アーデルハイド女大公の宣言
議事堂の二階に上がり、扉をくぐると、その向こうはまるで音楽ホールのようになっていた。
扇状に机と椅子が並べられ、中心は少し高くなって舞台のようになっている。ただ違うのは、その舞台の上に演説台が一つあり、その後ろに議長と書記用の三つの机と椅子、そしてそのさらに後ろ、一際高い位置に玉座に似た椅子が置かれていることだ。その玉座の上にシューヴァンシュタイン家の紋章があるので、おそらくそこが公爵の席なのだろう。
先に議事堂に入った三人はというと、舞台袖のような場所で立ったままなにやら話をしていた。三人の他に二人の人物が何か説明するように身振り手振りをしているので、おそらく議会再会後の流れを説明しているのだろう。
二階の傍聴席は三列の映画館のような折りたたみ式の椅子が設えられていたが、傍聴する人は少なかった。それでもゼロではなく、それぞれ好きな場所に座りホールの様子を眺めている。
空席が多くて迷ったが、ラヴェンダーは中央に近い場所の最前列を選んで座った。ここなら答弁台に立ったエリーゼが一番よく見えるだろう。
「お前も来てたんだな」
そうして、居場所を定めたラヴェンダーの肩を軽く叩く存在がいる。
軽く振り向き仰ぐと、色素の薄い金髪がさらりと揺れた。シルバーのラインが入ったグレーのスーツに黒シャツ、シルバーネクタイという出で立ちの、シックなのか派手なのか、絶妙なバランスのコーディネートの青年がそこにいた。
センスがいいか悪いかで言ったら抜群にいい。手足の長くてスタイルのいい自分をよく見せる方法をよく理解している。
一瞬少し見とれてしまった自分を悔しく思いながら、ラヴェンダーはにっこりと微笑みを返した。
「あら、ジェイも来たのね。久しぶり」
ラヴェンダーが言うと、ジェイはその氷翡翠の眼差しを軽く見張ってから、納得したように何度か頷く。
「そう言えば三週間ぶりか。その前が五年近くあいてたから感覚狂うな」
「誰もお見舞いも来てくれないんだから。薄情ったらないわ」
ラヴェンダーが頬を膨らませると、ジェイはその隣に腰掛けてから肩をすくめた。
「しょうがないだろう。シューヴァンシュタイン家御当主から接見禁止令が出てたんだから?」
「接見禁止令?」
「ありがたくも大公閣下から、一番年若い、しかも力のない女子に怪我をさせるふがいない男どもは、ラヴェンダーが回復するまで面会することまかり成らん、と叱責されてな」
「そ、そうだったの……」
「しかも、そのお叱りでグロウのトレーニング熱に火がついちまってな。シューヴァンシュタイン城の周りで実弾訓練しやがって、通報される始末だ。何故かそれも俺らに説教が来たな。監督不行届、とかって」
「そ、それは……心から同情するわね」
その場にいなくてほんっとうによかった——と心から思ったラヴェンダーだった。
あの自由人を監督しろという方が不可能である。
そう考えると傭兵時代、グロウがどうやって規律を守っていたのかはなはだ謎であるのだが。
「それで、身体の調子はどうなんだ?」
ふっと氷翡翠の眼差しを緩め、ジェイが問うてくる。
ふざけたり、何かに挑んだりする好戦的なシーン以外、どちらかというと表情が乏しいタイプのジェイは、眉間にしわが寄っていることが多いし、いつも不機嫌そうに見える。それに元々の顔の良さがネガティブに働き、近寄りがたい雰囲気を纏っているのだが、よく観察すると眦や瞳に宿る光、口元の力の入り具合なんかで感情の変化を見て取ることができる。
これはあまり見ることができない優しい表情で、ラヴェンダーが好きなそれでもある。
そのせいか、ラヴェンダーの胸が一つ大きく跳ねた。
が、拳をぐっと当てて胸を押さえると、その胸騒ぎを努めて意識の外に追い出した。
平静を装いながら答えた。
「もうほとんどいいわ。痛みもないし。でも筋力は落ちてるからリハビリは必要ね」
「そうか……無理はするなよ」
「しないわよ。どっかの筋肉馬鹿じゃあるまいし……て、グロウとアレクは来てないの?」
「来ると思うか? あの筋肉馬鹿が」
「……来ないわね。あの筋肉馬鹿は。その時間あったらトレーニングに当てる男だもの」
「アレクは”プチ”が怪我したとかで動物病院に行ってる」
「”プチ”?」
「プチ・ラヴェンダー」
「ああ……」
ラヴェンダーはあの、不思議な声で鳴く灰色の毛玉を脳裏に浮かべた。
名前を変えない選択をしたものの、やはり不便だったらしい。
だったらそっちを本名にしてくれないか、と人間の方のラヴェンダーは思うのだが、多分聞いてくれないのだろう。
あの、猫のラヴェンダーの名前に対する男達のこだわりは一体どこから来るのだろうか。甚だ疑問である。
「怪我って大丈夫なの?」
「怪我自体はそんなに大きなものじゃないんだ。ただ、箇所が問題でな。後ろ足の肉球を小枝で切っちまったんだ」
「そうなの……」
「肉球怪我すると直りにくいらしくて、病院行かないとって大慌てだったぞ。しばらくはアレクの肩生活だろうなあ」
ジェイが、どこか遠い目をして言う。拾われてから二ヶ月近く経った子猫は大分大きくなってきてさすがにジャケットのポケットに入らなくなってきている。それでも拾われてから色々と転々としてきたせいでお散歩が好きらしく、リード付きで犬のように一日二回散歩しているらしい。ただ、車通りの激しい通りなどは危険なので主に誰かの肩に載せられるのだとか。
まあ、一番世話しているのも散歩するのも主にアレクなので、つまりはアレクの肩が新しい定位置と言うことだが、それについて、最近教えてもらった興味深い情報がある。
「フェリスが言ってたけど、最近アレクってばその、プチ? を肩に載せて散歩してるから、街で話題になってるみたいね。ファンにすごい声かけられてるとか」
モテ期到来? と、わくわくしながらラヴェンダーがジェイを見上げると、彼肩をすくめて溜息をついた。
「残念ながら、人気なのはアレクじゃなくて、プチの方、な。ソーシャルメディアに投稿したやつがいたらしくて、シューヴァンシュタイン公国の新しい観光スポット化しつつあるらしい」
「……猫が?」
「猫が。しかも出逢ったら幸運が舞い込むとか、さらに顔を洗う仕草が見れたらさらにラッキーで、右手ならロトがあたるとか左手だと恋人ができるとか、そんな噂まで出て、最近じゃ街を散歩もできないらしいぞ」
「それは……アレクとプチにとってはあまりいい状況ではないわね」
ジェイの説明に、ラヴェンダーはどんな表情を浮かべていいか分からず、顔を引きつらせた。
何が流行るか分からない世の中であるが、流行の中心になったらなったで大変らしい。
「——まあ、話を戻すと、怪我が治ったなら何よりだ。これでやっと話も進められるからな」
「話って?」
「画像や持ち帰った本の解析は全部シューヴァンシュタイン家に没収されて、俺たちはノータッチだったんだ。その結果もラヴェンダーが回復したら知らせると」
「……え、じゃあ、三週間の間、ジェイ達何してたの?」
「俺とアレクは、俺たちがハックしたせいで使えなくなったスパコンの代わりのシステム作りだな。あのフェリスって嬢ちゃんなかなか容赦ないぜ。おかげで睡眠不足だ」
そういうジェイの目元は確かにうっすらと隈があった。我が子のように大事にしていたスパコンとそのシステムを台無しにしてくれた上に、同じく大事な友人を二度も怪我させたジェイだ。フェリスも全く容赦しなかったのだろう
ただそれを見てもラヴェンダーは同情はしなかった。巨人の街での一件は不可抗力なところはあるが、スパコンの件はアレク曰く”好奇心で、つい”の結果なので、自業自得以外の何物でもないからだ。
「それで、新しいシステムはできたの?」
「ほぼな。細かい調整はあるが、俺たちのやることはほとんど終わってる」
「じゃあ、シューヴァンシュタイン家の分析の不足分手伝ってからゆっくり寝てちょうだい」
「……ありがたい言葉に涙が出てくるぜ」
げっそりした顔で言うジェイに、ラヴェンダーは小さく笑みを漏らすのだった。
そうして世間話に花を咲かせていると、休憩に出ていた議員達が戻ってきて、席に着き始める。
対して、アーデルハイド女大公とエリーゼはいつの間にか議事堂からはいなくなっていた。おそらく議長が再会の宣言をした後に入場してくるのだろう。
「始まるな」
「ええ……なんの議題か、ジェイは聞いてるの?」
「公爵位の継承に関する新しい提案、としか聞いてないな。ラヴェンダーは?」
「同じ。詳細はいつもの”今は秘密”で教えてもらえなかったわ」
「会話ができただけマシだな。俺はフェリス嬢から、メールでこういう議題上げるからその後に地下の話をするぞって言う宣言されただけで、返信も許されなかったから」
「……システム構築の仕事一緒にしてるのに、メールでしか会話できないってどういうことなの?」
「それだけ、嫌われてるってことだろ」
肩をすくめて見せたジェイに、そうじゃない、とはお世辞にも言ってやれなかったラヴェンダーだった。
病院を一週間で退院した後、寮に戻ったラヴェンダーはフェリスと生活を共にしている。
そのため、ラヴェンダーの怪我を最大限に気遣ってくれるフェリスが、それと同時にラヴェンダーに怪我を負わせておきながら無傷で帰ってきた男二人に対して激怒しているのは知っていた。
システム構築だってそんなに急務ではないはずなのに睡眠時間削ってでもやらせてるのはフェリスからの意趣返し以外の何物でもない。
まあジェイもそれが分かっているからおとなしく指示に従っているのだろうが。
「エリーゼ様のお手並みを拝見、といこうじゃないか」
そう、楽しげにジェイが呟く視線の先で、議長がジャッジガベルを高らかに打ち鳴らした。
そしてアーデルハイド女大公とエリーゼの入場が宣言され、二人が議事堂に入場してくる。
エリーゼは答弁台に、アーゼルハイド女大公が舞台の最上段の玉座に腰掛けてから、その議題は始まったのだった。
「まずは、この貴重なお時間をいただけましたこと、議会の皆様に心より感謝申し上げます」
普段のふんわりとした雰囲気とは一変した凜とした声話し始めたエリーゼは、ゆっくりと議事堂内に視線を巡らせる。
「また、先般議会の皆様よりいただきました、我がシューヴァンシュタイン家の爵位継承に関しての意見書に関しましても、不幸な事故により直系の男子の後継者を残せなかったわたくしの両親に変わりまして、国民の皆様を不安にさせてしまったことへの心からのお詫びを申し上げると共に、我がシューヴァンシュタイン家への温かい心遣い、深く御礼申し上げます」
告げて、エリーゼは深く頭を下げた。背中に一枚の板が当てられているようにぴんと伸びた背筋が描く礼は美しく、まるで行儀手本の本に載っていそうな程だった。
ラヴェンダーはそれを見ながら、思わず嘆息してしまった。さすが、十八年間公爵位を継ぐために厳しい教育を受けてきた人物である。付け焼き刃で身につけたラヴェンダーではさすがにそこまで完璧にはできない。
彼女の話し方、所作を今後のお嬢様生活と、将来の演技の糧にしようと、ラヴェンダーはじっと注意深くエリーゼを見つめた。
「≪守護者のマリア≫の行方の捜索に関しては非常に難航しており、シューヴァンシュタイン家の総力を持ってしても、現時点でその情報は要としてつかめておりません」
そう述べて、エリーゼはわずかにまぶたを伏せた。沈鬱な面持ちと共にわずかにまつげを震わせるその様は、どう見ても心の底から沸き上がる歯がゆさや悔しさを噛み殺しているようにしか見えない。
実際には現物を確保しているにも関わらず、本当に見事としか言えなかった。
複雑な表情のまま、エリーゼは≪守護者のマリア≫捜索に関してのこれまでの経緯と、かけた時間や予算、副産物として見つかったシューヴァンシュタイン家が大戦前に所蔵していた美術品などを開示していく。
「——このように、≪守護者のマリア≫の捜索にシューヴァンシュタイン家としては莫大な資産を投じてまいりましたが、これ以上の財を投じることは公国の福利厚生や市民生活に悪影響を及ぼす可能性が出てきております」
そのエリーゼの説明に、ジェイが、おや、というように片眉を持ち上げた。そしてラヴェンダーの方に顔を寄せ、低い声で問いかけてくる。
「シューヴァンシュタイン家の財政が悪化するのが、どうして市民生活に影響が出るんだ?」
耳元で囁かれ、思わず、びくり、と身体を振るわせてしまったラヴェンダーだったが、努めて平静な声を保ちながら答えた。
「この国は一般市民の徴収される税金は消費税くらいで、それ以外の税金がのほとんどがないの。もちろん法人税なんかはあるけど、基本的に公国の福利厚生、公共事業等の国家の運営に関わる財政は、ほとんどシューヴァンシュタイン家の私財でまかなわれてるのよ」
「信じられないな……小さいとは言え、曲がりなりとも”国”の財政だぞ?」
「別に驚くことではないわ。元々領主というのはその財産で国を運営していたわけだし、特にシューヴァンシュタイン家はヨーロッパ各地のそれも一等地にたくさん土地も持ってるのよ。そこから入ってくる収入も莫大だし、資産運用でも儲けてるみたいだから。あとは……タックスヘイブン目当てのペーパーカンパニーからの法人税ね。あまり褒められたものではないかもしれないのだけど」
「なるほど。今はそれのシューヴァンシュタイン公国独自の税制を利用する、ということか」
「そういうことね」
頷いたラヴェンダーの視線の先で、エリーゼが面を上げた。その眼差しには強い光が宿っている。
「元々、伝統に反する後継者を選ぶことに市民の皆様が不安を感じているという意見書を元に始められた捜索ではありますが、シューヴァンシュタイン家として、これ以上続けることは本末転倒になる判断しました」
そのエリーゼの言葉に、議員達がさわさわと囁きを漏らし合う。
今日はおそらくいい報告が聞けると思っていた一部の議員たちは戸惑いを隠せないようだった。
そんな戸惑いを顧みず、エリーゼは続ける。
「そのため、シューヴァンシュタイン家は≪守護者のマリア≫像の捜索を、本日を以て打ち切ります」
ざわめきが一際大きくなった。傍聴席にいる人々も不安げにその先を見守っている。
「その代わり、≪守護者のマリア≫を発見した際、所持者に支払うべく積み立てていた資金に関しては、新規公共事業を立ち上げ、それによって市民の皆様に還元いたします」
そうしてエリーゼが説明するのは、新規総合病院の設立と、アーデルハイド女学院に、医療関係を中心とした大学を敷設しするという新規事業だった。
実はシューヴァンシュタイン公国は小さな国のため、軍隊、警察だけでなく、医療に関してもスイスに頼る部分が多い。小さなクリニックはもちろんあるが、より専門的な診察を受けるにはスイスに出向かなければならないのだ。それが時として、緊急時には致命的になることも多かった。
それをシューヴァンシュタイン家が私財を投じ、総合病院を作ることで解決する形で、市民に還元するという計画だった。
驚くべき点は、計画案には具体的な予算の試算や病院開設予定地の情報だけでなく、総合病院や医学部の中核となる具体的な人材がすでに確保されていたことだった。
≪扉≫の先の世界のことを知ったのはたった三週間前のこと。ラヴェンダー達が持ち帰った情報から≪守護者のマリア≫を持っていることを対外的に認知されるのは危険と判断してこの計画を検討したと考えるには、中身が綿密すぎた。
だとするならば、考えられることは一つだ。
「……もともと、世間に公表するつもりはなかったってことね」
「だろうな。ずいぶんアレクが呼び出されてたのも、この件だったんだな」
ラヴェンダーの何が、というのをあえて伏せた、声を抑えた呟きに、ジェイが頷きながら同意してくる。
ただ、ラヴェンダーはアレクの件は認識していなかったので、どういうことか、と、眼差しを彼に当てることで問う。それを受け、ジェイは視線は議会の方に向けたまま続けた。
「最初の会談の後から、潜入計画以外でも呼び出されてた。アレクは何も言ってなかったからあえて問わなかったが、おそらく秘密保守契約も結んであったんだろう。あれでも公式の肩書きはスタンフォード大学医学部の助手だからな。人材のピックアップや導入する機材なんかのアドバイザーにはもってこいだっただろうよ」
「スタンフォード大学……」
呟いて、ラヴェンダーは瞬きを二つした。大学のブランドでは同じアメリカのハーバードにこそ叶わないが、理工、医学の分野では世界トップレベルの大学の一つである。そこであの若さで助手というのは彼が規格外の天才である証左だ。
ただ、ラヴェンダーの中ではただの猫とカメラ好きの青年、と言うイメージなので、そのイメージと肩書きがなかなか結びつかないのだが。
「なんにせよ大体二ヶ月でこの計画の完成度は無理だわ。人材の調整はアレクの意見を入れたにしろ、元の計画はずっと前から検討していたんでしょうね」
それも”今は秘密”の中身の一つだったのだろうが、何となく面白くない。
これは、後でエリーゼにこれ以上の秘密がないか問い詰める必要があった。
「ただ、ここから例の意見書に対してどう回答を持って行くかが気にはなるな……」
軽く顎を指で撫でながらジェイが呟く。ラヴェンダーもそれに頷いた。
≪守護者のマリア≫を叙爵式までに用意すべしと言う意見書は、言ってみればヴァルデック子爵の、エリーゼに爵位を継がせないための妨害工作だ。それが可決したと言うことは残念ながらシューヴァンシュタイン議会の議員達は男尊女卑の思想が強いか、伝統を非常に重視するか、あるいはその両方の性質がある面々と言える。
この提案だけでは、ヴァルデック子爵の追求は交わせそうには見えない。
どうするのだろうか——ラヴェンダーは固唾を吞んで成り行きを見守った。
「——以上が、総合病院と大学開設に関する計画になります。続きまして、シューヴァンシュタイン家の後継問題に関しては……」
「ここからは、わたくしから説明させていただきます」
エリーゼが説明を終え、軽く後ろを振り向き仰ぐようにすると、アーデルハイド女大公が手にしていた扇を閉じ、すっと立ち上がった。壇上から、重く、威厳のある声で続ける。
「事の発端は、男子継承が原則であるという我が家門の起きてから端を発したこと。ですが一方で現在は二十一世紀。男女の機会は平等であるべきというのが原則となって久しい時代です。無理矢理掟を貫くことより、時代に合わせて柔軟に変えていくべきであるにもかかわらず、その選択をしてこなかったわたくしたち旧時代の人間に責があります——そのため、この79年の在位の締めくくりとしてわたくしはある決断を致しました」
”旧時代”のところで、アーデルハイド女大公の視線がびったりとヴァルデック子爵に当てられたのを、ラヴェンダーは見逃さなかった。口の悪い言い方をすると「おめーも責任あるんだぞ、わかってんのか?」とと脅しているような眼差しだ。
その厳しい眼差しのまま、アーデルハイド女大公はおそらく在位中最後の重大な決断になっただろうそれを口にした。
「シューヴァンシュタイン家は、以後、当主によって指名された継承権のある人間複数名でのコンペティション形式にて後継者を決定することに致します」
アーデルハイド女大公の言葉に、議会内のざわめきが一際大きくなった。議長が静粛にするよう注意を発するが、なかなかそのざわめきは収まりそうにない。
けれどアーデルハイド女大公はそれを上回るよく通る声で続けた。
「原則は継承権第十位までの人間の中から、当主が最大五名まで指名し、その五名が当主の指定する課題を実行します。当主はその手腕によって後継者を判断し、決定します。今回、わたくしの後継者候補として上げるのは継承権第一位のエリーゼ=クリスティアーネ=アーデルハイド=フォン=ツー=シューヴァンシュタイン、第二位のローラント=アルノルト=フォン=ツー=ヴァルディック、第三位のジークベルト=ヨーゼフ=フォン=ツー=ヴァルディックの三名です」
そう告げアーデルハイド女大公が議員席にいる孫二人に視線を当てる。ジークベルトがまず心得たように立ち上がり、それをみたローラントが慌てて続いた。
一方それを聞いていたジェイがぼそり、と呟きを漏らす。
「……名前だけでどっかの筋肉馬鹿が寝れそうなくらい長いな……」
「ちょっ……」
ラヴェンダーは、吹き出しそうになる自分の口を慌てて覆った。
本当に、こういう緊迫したシーンでそういうことをぼそっと言うのやめて欲しいものである。
「エリーゼにはすでに今回の≪守護者のマリア≫の積み立て予算の使用用途に関しての計画を指定課題とし、先ほど説明のあった新規総合病院と大学開設に関する計画書の提出がされました。この計画自体はそのまま進行させますが、ローラント、ジークベルト両名にも同等の予算と検討期間を与え、また新規事業の計画案を作ってもらいます。その結果を鑑みて、わたくしが後継者を指名致します——いいですか? ローラント、ジークベルト」
「かしこまりました。謹んでお受け致します」
「……お、お受け致します」
胸に手を当て綺麗に一礼して見せた弟のジークベルトに対し、やはり兄のローラントは弟の動きを追うように礼をするので精一杯という風である。思わぬ後継者指名に舞い上がっているのか知らないが、これではどちらが兄なのか分かったものではない。
「ローラント、ジークベルトに与えるのは三ヶ月。結果の精査に一ヶ月を見込み、後継者指名は四ヶ月後、この議会の場にて発表致します」
アーデルハイド女大公の宣言に議事堂は議員達のざわめきで埋め尽くされる。予想もしなかった提案に皆戸惑いを隠せないようだった。
「……うまい落としどころだな」
一方で、それを傍聴席から眺めながら、ジェイが唇をつり上げつつ呟く。
「元々継承順位で言えばエリーゼ様が一番のところを、この提案では二位と三位の二人も同等の立場として候補者に入れる。エリーゼ様の叙爵を妨げたいどこぞのやつらからすれば悦んで受け入れこそすれ、拒否する理由はない」
「そうね。でも、あくまで後継者を選ぶのはアーデルハイド様という面は変わらないし、この案自体、あくまでこれは報告の体を取っていて議決をとるつもりもないんだわ。しかもアーデルハイド様がヴァルディック一族にチャンスを与える姿勢見せている以上、一番うるさいヴァルディック子爵もそれに追随している議員も口を出せない……完封ね」
「……それを、そのヴァルディック子爵とやらが気づいてるかどうかだな」
いいながらジェイは、アーデルハイド女大公が先ほど視線を当てた人物——ヴァルディック子爵を見る。呼ばれてもないのに立ち上がり、ローラントの肩を鼓舞するように叩いている。その顔は喜色が隠せておらず、やっと自分たちの時代が来た、と顔に書いてあるようだった。
だがそもそも、シューヴァンシュタイン家の継承問題は、あくまでシューヴァンシュタイン家の問題。議会が口出しできるものではない。アーデルハイド女大公がエリーゼに継がせると宣言したら、その時点で跡取りはエリーゼになるのだ。
それでもアーデルハイド女大公が一度議会の意見書を検討するようなスタンスを取ったのは、おそらく今後エリーゼが後を継いだとき、議会との遺恨がないようにするためだ。議会の内容を一蹴してエリーゼに継がせるのと、一度受けて検討した上、意見書を最大に配慮した結論を出した上でそうするのとでは、印象が全く違う。
八十年近く、自分より年上の老獪な大人達の中で揉まれてきたアーデルハイド女大公だからこそ打てた一手なのだろう。
そして、額面通り捉えるなら、エリーゼも単身で総合病院と大学敷設の提案をまとめ、後継者として申し分ない実力を披露することで、そのアーデルハイド女大公の期待に応えている——恐ろしい女傑達と言えた。
「まあ、気づいていようといまいと、三ヶ月という時間は平等だもの。結果は四ヶ月後には分かるんじゃないかしら」
言いながら、ラヴェンダーは腰を浮かした。もうここにいる必要はないからだ。
すると、同じことを思ったらしいジェイが先に立ち上がると、手を差し出してくる。
「エスコートさせていただきますよ。ラヴェンダーお嬢様」
「……なにそれ、嫌み?」
「いや、強いて言うなら……女傑達の視線の圧力故、かな」
ジェイの言葉に議会の方を振り向くと、シューヴァンシュタイン家の二人と、その護衛の一人が、じっとこちらを見上げてきていた。
アーデルハイド女大公とフェリスは表情を変えていないが、エリーゼに至ってはあの圧力微笑を浮かべている。
「……謹んで、エスコートに甘えさせていただきますわ」
ジェイに当てられただろう圧力に、何故かラヴェンダーも耐えられなくなり、ラヴェンダーはそっとジェイの手を取った。
心の底から、シューヴァンシュタイン家はもっと早くに男性継承なんて撤廃すべきだったと思ったラヴェンダーとジェイだった。
あんな強い女性達に、そんじょそこらの男性達が叶うわけがないのだから。
閲覧ありがとうございます。
次話投稿は1月28日16時となります。




