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第8話、東へ


 あなたは無事お仲間ももとへ、だと――?


 慧太けいたは、目の前の銀髪のお姫様が発した言葉を心の中で繰り返した。

 たかだか傭兵ごときの身を案じてくださっている。何もなければ、なんてお優しい姫君なのだろうと、感動してしまったかもしれない。


 だが、慧太はそうはならなかった。

 故郷を魔人軍に奪われたのだぞ? 家族を失ったんだぞ? このお姫さまを慕う部下たちが、彼女を逃がすために戦い、倒れていった。……人のことを心配している場合か!?


 つらいはずだ。悲しいはずだ。兄の死を受け、涙を流した直後のセラフィナ。そんな彼女が無理やり作った笑みは――まるで。


 ぎりっ、と慧太は思わず歯を噛み締めた。


「お気遣いはありがたいがね、お姫様」


 ああ、これ多分、失礼な口の聞き方しているなと思う。日本語でなら、もう少し気を使った言い方もできるだろうが、あいにくと西方語の細かなニュアンスについては自信がない。だが、そんなことを気にしている場合でもない。自然と声に力がこもる。


「はい、そうですかと引き下がるわけにはいかないんだ」


 小首をかしげるセラフィナ。慧太は睨みつける。


「君のお兄さんに頼まれた」


 ああ、くそ。言ってしまった。貧乏くじ確定だ。お姫様を放り出して逃げてれば楽だったのに、わざわざヤバイほうに足を突っ込んでる。


「頼まれたからな、途中で投げ出すわけにもいかない。だから、お姫様が何て言おうが、せめてアルゲナムを出るまでは守ってやる」


 何故、オレは苛立っているのだろう? 決まってる。お姫様が自分の辛いのを我慢して、無理して笑顔なんか向けたからだ。ああ、そうだ、くそったれ。オレはとんだお人よしかもな!


「本気なのですか?」


 セラフィナ姫は、うかがうような声。その青い瞳は、じっと慧太を見上げる。


「……私を助けても、報酬はありませんよ、ケイタ?」

「心配しないでいい。後で請求したりしない」


 慧太は腕を組んだ。セラフィナは少し戸惑ったように視線を迷わせたが、やがて小さくため息をついた。


「おかしな人。……ひとつ、約束してください。もし、どうしても危険な状況になったら、私のことはさっさと捨てて、逃げてください」

「それは――」

「お願いします! ……お願い」


 セラフィナは力なく視線を下げた。


「私のために、誰かが傷ついたりするのは、もう、見たくないから……」


 震える彼女の声。慧太は思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。

 故郷を、家族を、友を、部下を――助けたくても助けられず、ただ逃げることしか許されなかった彼女。どれだけそれが彼女の善良な心を苦しめ、傷つけたか。悔しくて、悲しくて――


 何となく、慧太は察してしまった。もちろん、彼女がどれほど胸を痛めているかはわからない。だが、ここでより苦しめるのはなしだと思う。


「……言われなくても、傭兵ってのは命あってのモノダネだ。やばい時は、さっさと逃げるから、お姫様が気にすることじゃない」


 言葉にすれば、何と薄情で最低なのだろうと思う。だが今のセラフィナには、それが救いにも等しい言葉だった。あからさまに安堵したような表情を見せる彼女に、慧太はばつが悪くなって自身の髪をかいた。……あと、それと!


「……いつまで物陰に隠れているつもりだ? お前たちもさっさとお姫様に自己紹介しろ!」


 慧太が言えば、教会の入り口に、ぬっと影が現れる。セラフィナはビクリとして思わず剣に手を伸ばす。


「大丈夫、オレの仲間だ」


 そう声をかけていると、入り口から入ってきたのは、黒い全身鎧をまとった大男(?)と狐人の金髪少女だった。


『お邪魔かと思いまして』


 全身鎧の大男(?)――シェイプシフターのアルフォンソが、まったく悪びれた様子もなく言った。狐人の少女は、ぴくりとその狐耳を動かしたが、表情は変えない。


「それで、魔人兵は? あとどれくらいでこちらに来る?」

『それなら心配ありません』


 アルフォンソが答えた。


『私とリアナで、敵を全滅させましたから』

「……」


 リアナは無言。頭頂部の狐色の耳だけがひょこひょこ動いた。慧太は「ああ」とか「うん」とか声を漏らす。


「まあ、森だもんな。夜だし、そんなこともあるな、うん」


 傭兵団でもトップクラスの戦闘力を持つリアナに、変幻自在のシェイプシフターが夜闇を利用して戦えば、数にもよるが不可能ではないのが何とも……。

 呆然とした様子で、やりとりを聞いていたセラフィナに、慧太は苦笑を向ける。


「まあ、そんなわけらしい。……お姫様、そっちのデカいのがアルフォンソ。狐人(フェネック)は、リアナ」

『お初にお目にかかります、プリンセス』


 機械的に頷くアルフォンソ。リアナは、コクリと頷くだけで何も言わなかった。


「セラフィナ・アルゲナムです。聖アルゲナム国の王女……でした」


 過去形。聖都が陥落し、もう王族ではないと思っているのか。

 銀髪のお姫様は立ち上がる。少しふらついたが、何とか踏みとどまる。


「えっと、よろしくお願いします……で、いいのかな?」


 困ったようにそう言うセラフィナに、慧太は頷きだけ返した。



  ・  ・  ・



 アルゲナム東部国境。それより東へ向かえばそこはリッケンシルト国。

 魔人軍によって聖都を陥とされ、西方地域は魔人軍本隊の侵入。その脅威から逃れようと思えば、自然と東へと退路は集束する。


 だが、魔人軍は、かつての大戦による宿敵、アルゲナム国の組織抵抗力を徹底的に滅ぼすつもりだった。

 トゥール防壁要塞を第二、第四軍。アルゲナム聖都を第六軍。そして東部国境線には第五軍を送り込み、魔人の国レリエンディールの精鋭七つの軍のうち、四つを一国に投入した。


 アルゲナム東部キネルカル砦。

 隣国リッケンシルトに面する広大な平原地帯を一望できる拠点。ここはすでに、魔人軍の魔獣軍団による奇襲を受け、制圧されていた。


 第五軍の司令官は、アスモディア・カペルという。


 ウェーブのかかった長い赤毛を持ち、こめかみの部分にねじれた山羊の角が生えている。それを除けば、人間の女――それも絶世の美女であると言える。女性としては長身の彼女は黒紫のローブをまとい、さながら魔術師のような姿をしている。


「まだ、アルゲナムのお姫様は見つからないの?」


 艶やかなその声は、かすかに苛立ちがこもっていた。

 聖都を制圧した第六軍から、魔人にとって忌むべき白銀の勇者の聖剣が、セラフィナ姫の手にあるという情報が来ている。その姫は、現在、東部国境を目指し、逃走中であり、第六軍の追跡部隊は、完全に彼女の足取りをロストしていた。


「残念ながら、我が第五軍の捜索隊からも、いまだ発見の報は――」


 青い肌を持つコルドマリン人の女副官が答えた。こちらも青い肌を持つ以外は人間に見える種族である。シスと言う名のこの副官は、スマートだが豊かな胸を持つ美女であるが、同時にアスモディアの愛人でもある。……アスモディア・カペルは女好きの男嫌いなのだ。


「これはよくないわね」


 アスモディアは思わず、真っ赤な唇の端を指で撫でた。

 国境線の封鎖を任務として与えられたアスモディアと第五軍は、国境線から隣国へ逃げようとする者を捕らえ、情報が漏れるのを防ぐためにいる。


「逃げているお姫様と聖剣は、リッケンシルトへ逃げ込む前に何としても捕捉しなくてはならない」

「はい、アスモディア様。現状、アルゲナム制圧を優先している我がレリエンディール軍は、リッケンシルト相手に戦端を開くわけには参りません」

「そう、国境線を突破されたら面倒どころではないわ!」


 第五軍の失態、などと言われかねない。


「シス。東部のアルゲナム軍の拠点になりそうな場所の制圧を急ぐように言いなさい」


 アスモディアは告げた。


「逃げるにしても、少しでも味方がいる場所に現れる可能性が高い。彼女が逃げ込めそうな場所は全部塞ぐのよ」

「はい、閣下!」


 女副官は敬礼した。アスモディアは背中を向け、ふと振り返る。


「国境線の見張りを倍に増やしなさい。もし味方に頼らないことを選ぶような姫だったら、少数での国境突破もありうるわ!」

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