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第32話、クリスタルトンネル


 グノーム神殿の最深部。光の届かないその場所は本来なら暗闇に包まれているのだが、そこに一つの光球が浮かんでいた。白い光を放つ魔法の球は、いにしえの神殿の壁面に残る模様を浮かび上がらせている。


「ツヴィクルーク……」


 漆黒のフードローブをまとった小柄な人物がいる。それは少年の声。


「本物のツヴィクルーク」


 フードを被り、その顔を隠す少年は呟いた。


「ボクらは残念ながらお前を作ることができなかった……」


 すっと手を伸ばし、壁面の模様――本物のツヴィクルークとされる図を撫でる。


「次に作る時はもっと似せて作るよ。……そうだね、口から腐敗液を吐き出すとか……飲み込んだ奴をすぐに吸収できるように、とか」


 くくっ、と少年の声は笑う。


「それにしても……あの白銀の鎧――例のアルゲナムの勇者、か?」


 まるで誰かに話しかけているようだが、神殿最深部には他に誰もいない。完全に、彼の独り言だ。


「綺麗な人だったね」


 絡みつくような声を吐く少年。次の瞬間、光球が消え、同時に少年の気配もまた消えるのだった。



  ・  ・  ・



「さあ、こっちダ! キビキビ行こう!」


 グノーム人のグレゴが、正式にライガネン王国への旅路に加わった。


 慧太はセラにお伺いを立てたが、彼女は逆に「ケイタはどう思いますか?」と聞いてきた。グレゴが笑顔で慧太と肩を組んで見せれば、嫌とか駄目とか言えるはずがなかった。


 グレゴはグノームの兜を被り、ポーチ付きのツールベルトに爆弾ホルダー付きベルトを二枚。盾と鎚を持って先頭に行く。セラ、慧太、リアナ、アルフォンソの順でグノーム人の後に続きながら地下の坑道を行く。


「本当なら、このあたりを案内したい所ダガ、先を急ぐみたいだからナ」

「観光できる場所があるのかい、旦那?」

「あるゾ。地底湖とか、グノーム神殿とかナ」


 神殿――例のツヴィクルークとやりあった場所にあった地下建造物だ。そういえば立ち寄る暇がなかった。


「まあ、次に来た時な」

「ガッハッハ! 次なんてあるのカ?」

「あるだろう……なあ、リアナ?」


 慧太が後ろの狐少女を見れば、無表情な彼女には珍しく目が輝いていた。


「うん。グノームの矢、もらった」


 腰に下げる矢筒。一度は消耗した彼女の矢だが、グノーム人から無償で手に入れたのだ。グノーム特製の矢尻は鋭く貫通力に優れる。普通に手に入れようとしたらそれなりの金額を覚悟しなくてはならない。


『やはり武器となると機嫌がいいのですね』


 アルフォンソが、狐人の暗殺者を見やる。表情がないシェイプシフターだが、口調からすると苦笑しているのだろう。

 リアナは淡々としているが、戦闘狂などと言われるほど戦いが好きだったりする。


「すまねえなグレゴの旦那。売れば金になったのに」

「なに、オマエさんたちには世話になったからナ。あれくらい安い安い」


 グレゴはベルトポーチから手のひらサイズの携帯式魔石灯を取り出すと、兜の額部分に取り付けた。パッと明かりが点り、さながら工事用ヘルメットにつけるライトみたいだった。


「ここから先は、魔石灯のガイドがないンダ」


 グノームの洞窟に設置された明かりがなくなる。光は途絶え、洞窟の先が魔物の口の中のように深淵を覗かせる。


「オマエたちも、足元が不安なら携帯用の魔石灯つけるンダ」


 彼ら地底暮らしの亜人からもらったのは、リアナの矢だけではない。手に収まる小型の魔石灯を複数――青や黄、赤、緑と種類があって、装飾としても使えそうなカラフルなラインナップが自慢らしい。照明はもちろん、お土産にも非常用の換金品にも使える。


 グレゴが照らす洞窟内を進む。どれほど歩いたか、おそらく一時間も歩いてないだろうが、やがて広い空間に出た。しかも、かすかに明るい。


「光が……」


 セラが空間の上方より照らす光の筋を見やる。随分と広い穴に出たようだが、光が差し込む場所以外は暗く、その天井となる地面もかなり高い位置にあるようだった。


「……綺麗」


 セラの声。天井を見上げていた慧太は視線を下ろせば……そこには光に反射してキラキラと光っている水晶が、さながら森のように広がっていた。

 空間の入り口は丘の上のようにやや高い位置にあったために、数歩進まなければ見えなかったのだ。


「旦那……これ全部」


 慧太があんぐりと口を開けると、グレゴは肩に大鎚ハンマーを担ぎながら歩き出した。


「ここはクリスタルトンネルと呼ばれてるンダ。……グノームの集落にあった魔石灯の素材もここから採ってる」


 緩やかな傾斜を下っていく。地面から切り立つように群生しているクリスタル。数テグル(センチ)程度の小さなものから二ミータ(メートル)ほどの巨大なものまで、無造作に生えているように見える。空間全体は薄暗いのだが、遥か上の天井から差し込む光のおかげでクリスタルも光っていた。

 物珍しさが先行して、つい慧太は周囲の景色を眺める。もちろんただ眺めるだけでなく、何か動くものがいないか見ていたが、生き物の姿は見えなくて。

 セラが口を開いた。


「綺麗ですけど……何だか寂しいですね。肌寒さを感じるというか……」

「ダガ気をつけろよ。綺麗な水晶に見えて、蟲かもしれんからナ」


 グレゴはやや脱線するように向きを変え、近くの水晶がいくつも突き出している場所で足を止めた。


「例えば……コイツ」


 グレゴはハンマーを軽く振り、目の前にある石のような形をしたクリスタルを横から叩く。するとそれは『カン』といい音を立てたと思うと地面から抜け――いや、ひっくり返った。


「!?」


 一瞬、慧太もセラも絶句した。ひっくり返った水晶の裏で、わしゃわしゃと無数の足が動いていた。……気持ち悪い。


水晶虫(すいしょうちゅう)ダ。まあ、コイツ自体は死肉しか食わんから危険は少ないガナ。……背負ってる水晶は素材としては良質だから、水晶採りだったら殺したンダがナ」


 グレゴは、もがいている水晶虫を横から叩いて起こしてやる。そそくさとその場を離れる水晶虫。少し離れたところで止まりうずくまると、周囲とほとんど見分けがつかなくなった。


 セラがゴクリと喉を鳴らした。綺麗な水晶の森だと思っていたものが、薄ら寒さを覚える場へと変わったからだ。

 慧太も静かに息を吐く。このクリスタルトンネルには、気づいていないだけで生き物が多く隠れているのではないか……。


『油断は禁物ですね』


 アルフォンソが慧太の心境と同じに達したのか、そうコメントした。ああ、まったくだ。

 先頭を行くグレゴが足を止める。視線の先には人――いや、すでに白骨化した頭蓋骨が水晶脇に落ちていた。


「人……」


 セラがぽつりと呟く。グレゴは片ひざをついて遺体を検分した。


「クリスタル泥棒の成れの果てダ」

「頭だけ?」


 慧太もそれを覗き込む。グレゴは頭蓋骨を持ったまま、周囲に視線を走らせる。


「身体は喰われたな。水晶虫(すいしょうちゅう)か……もっとでかい奴か」

「でかい奴……?」

「例えば、水晶サソリ(スケルピオス)とか」


 スケルピオス? ――慧太は改めて水晶の群生した周囲を見渡す。


「でかいって、どれくらい?」

「墓場モグラぐらい」

「マジかよ……」


 慧太は、自身の影に取り込んでようやく倒した巨大土竜を思い出し顔をしかめた。


「それだけでかけりゃ、気づくか」

「いや、身体が水晶に覆われているから、案外近くにいても気づかないことがある」


 グレゴは立ち上がると数歩移動して、うなずいた。


「身体の残りがあったゾ。……この荒らされ具合は、水晶虫ダナ。そして――」


 グノーム人は折れた矢のようなものを拾って見せてきた。


「ゴバードの矢ダ」

「ゴバード?」


 そういえば前にもその名前を聞いた気がする。グレゴは矢を足元に放った。


「犬ダカ狼ダカに似た獣人ダ。……知らんのカ?」

「獣人博士じゃないからな」


 慧太が皮肉れば、グレゴは首を横に振った。


「このクリスタル泥棒は、きっとゴバードにやられたンダ。奴らが身包み剥がして放置したところを、水晶虫が喰っちまった……そんなところダろうナ」

『えげつないですね』


 アルフォンソが淡白に言えば、リアナはポツリと呟いた。


「狼はキライ」

「ワシもゴバードは嫌いダ」

「ちなみにゴバードって……伏せて」


 リアナが警告を発した。直後、ひゅんと風を切る音と共に、グレゴの頭ひとつ横を矢が通過した。ギョッと目を丸くし、慌てて近くの水晶の影に飛び込む。


「どうやら、お出ましのようダ」


 グレゴが憎々しげに言った。

一度は行きたいクリスタルトンネル。


次回更新は明後日の予定です。

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