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ロード オブ フロンティア ―― 次元最強の転生者  作者: 湯煙
第一部 グランダノン大陸編 第一章 序章
3/99

3、恐れられる者


 翌朝、まだ日が上らないうちに起き、泉の森へ行く準備を始めた。

 サラは簡単な朝食を作り、昼食のお弁当まで用意してくれた。


 山を登る時は俺の転移を使うが、それ以降は歩きで向かうことを確認した。

 ベアトリーチェとマルティナも、俺の体力消費が激しいと聞き了解してくれた。

 

 準備を終えた四人は山の頂上まで転移した。





 ハァハァ……。


 ゼェゼェゼェ……。


 しゃがんで息を切らしてる俺は、少しだけ休ませてくれと伝えた。

 

 岩に座ってると、これから日がのぼるところが見えた。

 遠くに見える山の陰から日差しが徐々に強くなる様子。

 夜の黒い空が、紫に変わっていく。


 「綺麗だ……」


 俺はつぶやく。

 皆黙って空の色が変わるのを見守っている。


 雲の色が灰色から赤へ、赤から白っぽく変わっていく。

 影となった山肌だけがまだ黒い。


 こういった風景は過去に何度も見た。

 砂漠で、海で、今と同じく山で。

 それぞれに違う美しさがあった。


 何度見ても、綺麗だ。


 美しいものを美しいと感じられる時は幸せな時だ。

 気持ちに余裕が無いときはどんなに美しいものを見てもその美しさに心を染めることはできない。感動もできない。少なくとも俺はそうだ。

  

 これから大変なことがあるみたいだが、それでも今の俺には余裕があって幸せなんだろう。


 陽の光に照らされるサラの横顔を見ながらそう思った。

 二人とももっと幸せにならなきゃな。 


 「俺はもう大丈夫。さあ行こう」


 俺達は目前に広がる明るくなり始めた泉の森を目指して山をゆっくりと下り始めた。



 




 ◇◇◇◇◇◇




 俺とサラの目の前には、この辺りで生活するエルフの長、ベアトリーチェの父親アルフォンソが居る。その横には、アルフォンソの家族が並んで立っている。


 俺とサラには木製の椅子が与えられ、それに座ってアルフォンソの話を聞いている。話の内容は昨夜ベアトリーチェが説明してくれたものとほぼ同じ。ベアトリーチェの話に無かったのは敵勢の詳細。


 敵勢は、オーガ二百名を中心とした総勢五千の魔獣部隊。

 こちらは俺とサラを加えたエルフ三百名ほど。


 うん、数だけで言えば話にならないね。

 でも、オーガとは戦ったことがないからちょっと慎重になるけど、話を聞く限りでは魔力が強いわけでもなく、力が強いだけではないかと感じた。魔獣なら五千が一万でも負ける気はしない.

 

 逃げられないように戦う場所さえ選べば問題ない。


 アルフォンソは、こちら側のエルフには攻撃系魔法を使える者は百名ほど、支援系魔法を使える者が百名、治癒・回復魔法を使える者が五十名ほど、結界魔法を使えるのは僅かだと説明した。


 地図を見せて貰いながら、敵の進行ルートを確認する。

 さほど深くはないが谷間を通る地点を指差し、この地点へ到着する予定はいつなのかを聞いた。


 「今晩か明日の朝には、通過するだろう」


 「では、結界魔法を使える方を四名を選んでください。その方達と俺とサラがそこへこれから行きます。今から行けば確実に敵の通過前には到着するでしょ? 」


 「ああ、偵察の者の報告では、そこに到達するのは早くても今晩だからな。しかし、君の案では少なすぎるのではないか? 」


 まあ、心配するよね。

 敵の侵攻を結界で抑えても、四名じゃさほど長くはもたない。

 そもそも敵を減らす手段を伝えていないのだから、怪訝な表情するのも当たり前だ。


 「その谷で俺が敵を殲滅します。ですから、俺に同行する方の他は、谷から逃げた者の掃討の準備をしてください。もし俺が失敗しても、その谷からならここまで敵の侵攻が進む間に逃げる時間はあるでしょう」


 でも心配はいらないですよと添えた。


 「兄に任せていただけませんか? できないことを言う兄じゃありません。と言っても兄の力を見たこともない皆さんは心配でしょうね。本来ならお見せした後のほうがいいのですが、今は時間がありません。兄が言った通り、失敗しても逃げる時間はあります。ですから、結界を張る方の他に状況をすぐ報告できる方を一人お連れできればと思うのですが……」


 サラが俺の案を後押ししてくれた。

 大丈夫、サラの信用を裏切ることはない。


 「お父様。結界魔法でしたら私が行きます。残りは私が選びます。そして、ランベルトお兄様に同行していただき、状況の確認とお父様たちへの報告をしていただけたなら良いのではないでしょうか? お兄様は誰よりも早く移動できる方です。いかがでしょうか? 」



 ベアトリーチェの発言を聞き、アルフォンソは考え、そして決断した。


 「宜しい。ゼギアス殿の力の片鱗を見たベアトリーチェが言うのだ。ゼギアス殿の案を採用しよう。ランベルト、お前も同行しなさい。ベアトリーチェ、お前は結界魔法要員を選びなさい。いずれにしても他の部族からの援助が期待できない以上、ゼギアス殿の力に縋るしかないのだ。ゼギアス殿が申されたように、避難の準備だけは怠らないように。それはブリジッタ、お前がやりなさい。最年長のお前なら顔も広く、皆も指示に従うだろう。では、ゼギアス殿、サラ殿、宜しくお願いいたします」


 うわぁ、まがりなりにも部族のリーダーから殿とか言われちゃった上に頭まで下げられちゃったよ。


 傭兵時代にあった貴族とは違うね。

 貴族なら、命令は聞いて当然って態度だったものな。

 宜しくお願いなんて言われた記憶もない。


 そもそも部族のリーダー自ら戦況説明してくれたのが驚きだ。

 通常は、部下の誰かが説明する。


 「お任せください。こちら側の被害は出しませんよ」


 立って頭を下げる。


 「お兄ちゃん、力は加減するのよ? 敵の殲滅程度で抑えないとダメよ? 」


 サラが心配して小声で俺の無茶を止めようとしてる。

 ああ、判ってる。谷を大きく壊すような真似はしない。

 多少は仕方ないけどね。


 「安心しろ。判ってるからさ」


 ・・・・・・

・・・


 「聞こえたか? 力を加減しろとあの者の妹は言ってたぞ」


 ベアトリーチェの兄ランベルトが疑いの声を出した。


 「もし本当なら、ベアトリーチェ、お前はどんな化物を連れて来たのだ」


 アルフォンソも疑ってる様子がありありと判る態度で口にする。

 しかし、ベアトリーチェの態度は毅然としたままでゼギアス達への信頼を少しも損ねたところがない。


 「お父様、お兄様、私は信じますわ。マルティナ、ラニエロ、二人共私に同行してください。マルティナ、あと一名結界魔法を使える者を連れてきてくださいね」


 マルティナとラニエロの二人は跪き、了解の旨を伝えた。




 

◇◇◇◇◇◇





 谷までは馬を借りて急いで向かった。

 敵の到着には時間があるけど、地形を十分確認したかったのだ。


 「これなら問題なさそうだな」


 谷の両側はかなり高く五十メートル以上はありそうで、傾斜もきつい。

 敵が登って逃げるのも難しそうだ。


 谷の幅もそう広くない。

 せいぜい百五十メートルってところ。


 その上、こちらより向こう側のほうが狭い。


 うん、敵を迎え撃ち殲滅するには理想的。



 「敵の姿が見えたら、結界を俺の後ろに展開して、泉の森方面への敵の逃亡を防いでください。二名交代すれば、三時間程度は魔法使えるでしょ? 」


 ベアトリーチェを代表とする結界魔法を使う四名へ説明する。

 

 「ええ、三時間なら無理なく使えますが……」


 ベアトリーチェはホントにそんな時間で大丈夫と言いたそう。


 「ご心配はいりませんよ。兄なら三時間も時間かけませんから。せいぜい1時間ってところだと思います」


 サラが俺の能力を認めてくれる。

 力が入るね。

 あ、加減しないと怒られるな。

 忘れちゃいけない。


 ベアトリーチェの兄ランベルトと侍従のラニエロは疑いの目を向けている。

 マルティナも信じきれないようだ。


 うん、不思議じゃないよね。


 付き合いのある里の人も、崖崩れの後処理をした時、こいつは誰だって顔してたもの。でもサロモンのことを知っていたから、サロモンの子なら有りだねと納得してた。


 逆に、ベアトリーチェが何故そんなに簡単に俺を信用してくれるのかのほうが不思議。


 サロモンから俺達兄弟のことを何か聞いてたのかな?


 まあ、いい。


 このトラブルが終わった後で聞いてみよう。



 「あの、敵の到着が明日以降になりそうな時は、一旦帰ってもいいですからね? 私とお兄ちゃんは残りますけど」


 ああ、なるほど、サラの言う通りだ。

 敵がまだ来ないのに、姫様や皇子様を長い時間待たせるのは申し訳ないよね。

 

 「いえ、一緒に待ちます。一晩や二晩くらいどうということもありません」


 ベアトリーチェがそういうと、兄のランベルトも頷く。


 ベアトリーチェはともかくランベルトは、俺とサラが逃げるんじゃないかと心配しててもおかしくはない。変に疑いを持たれるのも気分が良くないな。


 「では一緒に敵を待ちましょうか。でも偵察の方が戻るまでは身体を休めてくださいね」


 サラは笑顔で伝える。

 その様子にはどこにも心配という言葉が見当たらない。

 

 「じゃあ、サラ。偵察が戻ったら起こしてよ。俺も休んでおく」


 谷の手前にある草むらに腕を枕にしてゴロッと横になり目をつぶる。

 


 「サラ殿、今更こんなことを言うのは間違ってるのだが、本当に大丈夫なのでしょうか? 」


 この声はランベルトだ。

 俺に気遣って声を抑えている。

 

 「口で言っても信用できないのは仕方ありませんね。では、こちらに来てください」


 サラがランベルトを連れてどこかへ行く。

 敵が来るまで時間があるようだし、力をちょっと見せるんだろうな。


 俺と比較すると確かにサラの攻撃系魔法は強くない。

 だけど、そこらの高等魔術師程度と比べたら圧倒的な力を持っている。

 これから起きることにしたって、俺の代わりをサラが務めても問題なくこなせるだろう。


 龍気を使うなら、持続時間は体力次第ではあるけど対人戦闘でもかなり強いはずだ。


 そんなことを思ってるうちに睡魔がやってきた。

 俺は意識を眠りにまかせた。





 

◇◇◇◇◇◇



   


 「お兄ちゃん、起きて。偵察が戻ってきたわよ。お仕事、お仕事」


 俺の身体をサラが揺らしながら声をかけている。


 「ああ、判った」

 

 身体を起こすと毛布がかけてあった。

 誰がかけてくれたのか判らないけど、こういった気遣いはありがたい。

 

 立ち上がり、ベアトリーチェ達のところで偵察に出ていたエルフが状況を説明している。

 

 「あと三十分ほどで谷の入り口に到着します」


 三十分ね、まだ十分余裕ある。


 「それじゃ始めようか。俺は谷を進んでいくけど、皆はここで待機。敵の姿が見えたら予定通りに結界を張ってくれ」


 ベアトリーチェはもちろんランベルトも黙って頷く。

 

 サラの力を見て、少しは期待するようになったのかな?


 俺を信用している空気がランベルトからも感じる。

 いいね。


 ちゃんと期待に応えるからさ、そこで落ち着いて見ていなよ。


 俺は寝ていた身体をほぐすようにストレッチを始めた。

 腕、アキレス腱、背中、そして首の筋を伸ばす。


 ストレッチを終えてから、軽いジョギングで敵が来る方へ軽やかに走る。


 やがて、大軍の足音が響き、魔獣の咆哮が聞こえた。

 

 来たか。


 実際の所、結界魔法に阻まれるところまで敵の進軍を許すつもりはない。

 俺は生まれて初めて、自分の力をそこそこ使う機会に出会った。

 

 楽しみだね、うん、楽しみだ。


 身体の奥底から力が無限に湧いてくるようだ。

 

 生き物を殺すことに抵抗はある。

 できれば殺さずに済ませたい。


 ではこういう大軍を相手にしたときはどうすればいい。

 勝利した上で敵の被害も最小限にするにはどうしたらいい。


 最初だ。


 最初に圧倒的な力を見せ、そして相手のリーダーを潰す。

 そうすれば後は勝手に逃げてくれる。


 だから俺は数がいくら多かろうと、数では覆せない力の差を思い知らせてやればいい。


 よし、そろそろいい距離だ。

 敵との距離はあと二百メートルほど。


 「断絶の炎」


 今、適当に名付けた魔法を使った。


 俺の両脇に炎の壁を作り出したのだ。


 その高さは谷の上より高く。

 厚さは二十メートルほどにしたから、そうそう飛び越えられない。

 これで俺を倒さない限り俺の後ろには行けない。

 この壁を越えられるのはほとんど居ないだろう。


 越えても結界があるし、サラも居る。

 心配はない。


 予定通り、敵は進軍速度を抑え、俺に突っ込んでくる。

 

 オーガを背に乗せた他よりも二回りくらい大きな魔獣が口を開けて向かってきた。


 今回はちょっと忙しいから一人と一匹……いや、一人と一頭を相手にする暇はないんだよ。狼に似た魔獣でちょっと格好いいけど、ごめんな?先頭走ってきたのがお前の不運だ。


 俺は右手で風系魔法を発動させ、思い切り横に振った。


 グワァという音を立てて、谷の片側に達しそうなほど長く、およそ一メートルほどの厚さの真空の刃が魔獣を切り裂く。そのまま背後から迫ってきた数十頭の魔獣も乗っていたオーガもろとも切り裂いていく。


 その凶悪な真空の刃は右手の崖も切り裂きながら進みやがて消えた。

 刃が通ったあとには、運良く巻き込まれなかったオーガが十数人の姿がある。

 だが彼らは何が起きたのか理解できていない様子だ。


 俺は間髪入れず、左手で風系魔法を発動させ、右手の時と同じように横に振った。

 

 先ほどと同じ魔法が、逆側の崖を削りながら進んでいく。

 一度目の攻撃で生き残った目前のオーガは切り裂かれ、その後ろから迫っていた魔獣達も先程同様に切り裂かれていく。


 二回の攻撃で倒した敵は多分三百くらいだと思う。

 だが、たった数分で三百くらいの味方が失われたのだ。

 敵軍の動揺は俺にも感じられる。


 俺は畳み掛ける。


 左右の腕を振りながら、ゆっくりと敵陣深くまで歩いて行く。

 俺の背後には切り裂かれた遺体だけが横たわっている。


 十数度攻撃した時、敵軍の動きが変わった。

 魔獣に乗ったオーガはほとんど残っていない。

 

 敵のリーダーが死んだのか、それともリーダーが生き残って判断をしたのかは判らないけど、敵軍が撤退しはじめた。


 さて、後は奴らの尻に火をつけてやるだけだ。

 そうすれば慌てて撤退するだろう。


 俺は両手を前に出し、炎の玉を敵軍最後尾にぶつけてやった。

 まあ、火傷くらいはするだろうが死ぬことはないだろう。


 谷の入り口から敵の姿が見えなくなり、俺は攻撃を止めた。

 背後にそびえていた炎の壁も消した。


 あとは遺体の掃除だ。

 残していたら腐敗して病気のもとになるかもしれないから焼却するに限る。

 だが、エルフ達が巻き込まれたらヤバイので一旦彼らのところへ戻ることにした。





◇◇◇◇◇◇





  


 「いや……恐ろしいものを見てしまったな」


 ランベルトは目を見開いて震えている。


 「お兄様。私の想像を遥かに越えていました」


 ベアトリーチェは今目の前で起きたことを理解していた。

 一人で十分だとゼギアスは言った。


 そうではなかった。

 ゼギアスが力を発揮するためには私達は邪魔だったのだ。


 サラはゼギアスのお友達になってくださいと条件を出してきたが、叶うなら嫁でも側室でも愛人にでもなって、ゼギアスの敵意がエルフに向かわぬようにすべきだ。ベアトリーチェだけで足りないなら、マルティナも連れて行く。二人でゼギアスに誠心誠意尽くし、エルフへの敵意が生まれぬようしなくてはならない。目の前で起きたことを見たマルティナならベアトリーチェの意見に賛成してくれるだろう。


 ランベルトも賛成するに決まっている。

 ベアトリーチェが言い出さなくてもランベルトの方から頼んでくるかもしれない。


 ゼギアスはそれほどの相手だ。あの人は決して敵にしてはならない。



・・・・・・

・・・


 「サラ、調子に乗ってやりすぎたかもしれない」


 サラのところに戻ったゼギアスは謝っている。


 「あのくらいは仕方ないでしょう。お兄ちゃんはもっと殺さずに済めばいいと考えていたんでしょうけど、私はもっと殺すことになると覚悟していたわ」


 サラも生き物の命を奪うのは大嫌いだ。

 だが、生存競争激しいこの地……グランダノン大陸南部ではある程度覚悟しなくてはいけない。


 サロモンに連れられてこの地に住むようになってから、魔獣の集団に襲われたこともあったし、亜人や山賊に襲われることもあった。その度にサロモンが倒して、ゼギアスとサラを守ってくれた。目の前でサロモンに殺されていく様子は確かに恐ろしいものだった。でもこの地では受け入れなければ自分たちが死ぬのだと納得したし、自分もいつか生き物を殺すことになると判っている。


 ゼギアスはサラを狩りには連れて行かない。

 あれはゼギアスの優しさなのだ。

 ゼギアスも命を奪うのは嫌っている。

 だがそれ以上にサラが命を奪うことが嫌いなのだ。


 そうは言っても仕方のないこともきっとあるだろう。


 ゼギアスが目の前で奪った命とその重さはサラも背負うつもりだった。


 「それでだ。遺体を焼いてしまわないと後で大変なことになると思うんで、サラはエルフの皆と先に帰っていてくれないか?俺は遺体の焼却が終わったら戻るからさ」


 「うん、判ったわ、お兄ちゃん。お疲れ様でした」


 ゼギアスは微笑んでサラに背を向け戦場の跡へ戻っていった。

 サラはその背を見送り、ベアトリーチェ達のところへ行き事情を話す。

 ゼギアスを残し先に戻ろうとサラは言ったが、ベアトリーチェは私は残りますと言って戻ろうとはしない。ベアトリーチェが残るなら私もとマルティナも残ることになった。


 「残っていただくのは構わないのですが、この谷から少し離れていてくださいね。お兄ちゃんが遺体を焼却するというからには、生きている相手と違って手加減などしないで一気に焼くでしょうから……」


 ベアトリーチェとマルティナはサラの忠告を守ると約束した。


 サラはくれぐれも気をつけてくださいねと念を押して、ランベルト等とともに戦いの終結をアルフォンソへ報告するために泉の森へ戻る。


 ベアトリーチェとマルティナの二人がサラ達を見送りながら谷から離れていくと、谷の方から熱い風が肉が焼けるかすかな匂いと共に吹いてきた。


 振り返ると、先程の炎の壁より大きな炎が立ち上ってるのが確認できた。


 生き物相手と違い加減はしないとサラは言ってたが、あれでもきっと全力ではないだろう。


 ベアトリーチェはそう確信していた。







◇◇◇◇◇◇







 ゼギアスが泉の森へベアトリーチェ達と共に戻ったとき、エルフ達による戦勝祝賀のような宴が始まっていた。


 ゼギアスを見つけたアルフォンソは笑顔で近づいてきて、


 「ゼギアス殿、こちらで休んでくだされ」


 ゼギアスの腕を掴み、アルフォンソの席の隣に座らせた。

 その隣にはサラが座っていて、居心地悪そうな表情を浮かべている。


 うん、俺もこういうのは苦手だな。


 杯を渡され、酒を侍女から注がれる。

 

 注いでくれた侍女にお礼を言っていると


 「しかし、本当にお一人で敵を撤退させるとは思ってませんでした。きっと罠などを仕掛けたり、サラ殿の協力などが必要だと思っていたのです。ランベルトから”ゼギアス殿お一人の力で敵を倒し、我らの力など邪魔であっただろう”と報告を受けてもまだ夢物語のような気分でいますよ」


 ハッハッハッハと笑うアルフォンソ。

 はぁ……恐縮ですとだけ俺は答える。


 できれば早く帰って風呂に浸かりたい。

 サラにそう耳打ちすると、私もですと苦笑している。


 約束は果たしたことだし、ベアトリーチェさんとマルティナさんとは友達として付き合っていけるだろう。たまにうちに遊びに来てくれるならそれでいい。ま、来年の春には旅に出るからしばらく会えないだろうから少し寂しいけど、年に一度くらいは戻ってくるつもりだし、その時は泉の森まで遊びに来よう。


 あとはこの場から少しでも早く退散できればいい。


 そんなことを考えている間に、アルフォンソの奥さんリーザさん、長女のブリジッタさん、長男のランベルトさんがお酒を注ぎに来ては感謝していく。


 感謝してもらうのは有り難いけど、やはり苦手だ。

 過去を思い出しても、社交界や王族の宴などはやはり苦手だった。

 できるなら、本当に親しい数人と気遣いすることなく酒を飲む席がいい。


 「アルフォンソさん、私はまだ十五になったばかりで、私達のために開いてくださった宴で大変有り難いのですが、このような席はまだ楽しめないんです。兄もこのような席には不慣れです。ですからそろそろお暇したいのですが、お許し願えないでしょうか? 」


 次々と酒を注ぎに来る方達の相手をさせられてる俺を見かねてか、サラはアルフォンソにそう願った。


 「おお、これは気づきませんで申し訳ない。ですが、もう夜も更けてまいりましたので今夜はこちらでおやすみください。寝所は用意してあります。ご兄弟一緒にお休みになりますか?ご一緒でも別々でも用意できますのでご希望をお聞かせ願えれば……」


 「では一緒でお願いいたします」


 サラの返事を聞いたアルフォンソは侍従を呼び、俺とサラをテントの一つに案内した。


・・・・・・

・・・


 「お父様、お母様、お話がございます」


 ベアトリーチェはゼギアスとサラがテントに入ったのを確認したあとアルフォンソに話を切り出した。


 「ああ、ランベルトから聞いてるよ。しかし、そんなことまでしなくてもあの兄弟が我々を敵視することなどないのではないか? 」


 アルフォンソはベアトリーチェの危惧を気にすることはないと考えてると伝える。


 「ええ、仰ることは判ります。しかし、彼らの力は想像を絶するものでした。万が一があってからでは遅いと思うのです。お兄様も同意してくださると思うのですが、エルフ全種族が束になってかかっても、勝機はおろか怪我を与えることも難しいでしょう」


 アルフォンソがランベルトを見ると、ランベルトも黙って頷いていた。


 「だが、お前が嫁いだとしても、ゼギアス殿を抑えられるものなのか? 」


 「昨日と今日しか見ていないのですが、でも確信できることがあります。ゼギアスさんは身内にはとても優しい方です。甘いと言ってもいいかもしれません。ですから、あの方を抑えるには身内になるのが一番だと思います。マルティナ、貴女はどう感じた? 」


 話を振られたマルティナは少し考えてから答えた。


 「私もベアトリーチェ様のお考えに同意いたします。ゼギアス様はサラ様にとても弱い方です。サラ様が賢く有能な妹だというだけではありません。ゼギアス様はサラ様をとても可愛がっています。あの様子ですとベアトリーチェ様が仰るように身内にはとてもお優しい方だろうと私も思います」


 マルティナの話を聞き終えたアルフォンソは再びベアトリーチェに話す。


 「ふむ、判った。だが、お前がその気であろうと、ゼギアス殿がお前をずっとそばに置くとは限らないんじゃないか? お前達が脅威に感じるほどの力の持ち主だ。今は無名でも必ずそのうちに有名になる。力を欲する者達が綺麗どころを差し出して嫁や側室、愛人にしてゼギアス殿の力を利用しようと考えるのではないか? 」


 何せ我らも似たようなことを考えているのだしと付け加えた。


 「実は根拠も無いので私も不思議なのですが、その点はまったく心配にならないのです。ゼギアスさんは私を必ず大事にしてくださいます。そして私もきっとあの方を愛おしいと思うと思います。たとえ他に何名の嫁や側室が生まれようともあの方は私を遠ざけたりはしないと確信できるのです」


 「うーん、それが実現するのならばいいが、万が一にもお前が遠ざけられるようなことがあれば、親として耐えられそうにないのだがな」


 「その点はこれから確認していくしかありません。サラさんが申し出て下さったことを利用しようと思います。サラさんは私とマルティナにゼギアスさんの友達になって欲しいと言われました。そしてそのことは既に了承しています。ですので、お父様にお願いがあるのですが、あの方達の家のそばに私とマルティナが住む家を冬が始まる前に建てていただきたいのです」


 「それは簡単なことだが、利用とは……? 」


 「これから冬が始まり、山を越えて会うのはなかなか難しいでしょう。ですが、友達となったはいいけれど会えなければ友達としての絆を深めることはできません。ですので、サラさんが言ったことを逆手に私達があの方達のそばに居ることを認めてもらうのです」


 「なるほど」


 「毎日顔をあわせ、私とマルティナはサラさんの家事を手伝ったり、一緒に食事をするなどしてゼギアスさんとサラさんとの距離を縮めます。そうすれば今見えていないことも見えるようになるでしょう」


 「判った。だが、ベアトリーチェとマルティナだけでは不安だ。ラニエロにも一緒に行ってもらう。それでいいならお前の申し出を許そう」


 「お父様、ありがとうございます。決してゼギアスさんが私達の敵になるようなことにはいたしません。それと必ず幸せになってみせます」


 ベアトリーチェはアルフォンソに抱きつき、その頬に感謝のキスをする。

 母であるリーゼや兄弟たちともキスをして、明日以降の準備に取り掛かる。


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