2022年7月23日 みよたみのりのこのはなだより
この小説は、作者が「星空文庫」で執筆している『宗教上の理由』シリーズの世界設定を使ったスピンオフです。上記小説を読みたいという方は、星空文庫にて作品名または作者名「儀間ユミヒロ」で検索をお願いします。
もちろん、この小説単体でも話がわかるようにしておりますので、安心してお読み下さい。
山奥にあるという設定の、架空の小さな村、このはな村。この村にあるコミュニティFMを舞台に、小学生DJのおしゃべりを文字でお送りする、ちょっと変わった形の小説です。
架空のラジオ番組の文字起こしという体裁のため、文法や文中記号の使い方が本来のルールとあえて異なった形になっている点をご了承願います。原則として地の文はメインパーソナリティのおしゃべり、カギカッコ内は他の登場人物のおしゃべりです。
また、この小説は言うまでもなくフィクションです。
ボク、いと暑いと言ったんさ、ダデとマミに、ラスのあかつき。それで言われたん、こんずく無し、ファンが下にシダーンしとけばおかしかんべ、って。
みなさんこんにちは、みよたみのりです。突然何語? みたいな言葉で番組を始めちゃいましたが、これがこのはな村で使われる独特の言葉なんです。今日はこのはな村の言葉についてのお話です。
それでは、コノハナサクヤヒメに守られし神の村からお送りする、みよたみのりのこのはなだより、スタートでーす!
みよたみのりのこのはなだより。今日はスタジオからお送りします。このはな村に伝わる独特のことば、このはな語について、天狼神社宮司の宮嵜希和子さんにお聞きしていきます。希和子さん、よろしくお願いします。
「こんにちは。ツマ、じゃなかった、宮嵜希和子です。よろしくお願いします」
はーい。早速お約束のツカミと言いますか、今のは素で間違えました?
「そう〜。素でやっちゃいました。スイッチを忘れることが多くて、慣れないのよー、未だに」
ですよねー。あ、ラジオをお聴きの皆さんに説明しますと、天狼神社はこのはな村を守る神社の総本山みたいな感じで、その宮司さんは代々嬬恋さんの一族が務めてきたのですが、今の宮司をされている希和子さんは宮嵜さんと結婚したので苗字を変えたんですよね。
「そうです。宮嵜くん、じゃなくてユウくんは役場務めだから、苗字変えると手続きとかがたくさんあって面倒なん。だから私の方が戸籍上で苗字変えたんさ。あ、これも説明しなきゃね」
あー、そうですね、お願いします。
「んーと、まず今の日本では結婚すると男性の苗字を夫婦で名乗ることが多いですが、天狼神社は基本的に昔から女系なんです。つまり女が神職について夫を迎えるっていうのが原則なので、結婚したら男性の方が苗字を嬬恋に変えるという伝統があったんですけど、さっき言ったみたく私が結婚した宮嵜裕也は役場に務めてて、あ、この番組にも何回か出てるのかな? で、公務員は改姓するとあっちこっちに届け出さないといけないから面倒なんで、私の方が宮嵜に変えたん、です」
今はお仕事の時だけ、嬬恋って苗字を使ってるんですよね?
「うん。芸能人の芸名みたいな感じで。氏子さんの中には天狼神社のマスターは嬬恋と名乗らねばいけん、って人もいるし、冠婚葬祭とか地鎮祭とかで名前を言う必要があるときは嬬恋って名乗ることもありますよ。ホントは夫婦で別の苗字使えればいいんだけどね。私は思わないんさ、ハズバンと苗字が同じでなきゃいけないなんて」
うん、ボクもそう思います。ボクはこの村来てから、こっちのお家に苗字を合わせて、みよた、って名乗ってるけど、さんごちゃんやリサちゃんは松山・伊佐のまんまでしょ? でも二人ともこっちのお家になじんでるし、苗字関係ないのかなー、って。
「そうそう。ずっと昔までさかのぼれば、夫婦で別の苗字なのが当たり前だったんだから。明治時代ぐらいからじゃない? 夫婦で苗字を揃えるようになったのって。無いわけ、そんな歴史の長い話じゃ」
そっかー。結婚して苗字が変わるってそんなに昔からじゃないんですね。
ところで、今日はこのはな村独特のことばについてお聞きしたいんですけど、もうここまでの間にいくつもの、このはな村独特の表現が出てきてますよね。
「出てるねー。仕事柄、他の市町村にもよく行くから、ケアホーなはずなんだけど、ってまた出ちゃった」
出ましたねー。独特な表現が出てきてますよね、って台本には書いてあるんですけど、本当にその通りになるのかなーって思ってたら、そうなっちゃいました。
「なるさ、そりゃ。どうしたってクセだから、使っちゃうんさ、村の中では村のことばを」
それだけ身体に染み込んでるんですねー。で、このはな村独特のことばというか、方言? ってどんな風に出来たんですか?
「はい。では説明します。天狼神社はものすごく大昔からあった、というふうに言い伝えがありますが、記録として確認できるのは四百数十年前の安土桃山時代という頃までです。それより前、鎌倉時代からすでにあったらしいという記録もあるのですが、これは本当がどうかまだ分かっていません。ただ、少なくとも安土桃山時代から天狼神社は存在していているのだから、戦国時代の頃にはあったと考えられています。ですが、神社が本格的に知られるようになったのは江戸時代になってまもなくで、上州や信州はもちろん、遠くから神社にお越しになる人々がいたことが分かっています」
その頃は、村はどんな様子だったのですか?
「山奥にある小さなお社で、今とそう変わらない大きさだったようです。その頃は神仏習合といって、神社とお寺をパックで参詣することもよくありましたから、天狼神社の下に都から僧を招いて照月寺を開き、さらに門前に十数軒の家からなる集落が出来上がりました。これがこのはな村の始まりだと言われています。村に住む人々は基本的には農民でしたが、寺社詣でに訪れる人々の手助けをするという役割を担っていただいていましたので、年貢や労役は免除されていたそうです」
へえー。お参りに来る人はたくさんいたんですか?
「そうですねえ、そんなに多くはないですが、春から秋の間はそれなりにいらっしゃったようです。これだけ山奥の村ですからどの方向から来るにもけっこうなアルバイトですけど、ひと山越えたところに中山道が通っているので、旅の途中に寄り道するパターンも多かったようです」
村のいちばん奥ですもんね、天狼神社って。来るのは大変だけど、でも神社やお寺って山の上とかによくあるから、それで天狼神社も山奥にあるのかな。
「それもありますよ。人里離れたところまで苦労してやってくるからご利益を賜ることができる的な。あとこの辺りは活火山がいくつもあるので、天に近い、つまりハイトのある所に社を作って火の神コノハナサクヤヒメを敬い、山が出来るだけ静かであるように祈ったというのもあります。そんなこともあるので、一般的によく言う方言とは少し違ったものなんです」
あっ、そうなんですか? ボクがよく聞くのは、日本は山や海で国土が区切られてるのと、江戸時代には国がいくつもの藩に分かれているから言葉が地域ごとに変わっていった、という説ですけど。
「そういう説もありますが、このはな村はあまり当てはまらないですね。さっきも説明したように、街道から近いのであちらこちらから参詣してくださる人が多かったので。上州と信州の境目あたりにある村ですから、両方の言葉の影響を受けつつ、全国共通のものに近い言語が話されていたようです。さらには照月寺が都の僧によって開かれたこともあって、古文に出てくるような言葉も残っています」
古文?
「例えば早朝のことを、つとめて、と言うことがあります。これは枕草子など、平安時代の書物にも出てくる単語です。これが元になって、勤める、という言葉に変化したという説もありますが、このはな村では今でも早朝という意味で使う事があります」
あー、枕草子は題名聞いたことあります。あと最初だけ覚えてます。春はあけぼの、でしたっけ? そのあとは分かんないですけど。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎはすこし明かりて、ですね。他にも、あかつき、という呼び方もありますね」
あかつき、あっ、リサちゃんが言ってた。沖縄では早朝のことを、あかちち、って言うって。
「うん、沖縄のウチナーグチは日本の古語に似てるところあるわね。他にも方言として古語的表現が残ってるところはあるようですよ。朝を指す単語は今出てきた三つとも村では通じます」
そうなんですかー。でもさっき出てきたハズバンとか、ケアホーとかは、もともと外国語ですよね?
「ええ、そうですよ。ここまでをまとめると、日本の古語、つまり都の言葉と、上州や信州の言葉が混じって、このはな村の言葉は変化して行きました。それに神社にお越しになる人々はさまざまなところからやって来ますから、ある程度共通性が必要ですし、村独特の方言というほどのものは出来なかったようです。ところがその後、村に変化が訪れるんです」
変化? というのは、何ですか?
「明治時代になると外国人が日本に多くやって来ますが、日本の厳しい暑さをしのぐため、あちらこちらの高原に別荘を建てるようになりました。このはな村は、村自体もその周りも高原地帯ですし、また有名な温泉も周りにあります。やがて、このはな村にも別荘が建ち始め、人々の往来が増えてきたんです」
へー。ということは、神社とお寺と十何軒の家しか無かった村に、別荘がたくさん建っていったんですか?
「あ、と言っても一気に増えたわけではないですよ。最初はとなりの町などに別荘を建てた人々が、時々ピクニックや登山のため、村にやって来ていました。このはな村は険しい山を越えると一面のお花畑が広がるようなところでしたから、景色は最高だったようです。やがてこの村が気に入って、泊まりがけでやってくる人や、中には『別荘の別荘』のような感じで、村にちょっとした小屋を建てる人も出てきました。さらに時代が進むと、このはな村の別荘にそのまま移り住む人も出てきます。別荘の持ち主はほとんど外国人でしたが、しだいに人口が増えていくと別荘の持ち主などを相手に商売をする人などもこの村に住み始めたのです」
なるほどー。あ、コメント来てます。村人と外国人の間に、これは……、あっ読み仮名ついてる、あつれき? はなかったんですか? って。
「軋轢、虎棒のことですよね。それはほとんど無かったようです。明治時代の日本は外国に比べて文明が遅れていると言う人もいたようですが、古くからの道徳や礼儀がしっかり根付いていると評価する外国人も少なくなかったようで、特にこのはな村は古くからの宗教道徳を護る礼儀正しい村人によって支えられている、と思われていたようです。村人も外からやってくる人々をおもてなしすることに慣れていましたから、村にやってくる外国人が困っていれば手助けし、そのお礼としてさまざまな知識や技術を教わるという、良い形のお付き合いがされていたようです」
うわー。それってなんか、理想的ですよね。国が違うと時々ぶつかり合うこともあるけど、うまくなじんだんですね。
「そうね。もちろん意見が違って議論になることはあったみたいだけど、だいたい話し合いでまとまってたみたいです。そしてそういった中で、外国語が村人の耳に入ってくるようになって、独特の言語が生まれてきたんです」
なるほど。そういうわけで、さっきのような言葉が生まれてきたんですね。
「そうですね。ハズバンは配偶者、つまり結婚相手という意味の英単語が変化したもの、ケアホーは気を付けるという意味のcarefulという英単語が変化したものです。あとはトラブルという意味の単語が虎棒というふうに漢字で書くようになったりもします」
あはは。この虎棒って村に来て初めて聞いたとき、思いっきりツボに入っちゃったんです。トラが棒を持ってガォー! って暴れてる絵を想像しちゃって。そりゃトラブルになるよねーって。
「上手いこと考えたって思いますよね」
で、そういう外国から入ってきた言葉って、やっぱり英語が多いんですか? このはな村に住む人って、ご先祖様がドイツとかイタリアとかフランスとか、色んな国から来てますよね。
「もちろん、そういった国の言葉もありますよ。みのりちゃんもスポーツのチーム分けする時に、アー、ベー、ツェー、って分けたことあるんじゃない?」
あー、あります。あれって、何語なんですか?
「ドイツ語に由来するようですよ。英語ではエー、ビー、シー、ですけどね。他にもフランス語の数字のアン、ドゥ、トロア、とか。ただ、やっぱり英語由来の単語が多いですね。ちょうどこのはな村に外国人の別荘が建ち始めた頃に、日本はブリテンと同盟を結んで交流が深まったんです」
ブリテン、って?
「あ、ごめんなさい、一般的な日本語で言うイギリスのことです。イギリスというのはグレートブリテン島の一部であるイングランドの事を指したポルトガル語が変化したものなので、このはな村では島全体のことを指すブリテンという言葉で呼ぶようになったんです。現在はグレートブリテン島と隣のアイルランドの一部で構成される連邦国なんだけど、あ、連邦国って難しいかな、まあでもいくつかの国の集まりを略して、ユーケーと呼びます。このはな村でもユーケーとか、ブリテンと呼ぶ人が多いですね」
へえー。それでその、ユーケーと仲が良かった頃に英単語がたくさん入ってきたから、英単語をたくさん取り入れたんですね。
「そういうことです。もちろんそれは、たまたま村の人口が増え始めた頃に日本とブリテンの仲が良かったからで、その後も他の国の人々が移り住むと、その人たちの使う言葉で良いと思ったものをどんどん取り入れていきましたから、とても多くの国や地域の言葉が分け隔て無く、このはな村では使われていると言っていいと思います」
そうですねー。それが、どんどん村の外から人々を受け入れる村の伝統にもつながっているんでしょうね。
希和子さん、今日はありがとうございました。
みよたみのりのこのはなだより、今日はこのはな村の言葉について、宮嵜希和子さんにお聞きしました。このはな村の言葉はバラエティに富んでいますが、それはこのはな村の人々が、昔から多くの人を歓迎して来たからだと分かりました。そうやってよその人を迎え入れてくれるから、ボクもこのはな村に来られたんだと思います。
「そうかもしれないですね。でも今は、みのりちゃんみたいな子がたくさん村に来てくれるから、とっても嬉しいですよ」
わあ、そんなこと言ってもらえるなんて、ボクこそ嬉しいですー。このはな村は本当に住みやすい村だなって思います。
あ、番組最初のセリフ、答え合わせしますね。今朝早くにおとーさんとおかーさんに超暑いって言ったら、根性無いなー、天井吊りの扇風機の下に座ってなさい、気持ちよくなるから、と言いました。わかりましたか? あと希和子さん、これ合ってますか? ボクのこのはな語作文。
「惜しいなー」
惜しいですか? どこが?
「このはな村は、ならんさ。朝から暑くなんて」
そこー? 文法とかじゃないんかーいっ!
「ふっふっふ」
希和子さんがニヤニヤ笑ってますがほっといて、それでは、みよたみのりのこのはなだより、また来週で〜す。
え、なに、希和子さんまだ話あるの? このはな村の気候についても猛勉強しなきゃ? いや、それは今度でいいから、実習? レインウェア持参? 嫌ー! 雷はー!
先週、方言を小説などに使うのはリスクがあるという事を書きました。なので、どうせ架空の村が舞台なのだから架空の言語というか、色々な方言や言語の影響を受けて独特の言語が出来上がった、という設定にするのが一番手っ取り早いと思ったわけです。
さて、みのりの口から意味深な言葉が出ました。
「そうやってよその人を迎え入れてくれるから、ボクもこのはな村に来られた」
これについての種明かしは次回あたりに。




