25
翌日、メアリーはうんざりする量の書類にサインをし終わって痛む右手を撫でながらソファーに座っていた。
昨日はデュークに結婚を申し込まれ、お互い愛を確認しあって幸せの絶頂のはずなのに書類にサインのし過ぎで右手が痛い。
冷たく濡らしたハンカチを痛む右手に当てて息を深く吐いた。
「疲れた……」
この二日間は人生で一番自分の名前を書いた。
終わりが見えない書類の山にサインをしていたが、デュークは日々書類の内容を読み理解してサインをしていることを考えると尊敬をしてしまう。
(それでも、大量の書類の中に養子縁組の書類を差し込んでいるなんてあんまりだわ)
いつサインをしたかもわからなかった。
きっと養子縁組の書類だと渡されたらメアリーはサインをしなかっただろう。
ソフィーに迷惑をかけているようなことはしたくない。
後から書類を確認しようとしてもデュークは巧みに書類を下げてしまうので未だにどの書類が養子縁組だったのかは分からない。
この数日で、両親が死んだのが事故ではなかったことがわかり、キャロルたちも逮捕された。
嬉しいのか悲しいのかわからないが、事故が明るみになって良かった。
キャロルたちが居なければ今頃は両親と幸せに暮らしていただろうと思うと悲しくなってくる。泣きたくなるような気持ちでいると、ドアが開きデュークが部屋に入って来た。
大量の書類を持って出て行ったっきりで、夜まで帰ってこないだろうと思っていたがメアリーが思うより早く帰って来たので慌てて背を正す。
「おかえりなさい」
メアリーが声を掛けるとデュークは軽く頷いてメアリーの横に座った。
「書類の処理はだいたい終わった。あとはキャロル達が裁判にかけられそれぞれ罪を償う。裁判には代理人を立てるつもりだが出席したいか?」
デュークに優しく聞かれてメアリーは首を振った。
「もう顔も見るもの辛いです」
唯一の親戚だと思っていたが家を追い出された日のキャロルの勝ち誇った顔が忘れられない。ギュッと唇を噛んだメアリーをデュークは抱き寄せ頭にキスをする。
「大丈夫だ。もう何も心配することは無い」
デュークにそう言われるほど安心するものは無い。
少し前は怖かった人なのに、今では傍に居ないと不安になるぐらい頼りにしている。
ギュッとメアリーが抱き着くとデュークは薄く微笑んで懐から巾着を出しだした。
「開けてみろ」
何だろうと思いながら受け取ると中身は軽い。
巾着を開くと金のネックレスが入っていた。
そっと取り出してよく見る。
ペンダントトップには小ぶりのダイヤモンドが一つついていて光に当たってキラキラ輝いている。
「そのネックレスはメアリーのご両親からの贈り物だ。事故があった日、お前の父にこれを娘に渡さないと、何度もうわ言のように呟いていた。俺は必ず渡すと約束した」
「そんな……」
あの雪が降った日。メアリーの為に頼んでいたアクセサリーを取りに向かっている途中だった。あのアクセサリーはどうなったのだろうかとずっと心に引っかかっていたがまさかデュークが持っていたとは。
驚きと嬉しさでポロポロと涙を流すメアリーを抱きしめながらデュークは頷く。
「お父上は安心したようだった。メアリーに渡すと約束をしていたのだろう?」
「そうです。あの日、私にアクセサリーをプレゼントしてくれると言って頼んでいたコレを取りに向かっているところでした。何を送ってくれるのかは分からなかったけれどこんなかわいいネックレスだったんですね」
日常生活につけていてもおかしくない小さなダイヤモンドの付いたネックレスを握りしめて涙を流すメアリーにデュークは首を振った。
「6年も時が経ってしまった。本来ならばすぐに渡すべきだとは思ったのだが……。事故のすぐあとに渡したらショックが大きいだろうと思ったのと……あとは俺から直接渡したかったのだが時期が解らず今になってしまった。すまない」
「いいえ。デューク様から渡していただいて嬉しいです」
デュークの言う通り、事故後直ぐに渡されても悲しいだけでプレゼントのネックレスはしまい込んでしまい二度と見ることは無かっただろう。
事件が解決し、デュークに支えてもらっている状況だからこそこのネックレスを受け入れることができる。
「つけてやろう」
デュークはそう言うとネックレスをメアリーの首につけてくれる。
小ぶりのダイヤが窓から差し込む太陽に当たってキラキラと輝いていて綺麗だ。
「ありがとうございます」
ネックレスを見下ろしながらお礼を言うメアリーにデュークは首を振りながらまた小さな箱を差し出した。
「これは俺からメアリーに……」
「……ありがとうございます」
誕生日でも何でもないが、デュークの差し出した箱を受け取り開いた。
箱の中には小さな青い宝石が付いた指輪が入っていた。
「婚約指輪みたいなものだな。華美なものはメアリーの好みではないだろう?小ぶりの宝石を使ってみた」
「……婚約?」
「昨日、メアリーがサインをした書類の一部は婚約と結婚に関する書類だ」
「えっ?」
またサラっと言われて、メアリーは目を丸くした。
知らない間に婚約をするサインをしていたらしい。
「正式に俺とメアリーは婚約者だということになる」
嬉しそうにデュークに言われてメアリーは頷くしかなかった。
「そう……ですか」
喜びよりも驚きが勝ってしまい目をまるくしたままのメアリーにデュークは箱の中の指輪を取ると器用にメアリーの指にはめた。
あっという間に指にはまった指輪を眺める。
小さなダイヤモンドがついていて中央に青い宝石がついている。
まるでデュークの瞳と同じ色をした宝石だなと思いながら見ているとデュークの膝の上に乗せられた。
驚いているメアリーの顔を覗き込みながらデュークは肩眉を上げる。
「嬉しくないのか?」
デュークの想像ではメアリーがもっと喜んでくれると思ったらしい。
メアリーは首を振った。
「嬉しいですよ。ただ、気持ちがついて行かないというか。驚きすぎたというか……」
知らない間に養子縁組をさせられて婚約の書類までサインをしていた事実に驚いているメアリーにデュークは軽くキスをした。
「早く行動にしないとメアリーに逃げられたらたまらないからな」
「逃げませんよ」
そう言いつつ、少しだけ怖気づいている自分がいる。
ここまで順調でいいのだろうかと不安になっていると、デュークに深く口付けられた。
「そう深く考えることは無い。ただ俺の傍に居ればいいんだ」
デュークに言われてメアリーは頷いた。
「そう……ですね。私は少し考えすぎなのかもしれませんね」
そう言うと、デュークは頷く。
「ならばこのまま今夜は共に過ごそうか」
「えっ?」
衝撃的なデュークの言葉に顔を赤くしているとドアがノックされて返事も待たずにピエールが入って来た。
「今は取り込み中だ」
チラリと視線を向けて言うデュークにピエールは顔をしかめた。
「知っていますよ。取り込み中だということは、ただ目を通していただく書類がまだあります。あっ、メアリーさんはほとんど終わっているので大丈夫ですよ。デューク様は仕事してください!」
書類という言葉を聞いて顔を曇らせたメアリーにピエールは微笑んでからデュークを睨みつけた。
デュークはため息をつくとメアリーをソファーの上に降ろして立ち上がる。
「今夜はメアリーと過ごすためにさっさと終わらせるか……」
呟いたデュークにピエールはまた睨みつけた。
「ダメですよ。夜はメアリーさんと面会禁止です。結婚前に手を出すのはダメです。いいですか、腹の大きな花嫁姿だったらメアリーさんが可哀想でしょう。それに、結婚まで我慢できなかったのねとか言われるデューク様を見るのは僕達も嫌ですよ。妊娠したから結婚したんだと言われても嫌でしょう?」
ピエールに畳みかけるように言われてデュークは顔をしかめた。
「……たしかに、ピエールのいう事はもっともだな。妊娠したから俺が責任を取って結婚したなど言われたら最悪だ。俺はメアリーを愛しているんだから」
「そうでしょう?愛を証明するためには、結婚式までは手を出さないでください。はい、仕事行きますよ」
ピエールに引きずられるように部屋を出て行くデュークを見送ってメアリーは息を吐いた。
「よ、よかった。襲われないで。心の準備ができていないわ……」




