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運命

大学生になって初めての夏休み、あたしはバイトに精を出していた。両親は月に15万円仕送りしてくれていたけど、あのときは欲しいものがたくさんあったし、劇場にも通いたかったしお金はあればあるほど有難かった。

喫茶店はこじんまりとしていて仕事も楽だったから一週間続けてバイトでも苦だと思ったことはなかった。


あれは、そんな夏休みのバイト中のことだった。その日は、たしか、あたしの誕生日の次の日だった。

カランコロン、喫茶店の扉の開く音が聞こえた。

「いらっしゃいませ。」

扉の方を振り返ったあたしははっと息を飲んだ。そこには、イーストサカイが立っていたのだ。舞台とは違ってグレーのTシャツにブラックジーンズというシンプルな服装だった。

「あれ、新顔さんやね。」

イーストサカイはあたしの顔を見るなりそう言った。

「坂井さん、いらっしゃい。この時間に来てくれはるの珍しいですね。そうそう、4月からバイトしてくれてる、亜沙美ちゃんです。よろしゅうしたってくださいねー。」

マスターがイーストサカイにそう言って笑顔を向けた。

「そうなんや、えーっと、永倉亜沙美さんやね、よろしくね。マスター、いつものお願いしますね。」

あたしの心臓は破裂しそうだった。あのイーストサカイがあたしの名前を呼んだ!名札を読み上げられただけだったけど、あたしはそれだけで今にも天に昇りそうな心地だった。

突然のイーストサカイの登場にポーっとしていると、マスターがあたしをキッチンから呼んだ。

「亜沙美ちゃん、坂井さんはね、ここの常連さんなんよ。ナニワ劇場で芸人さんやってはるんやって。」

「あの、あたし実は、あの方のファンなんです…。」

消え入るような声でそうマスターに告げた。

「あ、そうなん?それは坂井さん、きっと喜びはるわ。じゃあ、これ、坂井さんがいつも頼みはるやつね、席まで持ってって。」

アイスキャラメルマキアートを載せたお盆をマスターから受け取ってイーストサカイのいるテーブルまで運んだ。そのときのあたしにはキッチンからテーブルまで距離が何kmもあるように思えた。

「お、お待たせいたしました。」

そう言ってグラスをテーブルに置いた。

「亜紗美さん、ありがとう。」

ネタを考えていたのか、広げていたノートを閉じるとイーストサカイは私の方をしっかりと見て微笑んだ。舞台では見せない柔らかく和やかな表情。


これはきっと、神様からの1日遅れのバースデープレゼントだった。




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