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第33話、水晶に潜むモノたち


 飛翔音が連続し、矢が飛来する。慧太けいたはセラとリアナがすでに姿勢を低くしているのを確認し、護衛対象であるセラのもとへ駆け寄る。


「いきなり攻撃されるなんて」


 セラが銀魔剣を手に、矢の発射地点を探る。大水晶の影から窺うが、薄暗いあたりにいるのか敵の姿が見えない。だが矢は飛んでくる。慧太は首をかしげた。


「よく見えない……リアナ!」


 狐人の少女はその場にしゃがみこみ、その碧眼は鋭さを増していた。手には弓を保持し、相手の居場所を探っているようだった。もう少し遮蔽に近いところにいたほうが――慧太が一言指摘しようとすると、スッとリアナが矢を取り弓を構えた。


 矢の軌道を追う慧太。セラも注目するが、途中でその矢が見えなくなり……「ぎゃ!」と鳴き声のようなものが闇の中から聞こえた。


「当たった……!?」


 セラが自信なさげに言えば、慧太は思わず微笑した。


「リアナなら当てるだろうさ」


 例え見えてなくても、訓練した狐人(フェネック)は音だけで相手の位置を割り出す。リアナが二射目を放った。暗闇からまたも悲鳴が上がる。


「さすがだリアナ。敵は? あと数は?」

「狼系の獣人」


 リアナは弓に矢を番える。


「たぶんゴバード。……十数体ほど」


「グレゴさん!」とセラが声を発する。

「右側! そちらに近づいてきてます!」


 視線を向ければ、陰になっている部分を飛び出し水晶を避けながら、移動する人型が三、四体ほど駆けてくるのが見えた。グレゴは大水晶を盾に接近する敵を見つけると、ベルトの爆弾を手に取った。


「ゴバードめェ! これでも喰らエェ!」


 矢が飛来する中、グレゴは力強く爆弾を放った。だがそこで一つの不運が起きた。爆弾が思いがけず近くで爆発したのだ。飛来した矢が爆弾に当たったのだが、当然ながらそれを目で追えた者はいなかった。


 ぬおっ、と声をあげグレゴが大水晶の裏で倒れた。


 だが接近するゴバードにも予想外だったのか、唐突に彼らは引き返し始めた。その後をリアナの矢が追い討ちをかける。

 敵が退散したので、その隙に慧太は倒れているグレゴの元に駆け寄る。


「グレゴの旦那!」

「……」


 まさかひどい怪我でもしたのか。返事がない。


「旦那! ……旦那?」


 屈強なグノーム人はうつ伏せ状態だったが、頭は上がっていた。死んでないし、それどころか意識もあるようだ。驚かせやがって――慧太は呆れも露に近づく。


「何やってるんだ、旦那」


 グレゴは振り返らない。右手の人差し指を上げ『静かに』と合図しているようだった。一点を見つめていた彼は唐突に匍匐(ほふく)全身を始めた。


「……上物ダ」


 そっと手を伸ばしたグレゴは十テグル(センチ)ほどの水晶を掴む。彼は振り返り、にんまり笑った。


「旅の途中、美味いもんが食えるかもナ」


 地底暮らしのグノーム人が上物というからには、それなりに値の付くような代物なのだろう。金になるものに目がくらんだ、といえば呆れもするが、あくまで仲間のことを考えてのことと思えば、かえって微笑ましくもあった。


 グレゴが水晶(クリスタル)を手に立ち上がった。満足げな表情で、それをツールベルトのポーチへとしまおうとする。


 その時、背後の大水晶が動いた。慧太は錯覚かと思い、目を瞬かせれば、水晶を背おったそれがのっそりと――しかし突然のように――現れた。


「旦那、後ろ!」


 とっさに叫んだ。グレゴはギョッとした顔をして、振り向く。反射的とはいえ、その場を動こうとしたのが功を奏し、『それ』が伸ばしたハサミ状の腕に挟まれるを回避した。だが直後に腕を振り回したのに巻き込まれ、『それ』の真正面に倒れてしまう。


 直後、仰向けになったグレゴの身体に、真上から巨大な水晶の塊が落下してくる。直撃すればいかに頑強そうなグノーム人と言えどただではすまない。

 その一撃がグレゴの腹を直撃するまさにその寸前、何かが彼の首根っこを捕まえてひっぱった。


 アルフォンソだった。漆黒の全身甲冑をまとう重戦士は、迫りくる水晶の塊からグレゴへの腹部の直撃から救った。だが――


「ぐぉぉっ!?」 

「グレゴの旦那!」


 間に合わなかった。グレゴの左足が塊に潰される。


 慧太は目の前の光景に一瞬、呆然としてしまう。


 瞬きの間に起きた出来事――水晶を擬態に使っていた大型生物――クリュスタ・スケルピオスがその偉容を現した。 


 クリュスタ・スケルピオスは無数の水晶を背負っている。頭頂部の高さは約一ミータ(メートル)半程度と低いが、砕けた水晶の塊をつけた尻尾まで含めると約四ミータほどにもなる。本来は地面の窪みにその身をうずめ、背中の水晶はあたかもその場に群生しているように見せかける。


 グレゴを奇襲し、強烈な尻尾のハンマーを叩きつけたスケルピオスは、グレゴを引きずるアルフォンソを逃すまいと前進を始める。


 慧太は手に斧を持ち、突進した。小さな水晶がびっしりついたスケルピオスの腕。見るからに硬そうな外殻。案の定、慧太の斧は硬質な音と共に容易く弾かれ、傷一つつけることができなかった。


 スケルピオスは攻撃の手を慧太に向ける。二本のハサミのある腕を突き出す。鋭く尖った先端で慧太を刺そうというのだろう。

 慧太は後退しながら斧を手早くダガーに変え、スケルピオスの突きを刃に滑らせるように逸らす。……たまらなく重いのを二発。ヘタすれば容易く力押しでひっくり返されそうだった。


「ケイタ!」


 セラが駆け寄ろうとしている。リアナは矢をスケルピオスに放ち、その頭部に当てたが、小さく身じろぎさせた程度で倒すには程遠かった。


「グレゴの旦那を頼む!」


 慧太は叫んだ。

 アルフォンソにひきずられるグレゴ。意識はあるがその表情は苦痛に歪んでいる。何より、彼の左足がなくなっていた。地面に一列の血の跡が刻まれる。スケルピオスの一撃に脚がつぶれ、引きちぎられてしまったのだ。


「ここから連れ出して手当てを! 急げっ!」


 セラが立ち止まる。慧太の援護とグレゴの治療――セラは即断した。倒れたグレゴの元に駆け寄る彼女を尻目に、慧太はスケルピオスの尻尾が震えるのを視界に捕らえ、頭上から迫るそれを瞬時に飛び退いてかわした。


 ズガァッ、と砕けた水晶が先端についた尻尾が地面を抉る。一発打って、すぐに尻尾を振り戻すと、スケルピオスはまたも尻尾を叩きつける。二発、三発……慧太はその都度、後ろへ飛び退く。


 ――畜生……!


 喰らったら人間程度一撃であの世行きだろう。あんなものをグレゴは喰らったのだ。慧太はふつりと沸いた怒りを感じる。


 ――どう攻める……?


 全身に水晶を生やしたり乗せている大サソリ。背中に飛び乗って刺す叩くは、表面にびっしり生えた水晶のせいで効果は薄そうだ。


 ハサミ状の腕、水晶の尻尾の立て続けの攻撃。慧太は後退を繰り返す。グレゴや治療するセラから大サソリを引き離す。しかし同時に攻め手が浮かばずにいる。


 ちら、とセラを見やる。彼女は治療に専念していて、こちらに背を向けている。……シェイプシフターの能力を使っても見られる可能性は低いか?


 リアナは大水晶の上を足場に、つかず離れずの距離で慧太とスケルピオスを追っている。彼女にしても矢が効果的ではないのがわかっていて、攻撃の手が浮かばないのだろう。ただ慧太に何かあった時に備えて援護できる位置はキープしていた。


 守りは堅い。こちらは打撃不足。セラが使う光の一撃なら、スケルピオスの装甲を抜けるのではないか――駄目だ。今はグレゴの治療が第一だ。


 ――仕方ねえ……!


 スケルピオスの足をもぎ取る。

 動けなくなれば、例え倒せなくても脅威にはならないだろう。

 慧太は後方数ミータへ大跳躍。距離を稼いで着地すると地面に手を付き、自らの分身体、その影を分離させる。スケルピオスは四対の足を小刻みに動かし迫る。


 ――動きが蜘蛛みたいでキメぇんだよ……!


 分離した影が地を走る。接近するスケルピオスの真下へ潜り込むか否かの瞬間、慧太は『拳で突き上げる動き』をイメージする。影は下から巨大な『拳』の形となり、スケルピオスのアゴ下からのアッパーカットを叩き込んだ。


 全長十ミータ近い巨体が、一秒のあいだ宙を浮き、その足が完全に止まった。スケルピオスの真下に潜り込んでいる影――分身体は、八本の触手を伸ばす。それぞれ先端をハサミ状に変化させると、関節部分から足を切断した。

 ズンと巨体が地面に沈む。残るハサミ状の腕を動かすが、それも無駄な抵抗だ。分身体は触手を絡め、スケルピオスのハサミ腕を押さえる。


「……」


 慧太はゆっくりと歩き出した。もがくスケルピオスに正面から。


 ――墓場モグラ=マクバフルドの時のように喰うか? いや、ちょっと影が足りないか? ……まあいい。目には目を、ってことわざあるよなぁ……。


 ふつふつと怒りがこみ上げる。


 ――よくも、オレの兄弟をやってくれたよなァ!


 自身の身体を構成する要素を操作し、斧を(ハンマー)へと変化させる。それは両手で保持してもなお重く、常人が持つことが困難とさえ思える大鎚と化す。


「なあ、サソリ野郎……」


 慧太は悠然と近づく。スケルピオス、そのドタマを叩ける位置まで。

 スケルピオスの水晶付きの尻尾が動く。一撃で慧太を叩き潰そうと――


「るせぇっ!」


 すでにその動きは予想済み。慧太が巨大ハンマーをスイングすれば、飛来した水晶付き尻尾と正面からぶつかり――スケルピオスの尾の先端を弾き飛ばした。

 きしむような悲鳴。ちぎれ飛んだ水晶付きの尾は、他の大水晶にぶつかり地面に落下する。足をもがれ、武器である尻尾を失ったスケルピオスに、もはや対抗手段はない。


「覚悟しやがれ……っ!」


 大鎚をスケルピオスの頭部に叩きつけた。水晶の突起ごと巨大サソリの頭を押し潰す。体液が口から頭の亀裂から飛び出し、慧太の靴を汚した。


 熱い吐息が漏れる。慧太はスケルピオスを仕留めた。動かなくなったそれから目を逸らし、リアナの無事を確認。そして――グレゴと彼を手当てするセラ、それを守るアルフォンソのもとへ足を向ける。

 治療はもう終わっていた。 


「よぅ……小僧」


 にやり、と笑ってグレゴは手を挙げた。

 だが彼の左足は、もはやはない。

あの時、いなかったもう一人が運命を変える。



しばらく隔日投稿の予定です。

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