自分はもう無能じゃないのだ。頭の中で反芻しそう言い聞かせる。自分には✤異能✤があるのだ。ぎゃくにここで使わなかったらいつのためにあるのかと思ってしまう。


ただ代償がない。


命を終わらせるのに必要な分はどうやっても足りたない。


1度だけ敵を倒してくれと等価交換を発動したときのコストパフォーマンスの悪さを実感した。それと同時に命の軽さを実感した。もし人を簡単に殺せてしまったらと思うと怖い。


「あきらめて、ください」


「残念ながらその選択肢は無いね」


魔物の種は著しく成長が早い傾向がある。短いもので10日、長いものでも一ヶ月もすれば新たな命が生まれてしまう。


これから魔石を集めたとして間に合うかは不可能なためその選択肢は却下したい。ならば今ここで対価となるものを探すしかない。


「どうして、そんなにわたし、を、気にするの?」


「かわいい女の子には優しくするように母親に言われてるんだ」


道化師を演じてでも彼女に誤った選択をして欲しくない。

考えろ。考えるんだ。


代償とはなんだろうか。


《等価交換》が発言してから何度ともなく行う脳内議論。


自分だけでは答えが出せない、出すためにはピースが足りないことはわかった。

ならば彼女に何かはあるか?

なにか使えそうなものはあるか?


そこで一つの答えにたどり着く。


「そうか。そういうことか。いや、これしかないのか」


一人つぶやくエリアスに訝しげにそして清清しげな顔でアイリスはつぶやく。


「そろそろ、決めてくれました、か?」


「ああ、君を救う決断をね」


その言葉を聞いて、アイリスの心の中が荒れ狂う。


どうして諦めてくれないのか、私は今なら楽に死ねる気がするのに。だって人生の最後にこんないい人に出会えた。

私のことを救ってくれたし、こんなにも優しくしてくれた。


これでいいじゃないか。


これ以上に辛い人生を歩まなくて済むのだ。

見たくない現実を見なくて済むのだ。



───もう自分の心にこんな嘘をつかなくていいのだ───



生きたい。本当は何をしてでも生きたい。そうでないとこれまでの日々は何だったのか。私とはなんのためにあったのか本当にわからなくなる。だから彼について行きたい。けれどこんな汚れてしまっている私にはそんなことは言えない。


こんな状況に追い込んだオークが憎い。あの衛兵が憎い。私を性奴隷なんかにした村のヤツらがこの上なく憎い。


どうして私はこんなに弱いんだろうか。

これが堕天使もとい神様のお導きなのだろうか?

この世界が憎い。

そして何も出来ない自分自身が一番憎い……



その時、一筋の光がアイリスの体から溢れ出る。その光の柱は数を増していきそして気づいた頃には体を全て白く温かな光が包んでいく。


淡い浄化の光。


収まる広い光とともに自分の中を占めている醜い感情も一緒に流れ出していく。これは天国にでも登っていくのであろうか。そう感じてしまうようなものだった。


「成功してよかった」


そこは天国などではなくダンジョンの中。

目の前にはアイリスを助けてくれた少年がいた。


「体はどう?」


不快な感覚が消えた、本能的に感じる魔物の異物感が消えたことを、自らの穢が払われたことを知る。


黙って頷く。


「ならさ、僕と一緒にダンジョン攻略してくれないかな」


こんなタイミングでと思う。


「別に同情なんかじゃないよ。僕にはのちのち君が必要になると思うんだ」


退路まで切ってくる。


「だから、どうかな?」


向けられる無邪気なその笑みにどう抗えと。私を救ってくれたその存在への答えなど決まっている。


「お願い、じまず」


涙をこらえながら答えるのが精一杯だった。






続きが気になる等思っていただけたら評価、ブックマークなどしていただけるとうれしいです。


来年も頑張ります。

皆さん良いお年を!

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