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第34話、別れ


「そっちの黒いののおかげで命拾いしたゾ」


 グレゴは笑ったが、皆一様に表情は暗かった。当然だ、戦闘で片方の足を失った。それが何を意味するのか、理解していた。


「グレゴの旦那……」

「そんな辛気臭い顔をするナ。オマエさんたちは何も悪いことはしとらせん。……ワシがヘマしただけダ」


 失われた足に目を落とし、小さく肩をすくめるグレゴ。セラは何かに耐えるようにうつむき、リアナは淡々と、しかし同情のこもった目を向けている。

 慧太も視線を落とす。何て声をかければいいのか。一生ものの傷を負った者が目の前にいて、励ましや慰めの言葉のひとつもかけるべきかもしれないが、それを口にするのは躊躇われた。


「情けない……」


 グレゴの声。


「オマエさんたちについていく、そう言って集落を出た早々で、この始末。……まったく、情けなくっていけねえ」


 唇を噛み締めるグノーム人。意気揚々と旅立った直後のリタイヤ。……そう、リタイヤだ。この旅で、脚を失うことがどれほどのことか、グレゴもわかっている。


「しかも戦闘中の油断でこの有様。ああもう、いっそ死んだほうが……とは、さすがに救ってくれた黒いのや、オマエさんたちには失礼ダ。が、気分は今すぐ落盤がおきて下敷きになりたいくらいだよ」


 一番悔しいのはグレゴだった。あまりの不甲斐ない結末に苛立ち、しかし自身の不注意が招いたことゆえに怒りをぶちまけることもできない。


「スマン。……本当に、スマン」


 彼の落胆ぶりは相当だった。傷はもちろん、まったく役に立てなかったことに。


「兄弟」


 慧太は彼の前にしゃがむと、その肩に手を当てた。


「……ありがとう」


 ぐっ、とグレゴが泣いた。大の男が悔し涙を流し、誰も声をかけられずただ見守ることしかできなかった。



  ・  ・  ・



「アルフォンソ、分裂しろ」

『わかりました』


 慧太の指示を受け、アルフォンソはその身体を二つにわけた。ひとりは、グレゴに手を貸すと、その身体を背負った。


「じゃあ、旦那。ここでお別れは寂しいが……故郷が近くでよかった。アルフォンソの片割れが、あんたを集落まで送り届ける」

「……あぁ」


 アルフォンソの背負われたグレゴは言葉少なだった。慧太はしばし言葉に迷い、しかし言った。


「あんたは勇者だ。共に戦えないのが残念だ」

「あぁ、ワシも残念だ、兄弟」 


グレゴは落ち込んでいる。


「旅の無事を祈っておるゾ」

「ありがとう。あんたも達者でな」


 慧太が頷くと、セラがグレゴに歩み寄る。


「お元気でグレゴさん。……その」


 何か言いかけた銀髪のお姫様。だがぐっと、言葉を飲み込むと、泣きそうな顔で手を差し出した。


「あなたのことは忘れません。こんな私に尽くしてくれようとしたこと、払った代償。あなたの気持ち……その思いと共に」

「……泣かせるでナイ、勇者殿。非力なワシを許してくれ」


 幸運を――固い握手をかわす。

 やがて、アルフォンソの片割れに背負われ、グレゴは去っていった。慧太とセラは、その背を見送り手を振った。


「……よく我慢したな」


 慧太は、呟くように言った。


「君、旦那が足を失ったのは自分のせいだと言おうとしたろ?」

「……えぇ。でも、言えませんよ」


 セラはうっすらと浮かんだ涙を拭う。


「それは、グレゴさんに失礼だから」


 アルゲナムの姫を守り、送り出した者たちがいる。傷つき、命を落としていった者たちを思い出せば、セラはとても悲しくなる。悔しくもあり、自分が許せなくなる。

 だから、グレゴが片足を失う、生涯残る傷を負ったことも、自分が巻き込んだせいだ、とセラは思うのだ。

 彼があんな悔しい思いをしたのも、そもそも、セラと出会わなければ、心身ともに深い傷を受けることもなかった。――私の、せいで。


 だがそれを口に出すことは、志半ばで離脱を余儀なくされたグレゴにはもちろん、倒れていった者たちへの侮辱になりかねない。強制したならまだしも、各々自らの意思でそうした者たちの気持ちを踏みにじる行為だ。


「でも……」


 セラは言いかけるが、慧太は遮るように言った。


「これでよかったんだ。同情して旦那をこれ以上連れて行っても、余計に苦しませるだけだった……」


 片足を失った彼を周囲がフォローすればするほど、足手まといになっている現実を嫌と言うほど思い知らされ、さらに病んでいく。


 ――ワシはな、オマエさんらのためなら命なぞ惜しくナイ……そう思ったンダ。


 豪快に笑うグノーム人。その笑い声が、耳にこびりつく。


 ――兄弟!

 

 悔しいだろうな、オレも悔しい――グレゴのことを気持ちを思うと胸の奥が痛んだ。付き合いにしたらほんのわずかな出会いだったのに、こうも苦しくなるなんて。


「さようなら、兄弟」


 また会う日まで。

 生きていれば、また会うこともできるだろう。その時は――言いかけて口をつぐむ。慧太はセラを見た。


「いつか、グレゴの旦那にまた会いに行こうな」

「ええ。……そうですね」


 セラは頷くと、グノーム人の去っていた方向に向き直ると瞑目した。


「行こう」


 慧太は促した。黙って周辺を警戒していたリアナとアルフォンソに合図を送り、四人は先を急いだ。



  ・  ・  ・



アルフォンソの片割れは、ゆっくりとした歩調で、グノームの集落への道を進んでいた。背中のグレゴは、ずっと押し黙っている。

 はてさて、どうしたものか――アルフォンソの分身体は考える。


「おい……黒いの」


 唐突に、グレゴが声を発した。


『なんでしょうか?』

「オマエさん、人間ではないようダガ……」

『とても今更ですね』


 だが待っていた問いでもある。アルフォンソはさして気にすることなく言った。


『私は、慧太の使い魔的な存在です。人間でも獣人でも亜人でも魔人でもありません。強いて言えば、化物の類です』

「お、おう。……分裂しおったもんナ。ワシはあの時、足のことで頭が働いとなかったが、よく考えれば、驚くべき場面だった」

『私は分身体ですから。本体がアルフォンソ、私はアルフォンスと言います』

「……? 何が違うんだ?」

『ソとスが違います』

「……なんだって?」


 渾身のジョークだったのだが――しかしアルフォンソは兜の奥にある表情に変化はない。もっとも外から見る分には、影になって顔すら見えないのだが。


『それはさておき、グレゴさん。私の主人である慧太から、ひとつ提案を言付かっているのですが、聞いていただけますか?』

「なンダ……? どうせすることもないし、聞いてやるゾ」


 どこか投げやりな調子でグレゴは返した。片足を失ったショックで、その精神構造は通常のそれとは言い難いのだろう。

 アルフォンソの分身体は淡々と告げた。


『あなたの失った足について、元に戻るかもしれない手立てに心当たりが』

「なンダと!?」


 グレゴが背中で身体を起こした。バランスが崩れかかるが、アルフォンソの分身体は揺らぐことなく支え、歩き続けた。


『ちょっとした義足なのですが……もしかしたら、歩くことはおろか走ることすら可能になるかもしれません。もちろん何もかも上手くいけばですが』

「失敗することもある、と……?」

『その時はただの義足になるでしょう』

「ふむ……それなら否応もないのではないか?」


 グレゴはアルフォンソの肩を強く握った。


「で、その話、詳しく教えるンダ」

しばらく隔日更新です。

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