第38話:分家の復讐
健太の変異と襲撃が報告された夜。
本家とは別に構えられた屋敷の一室で、数名の分家筆頭たちが密かに集まっていた。
重々しい扉が閉まり、窓には音を遮る結界符が貼られていた。
机の上には、焔木家への襲撃が行われた地点を示す地図が広げられている。
その場の中心に立つ、やや細身の男が静かに両手を組み、口を開いた。
「健太は、一族を内側から揺るがす駒としては上出来だったがな」
その男の名は――火影 影臣。
分家を率いる策略家にして、焔木家の中で宗真に次ぐ知略を持つとされる人物だった。
男は地図の一点を指でなぞり、嘲るように口元を歪めた。
「だが、今となっては氣を失い使い物にならん。ならばいっそ暴走させて、最後の仕事を果たしてもらおう」
指先にわずかに黒いもやが集まり、契約の痕跡が浮かび上がる。
「案の定、あっさりと魔に魂を差し出した。血統に甘えて育った愚か者には、ちょうどいい末路だ」
男は周囲を見渡しながら、低く続けた。
「焔木家が、どれだけ内から脆いかを知らしめるには十分だろう」
男の目が細く鋭くなる。
「これまで本家は、分家を都合のいい労働力としか見てこなかった。忠義を尽くしても、血筋が違うというだけで門前払いだ」
指に巻かれた魔符が淡く光り、部屋にひととき不穏な氣配が漂う。
「だがようやく、その報いを受ける時が来たのさ。本家の血に泥を塗るのは、見下され、切り捨てられてきた者たちだ」
男は地図の本家屋敷と記された場所に指を置き、ぐっと押し込む。
「焔木家の誇りも結界も、健太と共に壊れてしまえばいい。これは復讐だ」
彼の声は、まるで宣告のように部屋に響いた。
男の背後で、影のように佇む数人の気配が動いた。
それぞれ異なる家紋の衣をまとう者たち。
いずれも、かつて本家に屈辱を受けた分家の代表たちだった。
「これでようやく、選ばれた血がどれほど脆いか思い知るだろう。
次は結界塔の破壊。あそこが崩れれば、焔木家の防衛網は無力同然だ」
ひとりの男が進み出て口を開く。
「塔は守りが堅い。だが内部に協力者がいる。決行は予定通りで」
男は無言でうなずくと、最後に一言だけ告げた。
「焔木の時代は、終わらせる」
その場にいた者たちの瞳に、静かな狂気と決意の炎が宿った。
その夜――。
焔木本家・東の外郭。
空気が揺れ、地面が軋む。異様な氣のうねりが生まれていた。
そして、不意にそれは現れた。
「うあああああああああッ!!」
獣じみた咆哮と共に、黒い氣をまとった何かが、外壁を薙ぎ払うように飛び込んでくる。髪は逆立ち、肌はところどころ黒く変色し、眼は紅く濁っていた。
焔木健太――否、かつて健太だったものだ。
「敵襲!? いや、違う……これは、あれは……健太……!?」
衛士のひとりが動揺の声を漏らしたその瞬間、黒き腕が一閃。
重装備の衛士が、反応すらできずに壁へと叩きつけられる。
「ぐっ……!?何だこの力は……!!」
健太は無数の傷を負っても、肉が蠢き骨が自動的に再形成される。
もはや理性もなければ痛みもない。ただ破壊”という衝動だけが彼を突き動かしていた。
そしてその異常な氣の乱れは、焔木家本邸にも届いていた。
焔木宗真が目を閉じ、静かに氣を巡らせる。
「……来たか。あれはもはや、健太ではない」
隣に控えていた瑞穂が叫ぶ。
「父上、討伐隊を! あのままでは、また犠牲が……!」
宗真は瞳を開く。
その奥には、決断を下す者の冷たく静かな光があった。
「瑞穂、お前と刹那、そして……海人を呼べ。
これは、一族の存亡に関わる災害だ。未来を担う者たちで迎え撃たせる」
瑞穂はうなずいた。
「わかりました。全力で対処します!」
宗真は最後に、地の底から漏れ出すかのような氣の波動を感じ取り呟く。
「分家の者たちよ……過ちを力で正すというなら。
こちらも、覚悟をもって応じよう」
そして――物語は、深き因縁の炎を宿しながら、再び動き出す。




