26(最終話)
北の大地へ帰って来たメアリーはボーっと外を眺めていた。
あの事件から数か月が経過している。
「色々あったわね」
窓の外から見える景色はメアリーが北の大地の屋敷に来てから一変し、白い大地に覆われている。
昨日まで吹雪いていたせいか積雪も多く外に出たらメアリーの膝を軽く超えてしまうぐらい積もっているだろう。
緑に覆われていた山も白くなり、夏の訪れが待ち遠しい。
屋敷の中は温度が保たれていて暖かくどこの部屋に居ても快適に過ごせるのは勇逸の救いだ。
呪いの腕輪が外れたためにメアリーがデュークと一緒に出勤しなくても良くなった。
デュークが仕事に行っている間は屋敷に残り、本を読んだりお菓子を作ったりして過ごしていたが今日は何をしていても落ち着かない。
とうとう明日、デュークとの結婚式だからだ。
結婚を急いだデュークのおかげで最速の日取りでの式になった。
メアリーは王都で式を豪華な式をするのをなんとか断ると、北の大地の小さな教会で行われることになった。
ソフィー妃は雪深い冬の時期に式をやらなくてもと反対をしていたがデュークは折れることなく明日式が行われることになった。
雪が深いためにソフィーとライオネル達の出席は無く、デュークの部下数名と王都の神官が出席するだけのこじんまりとした式になる予定だ。
それでも何をしても落ち着かずソワソワしてしまう。
外を眺めているだけではいけないと編み物を手に取った。
「はぁ、やっぱり落ち着かないわ」
ソファーに座って手を動かすが集中できずにメアリーため息をついた。
明日の式の事を考えると、嬉しさと不安と不思議な気持ちが入り混じり胸がドキドキして落ち着かない。
何度目かのため息をついて編み物を机の上に置いてまた外の景色を見る。
デュークとは同じ屋敷に暮らしているが彼は結婚式まで紳士を貫いてくれていた。
明日からは夫婦として共に過ごすのかと想像するだけで顔が赤くなり暴れたくなってしまう。
「はずかしぃぃぃ」
顔に手を当ててソファーの上でもんどりうっているとリビングのドアが開いた。
通い出来ているお手伝いのジュリーがお茶でも持ってきたかと思ったが入ってきたのはデュークだった。
ソファーの上で顔を赤くしてゴロゴロしているメアリーと目が合う。
「なにをしているのだ?」
青い騎士服を着ている彼は今日も誰よりも素敵だ。
「明日のこと考えていました。それより、お帰りが早いですね」
仕事が立て込んでいるのか、日が沈んでからの帰宅が多かったが外はまだ明るい。
なにかあったのだろうかと心配しているメアリーにデュークは肩をすくめた。
「式が明日だから早く帰れとピエール達に言われた」
そう言ってメアリーの隣に腰を降ろした。
「なるほど、そうだったんですね」
仕事ばかりしているデュークにピエール達が気を使ってくれたのだろう。
メアリーの体を抱き寄せるとデュークはうっすらと微笑んだ。
「それに、明日から長期休暇を取っているからしばらく一緒に居られるな」
「えっ?」
長期休暇とは初耳だとメアリーが驚くとデュークは嬉しそうだ。
「メアリーと思う存分過ごせるという事だ。そのために夜遅くまで仕事をしていた」
(なるほど、だから最近お帰りがおそかったのね……)
遠い目をするメアリーを気にすることなくデュークは上機嫌だ。
機嫌がいいデュークを見上げてメアリーも微笑んだ。
「明日が結婚式だって思うとドキドキして今日は何も手につかないんです」
「そうか、実は俺も緊張をしている」
さらりと言ったデュークにメアリーは嘘だと疑心の目を向ける。
いつも自信にあふれていて表情を崩さないデュークは今もいつもと変わらない様子だ。
「とても緊張しているように見えませんけれど」
「6年も片思いしていたメアリーと結婚ができるなど夢のようだ」
「片思いって……大げさな」
美しいデュークにそれも王子という身分の相手から思われることなどありえないと未だに思っているメアリーだったが、デュークは真剣だ。
アイスブルーの瞳に見つめられて胸がドキドキする。
「大袈裟でも何でもなく、ずっとメアリーを愛している。これからもずっと」
そう言いながらデュークはメアリーの唇に自らの唇を重ねた。
短いキスの後、メアリーもデュークの胸に顔をうずめながら呟いた。
「私もデューク様が好きです」
「愛しているとは言ってくれないのか?」
からかうように言われてメアリーは口ごもった。
改めて言われると恥ずかしくて言えない。
困っているメアリーを見てデュークは微笑んだ。
「意地悪だったかな?メアリーの気持ちは伝わっている」
デュークはメアリーの頬にキスを落としてギュッと抱きしめた。
「こうして、ずっと二人で過ごそう。寒い北の大地に来てくれてありがとう」
優しくデュークに言われて切ない気持ちになる。
お礼をいいたいのは自分の方だとメアリーはギュッとデュークの洋服を掴んだ。
「北の大地は雪が降っていて、この地で過ごせるか不安だったのです。それでも、皆もデューク様も優しくて大嫌いだった雪が今では美しくて、むしろ好きになりました」
「それは良かった。雪が降っている時期が長いから、メアリーは辛いだろうとは思っていたが杞憂だったな」
「でも、雪を見るとたまに少し寂しくなります」
「いい思い出を沢山作って行こう。俺と家族になってくれてありがとう。メアリー」
顔中にキスをされてメアリーはあったかい気持ちになってくる。
ここまで愛してくれる人が、ずっと傍にいてくれる。
北の大地でこんなに幸せな気分で過ごせるとは思わなかった。
メアリーは近づいてくるデュークの唇を目を閉じて受けいれた。