第93話 血肉の檻
大広間の猩紅の血光はまだ消えていないというのに、空気にはすでに血なまぐささが満ちていた。鉄錆と腐った土を混ぜたような臭いだった。
裂ける音と蠢く音の中、もともと扉や窓を封じていた肉壁が外へ向かって狂ったように増殖しはじめた。表面には青黒い血管が浮き出し、脈動に合わせて激しく収縮する。
蠢く血肉は互いに噛み合いながら上へ広がり、新たな肉の穹窿を作り出そうとしていた。
同時に、猩紅の血肉が壁際からあふれ出し、石畳を一寸ずつ呑み込んでいく。
数名の衛兵が剣を振るい、蠢く肉芽を断ち切ろうとした。
しかし刃が残したのは粘つく猩紅の切断面だけだった。傷口が床に落ちるより早く、無数の肉糸が蜘蛛の巣のように湧き出し、切り落とされた肉片を本体へ引き戻してしまう。
通常の攻撃が通じないと見るや、教廷が真っ先に聖光の障壁を展開し、迫る血の潮をじゅうじゅうと音を立てる白煙へ浄化した。
魔法会の法師たちは早口で詠唱し、元素結界を立ち上げる。炎と極寒が交互に荒れ狂い、押し寄せる肉塊を焼き、凍らせ、砕いていく。
王立錬金術学院の導師は振動陣列を敷いた。湛えた青の振動光網が瞬時に広がり、触れた血肉を粉々にすり潰す。
錬金術師ギルドは大量の遮断剤を撒き、地表の陣で起動させた。それは暗銀色のゲル状障壁となり、侵食してくる肉の潮をがっちりと食い止める。
四方から構成された障壁は、ようやく地表の血肉の広がりを輪の外へ押しとどめた。
だが頭上と周囲は、増殖した肉壁によってすでに完全に封じられていた。
最後の隙間が蠢く肉塊で埋まった瞬間、闇が一気に落ちた。
粘つく蠢動音の中、残ったのは人々の荒い呼吸だけだった。
いくつかの術式の灯とエーテル灯が次々に点り、弱々しい光がどうにか闇を切り裂く。
揺らめく光と影の中、脈打つ暗紅色の肉壁は、歪んだ胃袋が一周取り囲んでいるかのようだった。
誰もが息を殺した。揺れる光の下で、周囲の粘つく蠢動音はいよいよはっきり聞こえてくる。
ほどなくして、人々は肉壁が脈打っているだけではなく、ゆっくり内側へ収縮していることに気づいた。
ボスが第二形態に入るのかと思ったら、まさかの監禁プレイ。しかも物理的な圧迫感つきのやつ……
墨飛は心の中でそっと額を押さえ、それからシステムパネルを見つめ続けた。表示はまだ【解析中……】で止まっている。
おかしい、今回はどうして固まってるんだ? 安全モードしか錬成できなくても、何もないよりはマシだろ。早くしろ!
もしシステムに実体があったなら、今すぐ駆け寄って斜め45度から叩いていたに違いない。
「ぶち破れ!」
怒号が闇に響き渡った。
開発局はようやく緊急錬成したエーテル火炎放射器を完成させ、真っ先に火を開いた。青白い火舌が肉壁を焼く。
法師たちも火球と氷槍を放ちはじめ、同じ区域へ攻撃を集中させる。
錬金術師ギルドも負けてはいなかった。数名の錬金術師が息を合わせ、携帯していた素材を素早く調合し、粗雑な強力爆弾をいくつも作って肉壁へ一斉に投げつけた。
爆発と轟音が大広間で狂ったように交錯し、全員の火力が暗紅色の肉壁にいくつもの穴をこじ開けた。悪臭を放つ血の雨と肉片が四方へ飛び散る。
だが血陣の微光の下、無数の細かな肉芽が雑草のように素早く湧き出した。深くえぐれた傷口は一瞬で蠢きながら閉じ、傷痕ひとつ残さない。
その直後、肉壁は怒りに触れたかのように激しく蠢きはじめ、大きな暗紅色の肉塊が剥がれ落ちて床へ叩きつけられた。
肉塊は地表で蠢きながら再構成され、歪な四肢と白い骨棘を伸ばしていく。目はなく、頭部には返しの棘が並ぶ裂けた顎だけがあり、両腕は振り回される骨刃へ変じていた。
怪物たちは潮のように押し寄せ、防衛線は瞬く間に圧縮された。前列の衛兵たちは怪物と至近距離で斬り結び、刃が肉へ食い込む鈍い音と、骨刃が鉄鎧を擦る火花が大広間の縁であちこちに弾ける。
混乱の中、冷厳な影が人々を越え、防衛線の裂け目の前へぴたりと立ちふさがった。
城主の表情は冷え切っていた。手にした儀礼用の長剣が、眩い銀光を爆発させる。
派手な技など何ひとつない。ただ極速の突きと横薙ぎだけ。剣を振るうたび、銀白の風弧が引かれた。
迫る血肉の怪物たちは、その風弧に触れた瞬間、二つに断たれる。
しかし怪物の攻勢は潮のようだった。数体の怪物が風弧で弱められながらも強引に突っ込み、城主は横に構えた佩剣で、振り払われる骨刃を受け止めざるを得なくなる。
白い骨刃の振り下ろしを、再び剣身で正面から受けた瞬間、宴のために鍛えられた細剣はついに耐えきれなかった。澄んだ悲鳴のような音を立て、真っ二つに折れる。
城主は金属が砕ける一瞬を利用し、身を低くして振り下ろしの余勢をかわした。右手に残った折れ刃を容赦なく逆袈裟に跳ね上げ、その怪物の喉をその場で切り裂く。
だがそのせいで防衛線に一瞬の空白が生まれた。一体の怪物が隙をつかみ、咆哮しながら武器を失った城主へ宙から襲いかかる。
城主が反応しきれないその時、重い鉄レンチが唸りを上げて飛来し、怪物の頭部を直撃した。怪物は激しく横へ弾かれ、城主の脇をかすめて床へ叩きつけられる。
「バーニー」ブランドは後方に立ち、手についた埃を払った。
「来たぜ!」
バーニーが大股で踏み出し、機械の右腕を猛然と横薙ぎにした。狂暴な怪力が迫る怪物を力ずくで吹き飛ばし、鋼の体で防衛線の裂け目に取って代わる。
ブランドは城主を見て言った。「レオン、俺たちが用意したやつを試してこい」
城主は意を汲み、身を翻して高台へ退くと、長い金属箱の留め具を一息に引き剥がした。
中には重く厚い黒鉄の籠手が静かに収まっていた。派手な装飾は一切なく、冷たい金属表面には鋲がびっしりと並び、荒々しい暗紅色の陣が隙間からかすかに光っている。
同時に、高台右側の肉壁から大きな血肉の塊が剥がれ落ちた。蠢く肉塊から孵ったばかりの歪な怪物が、猩紅の裂け顎を大きく開け、彼の首筋へまっすぐ飛びかかる。
城主は折れた柄を握ったまま後方へ強く突き込み、側面から襲った怪物をよろめかせて床へ倒した。
彼はすぐさま籠手を右腕へ装着した。
冷たい金属が肌に密着する。低く重い機械の噛み合う音とともに、内部の陣が瞬時に灯った。暴力的なほどの熱流が右腕を駆け上がる。
城主は深く息を吸い、正面から飛びかかってくる怪物へ力を溜めた拳を叩き込んだ。
鈍い爆音が大広間に炸裂した。その怪物は咆哮する暇すらなく、空一面の肉片へ砕け散る。
城主は肉片を踏み越え、すぐに防衛線の裂け目へ戻った。黒鉄の籠手を頼りに、襲いかかる怪物を一体また一体と食い止める。
しかし肉壁はなおもゆっくり内側へ押し込んでくる。空気中の粘つく腐臭はますます濃くなり、息をするたび鉄錆を呑み込んでいるようだった。
破壁の試みは依然として成果を上げない。そこへ泣きっ面に蜂とばかりに、魔法会側の防衛線から凶報が飛んできた。「魔力の備蓄がもう尽きます!」
元素結界はぎしぎしと音を立てて激しく明滅し、教廷の聖光障壁も目に見えて縮んでいた。
周囲の肉壁がまた動き、半歩分ほど内側へ迫る。
その時、墨飛の脳裏に天上の福音が響いた。
【ピン──解析完了。】
【素材中に大量のエントロピー質を検出。システムによる吸収変換の許可を推奨。】
【システムが吸収変換を行った場合、宿主へEPを返還します。今回の変換で返還見込み:100 EP。】
【システムによる吸収変換を許可しますか? 本システムは強く推奨します。】




