第37話:健太討伐依頼
重厚な木の扉が閉ざされ、部屋に集ったのは焔木家の上層部と、実戦を担う有力者たち。中央に置かれた文書には、こう記されている。
「焔木健太による襲撃事件」
「再生能力・呪氣汚染を確認」
「本家構成員16名重傷」
部屋に重苦しい沈黙が流れる中、焔木宗真が口を開いた。
「……事態は、もはや私情で測れるものではない。
健太は焔木家の者である前に、災害と化した。討伐が必要だ」
長老のひとりが、苛立ちを抑えきれぬ様子で立ち上がる。
「しかし本来、討伐任務は衛士隊の管轄であるはずだ! 今回の件では……」
「今回の件では無力でした」
低く、だがよく通る声で、瑞穂が遮った。
「私も刹那も駆けつけましたが、まともに戦える者はいなかった。
呪氣に触れただけで氣脈を焼かれ、刀が再生に追いつかない」
「その災害をどうする気だ」
別の重鎮が問い詰めるように言う。
刹那が腕を組み、苛立ちを隠さず答える。
「だから集まってんでしょ、ここに。
誰が行って、誰が斃すか。それだけの話」
「ならば――」
視線が、会議室の端で無言を貫いていた男へ向けられる。
焔木海人。
「お前が行け!」
「……」
「正直に言えば、お前が引き金を引いたと思っている者も少なくない。
今こそ責任を果たす時だ、海人」
部屋の空気が一層張り詰める。
だが、海人はただ一言、静かに呟いた。
「……依頼なら受けるよ」
ざわり、と数名の表情が動いた。
「依頼、だと?」
「俺はもう焔木の命令では動かない。
必要なら、正式な依頼として出せばいい。相応の対価を払ってな」
「貴様っ――!」
「やめてください」
瑞穂が鋭く割って入った。
「彼は私たちを助けてくれました。今も本家のために力を使っている。
その在り方が従来の焔木と違うだけです」
それまで沈黙を守っていた当主・焔木宗真が、ゆっくりと腰を上げた。
その眼差しは、誰よりも深く、冷たく、そして静かだった。
「……私は、今回の件を偶発とは見ていない」
部屋に張りつめた空気が、さらに重くなる。
「健太は確かに氣を奪われた。
だが――氣を奪われた者が、なぜあそこまでの力を手にできる?」
宗真は机の上に置かれた資料を示しながら続ける。
「瘴氣、異常な再生力、あれは人間の氣ではない。
……すでに魔に近い。あるいは魔に堕ちたと見たほうが自然だろう」
「つまり、何者かが健太を利用した……と?」
瑞穂が問い返す。
宗真は頷いた。
「健太個人の憎悪だけで、あれほどの存在にはなれない。
外部からの干渉、何者かが、彼に力を与えた。
そして、その標的は我ら焔木本家だ」
長老たちの間にどよめきが走る。
「まさか、分家……いや、それとも外部の異能者か……」
「まだ断定はできんが、ひとつ言えるのは、
これは、健太個人の問題では済まされないということだ」
宗真は視線を、集まった者たち全員に向ける。
「焔木を内側から崩す者が動いている。
それは、いずれ我らの存続すら脅かすだろう」
焔木本家・渡り廊下――
会議を終え、重苦しい空気を抜けた海人は、足を止めてぽつりと呟いた。
「……焔木を恨んでる奴なんて、いくらでもいるだろ」
瑞穂と刹那が振り返る。
海人は壁にもたれ、気だるげに続けた。
「俺だって腐ってた頃はそうだった。
落ちこぼれだの、無能だの、誰もが平気な顔で見下してきた」
刹那がわずかに視線を伏せる。
「本家の連中だけじゃない。
どうせ分家のやつらも、同じだったんだろ」
その口調に怒気はなかったが、感情は確かににじんでいた。
瑞穂が、ためらいながらも口を開く。
「……それは、私たちが生んでしまった驕りです。
本家も、分家も、力を持つ者が弱者を切り捨ててきました」
刹那が拳を握る。
「健太はその象徴みたいな奴だったね」
「そうさ」
海人は肩をすくめた。
「力を持った恨みは、止められない。
そいつに利用された奴が、今、暴れてんだろ?」
少しの沈黙が流れたあと、海人は前を向いた。
「……もう、やめにしたいのよ」
ぽつりと、刹那が呟いた。
海人が振り向くと、刹那は俯いたまま拳を握りしめていた。
「誰かが誰かを恨んで、その恨みがまた誰かを壊して……
それが回り回って、今度はあたしらがその恨みを討ちに行く。
……そんなの、もうたくさんなのよ」
声が震えていた。
海人は目を細め、ほんの少しだけ笑った。
「……ああ。いいじゃねぇか、その方が」
一拍の間を置いて、彼は静かに言葉を重ねた。
「なら、ちゃんと作り変えてやろうぜ。
恨みじゃなくて選べる道をさ」
刹那は涙をこらえるように、鼻をすんと鳴らしながら頷いた。
「……そうだね。絶対、止めようこの連鎖」
瑞穂は小さく頷き、そっと囁く。
「ええ。私たちの世代で、終わらせましょう」




