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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第五章:≪扉≫の先に広がる異世界
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異世界に広がるのは巨人の街

ここから全力ファンタジーです。

 ≪扉≫をくぐった先は、一体どんな異世界が待っているのかと期待した一行だったが、靄の向こうは期待に反して、普通に洞窟が続いているだけだった。

 

「別に、普通だな?」


 グロウが、足下の石畳をかかとで叩きながら言う。

 

「空気が薄いとかも、特にないな」

「でも靄をくぐった時、うまく言えないけど一枚膜みたいなの破ったみたいな感覚はあったわ。何かが違うんだと思う」


 いいながらぐるりと周囲を見回すと、扉の向こうと同じようにそこには石畳の広場が有り、その奥に上に続く階段が見えた。

 ただ、おかしいのは――


「おい。≪扉≫は確か、内開きだったよな?」


 ジェイが、上を見上げながら問う。


「そうね。広場から避難して良かったって思ったから、あちら側に開いたはずね」

「……なんで、こちら側に扉があるんだ?」


 そう問いかけるジェイの視線を追うと、何故か三人がいる側に、二枚の岩の≪扉≫が開いかれていた。

 ≪扉≫はエリーゼ達が残っている側に開いたはずなので、その奥に進んできたはずの一同が、戸板を見つけてはいけないはずなのである。


「……鏡写しの世界、ということ?」


 ラヴェンダーが、なんとなしに思いつきで言った言葉だったが、どうやらそれはあっていたらしい。ジェイが扉の外側に回って持ち上げた懐中電灯の光の中には、鏡文字になったXIVのローマ数字と、ギリシャ語の数字が浮かび上がっていたからだ


「……いきなり、ファンタジーだな」

「まあ、折角色々覚悟して飛び込んだのに、ただループしてただけでしたってより、ましじゃない?」

「ファンタジーってことは、モンスター出てくるってことか?」

「グロウはそれしか頭にないのね」


 興味を戦闘一極ガン振りのグロウの言葉に、さすがのラヴェンダーも呆れた言葉を呟いた。


「とりあえず、階段を上がってみるか。先頭はグロウが適任だろうな」

「おう。任せろ」


 胸にかける形にしていた自動小銃を下ろして構え、グロウが階段を上り始める。


「殿は俺がもつ。お前は先に行け」


 そう、ジェイが言うので、ラヴェンダーはグロウの後に続いた。

 そうして三人で一列になる形で上がっていくと、てっぺんには、開かれた開口部――ではなく、木製の扉があった。


「開けるぞ」


 そう言いながらグロウが自分の後ろに隠れるようハンドサインをしてくるので、ラヴェンダーとジェイは、その大きな身体の影に隠れた。


 音がならないようにドアノブをひねり、そっと開ける。開いた隙間から鏡を通して、向こう側を確認すると、グロウがこちらに顔を向け、抑えた声で指示をくれる。


「とりあえず、人影はない。俺が先に行って、OKだったら戻ってきて合図出すから、そうしたら、出てこい」


 二人が頷くと、グロウは、その体格に見合わないくらいに音もなくするり、と扉から外に出て行く。

 その様子に、彼が過ごした五年間の片鱗を見た気がした。


 少しすると、グロウが手だけを差し込んでこちらに手招きをしてきたので、ラヴェンダーとジェイも続いて外に出た。


 出た先は、またさらに通路のようだった。けれど扉の内側のように真っ暗ではなく、ライトがいらないくらいに明るかった。だが、天井を見上げてみても、照明の類いはない。壁や、床の白い素材それ自体が淡く輝いているのだ。


(不思議……)

 

 見たこともない素材にラヴェンダーが視線を巡らせる後ろで、ジェイも素材に興味は持ったらしく、ナイフの柄で叩いてみたり、指先で触れたりしていた。自分の端末を使って写真を撮ってみたりもしている。


「……もしかしたら、ものすごいところに来たのかもしれないな」


 写った写真を確認してジェイが呟くので、ラヴェンダーも一度は胸ポケットにしまった端末で写真を撮ってみた。すると、その画面の中で白く見えるはずの壁は虹色に光っていた。


 そんな素材、普通に聞いたことがないし、むしろ放射線を放っているんじゃないかと不安になるが、同じ可能性を考えたらしいジェイが取り出したガイガーカウンターは完全に沈黙していた。つまり放射線の心配はないということになる。

 

 となると、ますます不思議だった。もしかしたら、放射線ほど強くないが、パソコンのモニターをカメラで撮ると波紋が出るように、電磁波のようなものが発せられているのかもしれなかった。


「こっちだ」


 通路の突き当たりの扉をもう一つ開けて外に出たグロウが再び手招きしてくるので、ラヴェンダーはその木の扉をくぐった。


 出てすぐの場所には、巨大な岩の塊があった。人工的に加工され、まっすぐに切り立つ形のその岩を回り、横に出ると、その先には恐ろしく巨大な空間が広がっていた。


 見上げるほど高い白い柱が、左右に二列ずつ、整然と並んでいた。天井は非常に高く、十階建てくらいあるのではないかと思うくらい遠かった。なのに、その天井に当たる部分は一枚の巨大な岩が置かれているのだ。


 扉の目の前にあった岩の前に回ってみると、それは台座だったことが分かった。

 草やツタの彫られたその台座の上にはこれまた巨大な白亜の石像が建っている。


 男性の像のようだった。ただ特筆すべきはその頭で、身体は一つなのだが、その頭は横を向く形で二つついてる。モンスターのようにも見えるが、その佇まいは神々しさも感じられ、何かの神像なのではないかと思われた。


 エリーゼがいれば何か分かったかもしれないが、あいにくここにいるのはオカルトに明るくない人間達である。仕方なく、台座に彫られた何かの文字と、やや引いて、その神像の写真を撮った。


「……誰もいないみたいだな」


 押し殺した声で、ジェイが言う。


「そうね。それにとても、静かだわ」


 同じく抑えた声で頷いたラヴェンダーは一通り台座の回りを見て回ってみた。


 どうやら先ほどの扉が繋がっていた場所は、祭壇のようだった。

 台の左右の隅には、炎の灯った燭台があり、二つの顔を持つ神像の正面にある階段を下りた先には、やはり淡く光る白い岩で作られたテーブルのようなものが置いてあり、その上に酒や食べ物などを模した彫刻が置かれていたからだ。おそらくこの二つの顔を持つ神への供物なのだろう。


「ラヴェンダー、行くぞ」


 ジェイが言って、指を指す。その先にはすでに歩を進めたグロウがいた。慌てて階段を下り、柱に隠れながらその後に続くと、一行はそのおそらく神殿と思われる建物を出た。


 そうして、言葉を失って立ち尽くす。


 そこには、幻想的な光景が広がっていた。


 神殿のそれとは違う、薄い黄色みを帯びた岩でできた建物が、整然と並んでいた。神殿からまっすぐに太い大通りが伸び、その先にまた別の神殿が見えた。けれどその距離は恐ろしいほどに遠いようで、わずかに霞んでいる。


 大通りの脇にある建物は立方体、あるいは直方体を一段、あるいは二段重ねで置いただけの、非常に簡素な作りで、入り口と思われる長方形の穴に扉はなかった。それでも、計画性を持って作られただろうこの都市は、大通りから決められた距離ごとに路地が左右に伸び、碁盤の目状に区画が区切られていた。


 だが、この風景の中で一際目を引くのは、その空だ。

 見たこともない色をしていた。

 

 ラヴェンダー達が出た扉の正面に向かう方角には白い三日月が浮かんでいるが、その空は紫色で明るく白い雲がたなびいていた。

 かと思えば、そこから左の方向に行くに従って空は濃い緑色に変わり、宝石をちりばめたような星が輝いていた。逆に右側の空に向かって行くにつれ空の色は橙に代わり、煌々と明るい日差しが指している。


「……この神殿が、ちょうど中心にあるみたいだな」


 視線を背後にまで巡らせたジェイが呟く。

 釣られてそちらの方を見てみると祭壇の向こう側にも柱が続いていて、その奥に同じような町並みが続いているのが見えた。


 ただ、異常なのはその空だ。恐ろしいほどに深く、濃い闇が落ちていて、神殿の階段を下りたすぐ先から、全ての建物が闇に沈んでしまっている。けれどその際奥の空には金色に輝く、大きな光源がある。


 夜空に太陽が浮かんでいるようなその異様さは、ぞっとするものがあった。


「祭壇の横を通れば、向こう側にもいけそうだが……ちょっと行きたいとは思えないな」


 ラヴェンダーと同じ感想を抱いたのか、ジェイが肩をすくめながら言った。全面的に賛成である。


「なら、どうする? とりあえず、こっちの月が出てる方を探索してみるか?」

「あの終点みたいな神殿まですごい距離がありそうだから、一度に全部は見れないだろうけど、とりあえず、≪テュケーの渾天儀≫だっけ? あれのヒントになるものだけでも探さないとよね」

「そうだな……」


 歯切れの悪い返事をしながら、ジェイが頷く。


「何か気になるものでも?」

「いや、なんでもない」


 ジェイが首を大きく横に振る。何か浮かんだ思いは、とりあえず忘れることにしたらしい。気を取り直して、促すようにラヴェンダーとグロウのの背中を軽く手を当てた。


「行こう。何か面白いものも見られるかもしれない」


 ジェイの言葉に頷いて、一行は長い階段を下りた。


 その階段も不思議な構造をしていて、中央は一段一段がラヴェンダーの背ほどもある階段がついているのに、その両脇に、普通のサイズのちょうどいいくらいの高さの階段があるのだ。


「巨人用の階段かなんかか?」


 階段を下りつつ、壁になっているその巨大な岩の段を拳で叩き、グロウが呟く。


「あながち、間違った推測でもないのかもな」


 それに肯定の意を示しながら、ジェイが続けた。


「やたら出てくるギリシャ神話だが、ゼウス達の世代の前は、確か巨人神族が支配していたはずだ。もしかしたらこの中央の階段はその神用のものなのかもしれない」

「なるほどね。中央が神様用。左右は人間用というわけね」

「下の町の方は、人間サイズだといいんだがな」


 そう告げた、ジェイの懸念は現実のものとなった。


 長い階段を下り、地面に降り立つと、その大通りの大きさ、両側に立つ建築物のサイズは明らかにラヴェンダー達の人間サイズではない。

 試しに近くの家を覗いてみると、中には炉端や家具があったが、どれも見上げるほど大きい。


「……なんか、アリスになった気分だわ」

「Drink Meか?」

「そうそう。そんな感じ」


 冗談を言い合うラヴェンダーとグロウに対し、ジェイは難しそうな顔をして唸った。


「もしこれで、≪テュケーの渾天儀≫がこの街のサイズだったら、俺たちが持ち帰るのは不可能だぞ」

「あっ……確かに。それは、そうね」

「現実的な人間サイズなことを祈りたいが……」


 気づいていなかった可能性を指摘され、ラヴェンダーは眉根を下げた。

 入り口があの階段のため大型重機は入れられないだろうし、そうすると、運ぶのは絶望的に近い。

 エリーゼの言う、すでにシューヴァンシュタイン家がそれを使用した痕跡があるというのだけが、一縷の希望ではあるのだが。


「……この家は、供物を用意するところなのか? テーブルの上に石造りの食べ物が載ってるぞ」


 何かヒントがないかと周りを見回したジェイが、見上げるほどの高さにあるテーブルの上の食べ物を指さす。


「出てきたところが神殿なんだと仮定したら、その周辺に神官の家とか神殿の維持に関わる施設があってもおかしくないわね」

「おい、見ろよ。これ全部、ワインみたいだぜ」


 少し離れた場所にいるグロウが声を上げ、手招きしてくる。


 鼠のようにちょろちょろとテーブルの下を移動すると、壁際には、巨大なワインの瓶がずらりと並んでいた。

 これは食べ物と違い彫刻ではなく、ガラス瓶の中に紅色の液体がみっちり詰まっている。


「すげえなあ、これ、一本の瓶が俺たちが泳げるくらいの量あるぜ」

「彫刻のサイズがここでの正規のブドウのサイズなら、これくらいのワイン作るのは大したことないんだろうな」

「味見できねえかな」


 グロウがきょろきょろと周りを見回し、ワイン瓶に登る足がかりがないかと探し始める。

 ラヴェンダーは呆れかえりながら、それを止めた。


「やめた方がいいわよ。こういうところのものを口にしたら、戻れなくなるかもしれないから」

「どういうことだ?」


 ラヴェンダーのコメントに、ワインを飲もうとしたグロウではなく、ジェイが反応する。

 こんなことも知らないの、と半ば呆れながら、ラヴェンダーは続けた。


「神話って結構そういう話、多いじゃない。冥王ハーデスとペルセポネーの神話がいい例だわ。ハーデスにさらわれた豊穣の女神デメテールの娘、ペルセポネーが、冥界の食べ物であるザクロを四分の一食べたせいで、一年の四分の一は冥界で過ごさなくちゃいけなくなって、それをデメテールが悲しむから、地上には冬が生まれましたてやつ」

「ここが、冥界と一緒と言いたいのか?」

「そうではないと思うけど、でも間違いなく私たちの世界とは違うじゃない? なら、同じルールが適応されてもおかしくないし、何か食べ物を飲み食いすることで、地上世界に帰れなくなるというのは、ない話じゃないと思うわ」

「なるほどなあ……じゃあ、諦めるか」

 

 未練たらしくワイン瓶を眺めていたグロウだったが、さすがに帰れなくなると言われたら諦める気になったらしい。

 

「それにしても、お前ギリシャ神話に詳しいんだな」


 一方ジェイは、至極意外そうにラヴェンダーに問うてくる。


「どこかの誰かさんが、謎かけみたいなメッセージ送ってきたから、いい機会だしってエリーゼ様に借りて、一般的な神話の入った本を読んだのよ。と、いうかハーデスとペルセポネーの神話なんて子供向けの本に載ってるくらい有名なのよ? ジェイは知らなかったわけ?」


 あんな、マイナーな女神の名前を引用してきたのに?


 と、訝しげに見上げると、ジェイは肩をすくめた。


「まあな。あのメッセージは、みんな大好きネット検索で『ギリシャ神話 紫』とか『ギリシャ神話 黄昏』で調べてでてきたの使っただけだし、それに関連する項目しか読んでないからな」

「……呆れた。ロマンのかけらもない」

「ロマンは関係ないだろう。あれは、試金石としての役割が果たせたらそれで良かったんだよ」

「試金石?」

「普通に≪守護者のマリア≫が陶器だと思っていたら、ギリシャ神話の女神の名前で例えてこられたら普通はおかしいと思うはずだ。ただ紫に例えるならアメジストなり、それこそお前の名前のラヴェンダーなり例は色々あるんだからな」


 指を折りながら例を挙げつつ、ジェイは続けた。


「ただ、あえてヘスペリデスを用いることで≪守護者のマリア≫の中のアテナ像の存在を知っている人間にとっては、明確なメッセージになる。こちらは、知っているぞ、というな」

「……なるほどね。どおりでエリーゼ様も、行かないわけにいかない、て断言するわけだわ」

「ついでに、概して『黄金のリンゴ』と言えば、不老不死や特別な力と関わる話が多い。ヘスペリスを引用することで紫の瞳の女に裏社会で囁かれる不老不死になれるという噂を知ってるかどうか、という問いかけようとしたのさ」

「たった一言にそれだけ込めるって、本当どうなってるの、その頭」

 

 今度はラヴェンダーは呆れかえって肩をすくめる番だった。

 たった一文にそれだけの意図を込めたのもすごいが、それを明確に読み解いたエリーゼもなかなかのものだ。

 

「でも、こうなった以上、神話の関係は読んでおいた方がいいと思うけど?」

「そうだな……物語は眠くなるけど、読んでみるか」

「速読でバーッとページめくれるだけで読めて、しかも内容ちゃんと頭に入るんだから、横着しないのよ」


 ラヴェンダーの言葉に、ジェイが肩をすくめて見せた。しょうがない、と言った風である。


 ラヴェンダーからしてみたら、アイリーン=クラークの研究分野の本や論文を読む方がよっぽどしんどかったが、彼の場合は、助長的な物語の方が辛いらしい。

 とは言ってもラヴェンダーの指摘したとおり、彼にとっての読書はページを指ではじきながらすごい早さでめくるだけなので、時間で行ったらたいしたことではない。好き嫌いと言った感覚的な問題なのだろう。

閲覧ありがとうございます。

次話投稿は1月17日16時の予定です。

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