第12話 紅蓮の焔,蒼き水流
「いや~、悪いな。飯までご馳走になっちまってよ!」
無事宿に着いた俺達は予定通りに、外出して寿司屋へと来ていた。お金はそこまで持ち合わせていないので、もちろん回る方の寿司だ。ただ、この場に弥生先生がいなく、…沖縄の学生にして神技使い…火神陽介がいるのは予想外だったのだが。
弥生先生は、寄った友達の家で酒を飲み酔ったので、今日は宿に来ないらしい。まったくもって勝手な人だ。麗香先生と似ていると言ったのは誰だっただろうか?この研修によって、先生のイメージがどんどんと崩れていくのを感じていた。
しかし、弥生先生の代わり(?)なのか、この場には陽介がいる。陽介は、とある用事で、俺達の宿に向かっていたらしかった。その途中で、巨大ザメに襲われる佳奈を目撃し、助けに入ったとのことだ。だからお礼を含めて、陽介と一緒に寿司屋に来ている(ちなみに陽介の支払い分は、彼女を自ら救えなかったことに落ち度を感じたのか、疾風が受け持っている)。
「これで貸し借り無しだかんな!」
疾風が悔しがる素振りを見せているが、本心では感謝しているはずだ。何せ、あそこで陽介が現れなかったら佳奈の命が危なかったのである。もっとも、俺が"アレ"
を使えれば助けられたかも知れないが、その必要が無くなったことから、陽介にはやはり感謝したいと思っている。
(そういえば…………)
「そーいやよ陽介、何の用事で俺らと同じ宿に泊まることになってんだ?」
俺は聞きそびれていた疑問を口にした。
「あれ?言ってなかったっけ?俺も生徒会研修で来てるんだぜ?何でも資金を浮かすために他の高校と一緒に研修を行うってことは聞いてたんだけど、まさかお前えらの高校と一緒だとはな。」
陽介が淡々と言ってきた。まさかとは思うが……。
「ゆ、由季。弥生先生は、この事…………?」
由季が首を横に振る。生徒会長の由季も知らされていなかったということのようだ……これはもう……。
「あの教師…………問い詰めてやる…………!」
疾風が謎の闘志を露にしている。より一層弥生先生のイメージが悪くなっていく気がした。
俺は気を取り直しつつ、陽介への疑問を口にした。
「まあ……責任云々は置いといて……。陽介、お前は生徒会研修でここに来てるんだろ?海斗もいると思ったんだが…どうしたんだ?」
海斗というのは、昨年俺達が日本を回った際に、陽介と同じくこの沖縄で出会った青年のことだ。
「ん、ああ。海斗なら、何でも家の用事だかで今日は来ねーらしいぜ。明日の夕方には合流するって言ってたけどな。」
「ふーん、そうか。いや、お前らが一緒じゃないのってなんか違和感あるなーって。」
以前、陽介と海斗の二人に出会った時、数日しか行動を共にしなかったが、息のあった二人だと感じたものだ。
「そうか?実のところ、俺とアイツが出会ったのは中1の頃なんだぜ?二人とも本州から引っ越してきたばっかでさ。まあ、だからかな?アイツとは気が合って、行動を共にするようになったのはさ。……お、エビだ。」
成程、道理で陽介と海斗が沖縄便を使っていないと思ったら、二人とも移住者らしい。
陽介は、好物らしいエビを頬張っている。ふと陽介の食べた皿を見やると、20枚ぐらいあるだろうか?かなりの高さになっていた。疾風がそれを見て、溜め息を漏らしている。疾風が自分で言い出したからなのだが、なかなかの出費になりそうだ。俺は、疾風に少なからず同情を禁じ得なかった。
翌日。
「ふぁぁ……おはよ、由季、佳奈……」
俺が大きなあくびをしながらロビーに顔を出すと、そこには由季と佳奈の姿があった。
「おはよ、神大君。随分眠そうだね?」
「何?もしかして、陽介君が寝かしてくれなかったとか!?」
佳奈がよく分からない期待を込めた(?)眼差しで見つめながら言ってきた。
「アホ、変な意味に聞こえるからやめろ。俺らにそんな趣味はねーからな。……それに俺にはお前がいるだろ。」
「……え?聴こえないよ。最後何て言ったの?」
「……な、何でもねーよ。陽介がうるさかったって言ったんだ。」
疾風の照れ隠しを知ってか知らないでか、佳奈は微妙につまらなそうな顔をしていた。
「誰がうるさかったって~?」
そんな話をしていると、遅れて陽介がやってきた。何でも軽く掃除をしていたとの事だ。変な所で真面目な男である。
「いや?何でもねーよ。それで由季、今日はどうすんだ?」
俺は陽介の話を軽く反らしつつ、由季に今日の予定を問いかけた。
「えーと、さっき弥生先生から連絡があって、昨晩のお詫びに資料整理とかはこっちでやっておくから、自由に遊んで来なさい、って。」
「「おお…………。」」
陽介を除く全員の感嘆の声が漏れた。これで先生をまた見直さなくてはいけなくなったかもしれない。
「え……俺は…………?」
一人取り残されている陽介が呟く。陽介の高校からは今のところ陽介一人しか来ていないが、他校の生徒をつれ回していいものか…………。
「ん~、お前のとこの先生に聞いてみれば?」
「あー……俺らの生徒会の担当教師、遠くから来た友達と遊んでいるとか何とかって……。それから何も指示無いんだよな…………。」
「「まさか………………。」」
陽介の言葉に、またしても陽介以外の4人の声が重なった。見直すというのは、前言撤回かも知れない……。
「生徒会担当の教師同士で遊んでるのかよ…。大丈夫かおい…。」
疾風がぼやいた。俺は全くもって、同感だった……。
「っしゃ海だ~!!」
疾風と陽介が砂浜を駆けている。
結局、遊んで来なさいと言われたからには遊び倒そうということで、俺達は、陽介を含めた5人でビーチに来ていた。
「ったく、あんまはしゃいで転ぶなよー。」
俺は一応注意を促しておいた。後は自己責任である。
「おっまたせー!」
と、由季と佳奈が手を振りながらやってきた。その二人の姿に、俺のみならず、走り回っていた疾風と陽介までもが立ち止まり、見とれた。
二人の水着姿を見たのは、中3の夏が最初で最後だったのだが、今の二人の姿は、その頃とはだいぶ違って見えた(とくに胸部の辺りが…と言うといろいろ危ないので言わないが)。
すると陽介が、小声で言ってきた。
「おいお前ら、こんな彼女いるなんて羨ましいじゃなーかこの。ウチのなんて、む………………。」
突然陽介の言葉が途切れた。
「む……?何…………?」
冷笑を感じさせる女性の声が、後ろの方から聞こえてきた。
「む……む、無駄の無い体つきでございます。」
「ホントかな~?ん、あれ…アナタ達は?」
後ろからやって来たのは、俺達と同じぐらいの年齢と見受けられる少女だった。彼女も、艶やかな水着姿だった(由季と佳奈に比べるとだいぶ胸部のボリュームが無いような気がしたが、陽介の言おうとしていた言葉などを察した上で、命が惜しいために口にしなかった。)
「言ってたろ?生徒会研修が合同だって。その神凪学園の生徒会の人達だよ。」
陽介の紹介に続いて、俺達4人が自己紹介を終えると、彼女は納得したような顔になって、言ってきた。
「ふーん、そっか。アタシの名前は梓川蜜柑。陽介とは……まあ…こ、恋人どう……腐れ縁なんだ……よろしく。」
成程、照れて誤魔化してはいるが、陽介の彼女という認識で間違いは無いようだ。
そんなこんなで自己紹介を終えると、蜜柑の下に、もう一人の少女が駆け寄ってきた。
「み、蜜柑ちゃん、走るの速いよ……。あ、アレ?知らない人がたくさん…………。」
俺達は、陽介の紹介から入り、再び自己紹介をした。
「そっか。合同研修の神凪学園の人なんだ。私の名前は笹原夏海だよ。一応、海斗君の彼女…です。……よろしくね!」
蜜柑と変わって素直な(口には絶対に出さないが)彼女もまた水着姿だった。どうやら蜜柑と夏海は、陽介の事を探していたらしい。
それにしても、こうして水着姿の美女4人が並ぶと、さすがに壮麗である。
俺達男子は内心ドキマギしつつも、沖縄の海を楽しむ事にした。
しかし。
「か、海岸付近のお客様は早く逃げてください!!」
係員が拡声器で叫ぶ。海に来ていた客が逃げ、係員が早く逃げるようにといいつつ逃げるが、俺達はその場を動かなかった。
「なあ、あれは…………。」
俺の呟きに陽介が返してくる。
「でかいな…あれは…海坊主…か?。しかも4体…。」
波打ち際に、巨大な海坊主が4体突如として出現し、暴れ始めている。
(この感じ…何者かが妖を支配している…?いや、今はそんなことよりも……!)
「疾風、陽介!」
俺達は神器を顕現させると、4人の女子を背に庇い、巨大海坊主と向かい合った。
(くそ……無闇に突っ込んでいったら後ろの4人が危ない…。しかし…………。)
「ハァァァァ!」
俺の逡巡を遮るように、疾風が"呼叫"による、風の刃での攻撃を放った。刃は海坊主を捉える……が。真っ二つになったはずの海坊主の体は、瞬く間に再生した。
「んな……そんなのアリかよ……!」
疾風が唖然としている。どうやらあの海坊主の体は、水の性質で出来ているらしいので、物理攻撃は効かないと言ってもいいだろう。
その間に、4体の海坊主は俺達を囲うように近付いて来る。そしてそのうちの1体が、その巨大な体に見合わない跳躍を見せ、上から襲いかかってくる。
「凍結<フリーズ>!」
どこからか声がしたと思うと、襲いかかってきた海坊主が内側から凍りついた。落下してきた所を、疾風が風で斬り刻んだ。
「ふう……急いできた甲斐があったな。」
「海斗!」
海坊主を凍らせたのは、急いで駆けつけたらしい海斗だった。
「海斗、お前なんで昨日……ああもう、話は後だ!コイツらを片付けるぞ!神大と疾風は後ろの4人を頼む!」
陽介が海斗に告げた。俺と疾風は互いに頷き、後方へと下がった。
「ね、ねえ、加勢しなくて大丈夫なの?」
佳奈が心配そうに言ってきた。気持ちは分からなくもない。しかし。
「……悔しいが、俺らの神技じゃ、あのバケモンに有効な攻撃を与えられねーから…な。」
疾風が佳奈に告げた。
俺の"裁き"は力学に依存するため、物理的な攻撃が効かない巨大海坊主には相性が悪い。疾風の"呼叫"も同様である。
「地獄の炎<ヘル・フレイム>……!」
陽介が叫ぶと、 1体の海坊主を赤い炎が取り囲んだ。しかし、この海坊主は水の性質を持っているはずだ。いったい陽介は何を………そこまで考えたところで、海坊主から微かに湯気が出てきているのに気付いた。
(これは…蒸発…しているのか……?)
「燃え散れ!」
陽介が叫ぶと、炎は瞬く間に消えた。……否。空気に揺らぎを感じることが出来ることから、炎は消えていない。暫くすると、海坊主が燃え散り灰となった。
(これが、陽介の神技…"炎熱"の真の力か。炎の温度を自在に操ることよって、あらゆるものを燃え散らす…といったところか。)
「霧散<ディスパーション>」
ドォォォォォン……
陽介の神技に感心している間に、反対側で派手な爆発が起こった。あちらには海斗がいるはずだが、彼の力は水のはず…そこまで思い至った所で、俺は先程の凍結の技を思い出した。
(海斗は水使い……。だが、さっきは氷を使っていた…。氷は水の固体……。水の気体は、水蒸気……水蒸気爆発か!ということは……海斗の本当の神技は…"水の三態"か。)
水の性質を持っていたのが災してか、海斗の攻撃を受けた海坊主はあっけなく霧散していた。
(残るは1体か……。他のやつよりもデカいが……。)
俺は二人を見やった。二人の顔には、予想通り、不敵な笑みが浮かべられていた。
「陽介、決めるぞ。」
「りょーかい!」
海斗が逆手剣の形状の神器を顕現させ、陽介が神器を構え直す。
「貫け…紅蓮の矛<レーヴァテイン>!」
「断ち切れ…激流の逆剣<アロンダイト>!」
二人の神技に、貫かれ断ち切られた海坊主は再生しようとするも、瞬く間に凍りつき、やがて燃え散り、あっけなく消滅した……。
二人がこちらに向かって歩いてくる。そして、俺達の前まで来ると、互いに向き合い…………。
「海斗!お前なんで昨日来なかった!?」
「用事と言っただろ!」
「何の用事だよ!?だいたいお前がもっと早く来てればだな…………!」
「夕方の予定だったのを昼間に来たんだ!ありがたく思え!それにあの程度の妖、俺の力などいらなかっただろ!」
「くっ…………。だがそれはそれでだな……!」
陽介と海斗は口論を続けている。俺と疾風、蜜柑と夏海は、ヤレヤレといった表情で二人を眺めていた。一方、由季と佳奈は、どこか困惑した表情を浮かべていた。
「え……あれ……二人はいつも一緒に一緒にいるって話じゃ…。」
由季の言葉に、俺は苦笑しながら返した。
「ああ。いつも一緒にみたいだぜ。それでいて、ご覧の通りだ。仲が良いのか悪いのか……。ま、炎と水は相容れないからなー……なんて。」
由季と佳奈の二人は、妙に納得したような表情を見せ、その後俺達と一緒に、二人の掛け合いをげんなりと眺めていたのだった…………。
「じゃーな~!」
「また会おう!」
「時間あったらこっちから行くよっ!」
「皆さん、お元気で!」
空港にて、陽介・海斗・蜜柑・夏海の見送りを受けた後に、俺達は帰りの飛行機へと搭乗した。
「それにしても先生……なんか随分満喫してますね…。」
先生の両手には、バッグに詰め込めなかったと見られる大量のお土産が吊るされていた。何だかんだ言ってこの研修を一番満喫したのは弥生先生なのかもしれない。
(まあ、アイツらと楽しめたからよかったけどな。)
沖縄の4人組が揃ったあの日の夜。仕事は弥生先生が受け持ってくれていたため(そこだけは感謝している)、俺達は、トランプ・王様ゲーム・怪談・肝試しなどをして遊びまくった。おかげで少し寝不足なのは否めないが、いろんな意味でいい思い出が作れたのでよかったと思う。
「んん…………」
暫くして気付くと、由季が、俺の肩にもたれ掛かって寝ていた。俺は由季の頭を優しく撫でてやりながら、とある事を思い出していた。
(そういえばあの海坊主…、陽介と海斗があっさり倒したからその時はあまり気にしなかったけど、様子がおかしかった……。その前のサメも……。第一、あんな巨大な生物は存在しないはずだ……。それだけならまだしも、あの凶暴性……。まるで、誰かに操られているかのような……)
俺は、一抹の不安を抱えながらも、肩に感じるこの暖かさを守っていこうと…ずっと大切にしていこうと、改めて思うのだった…………。




