第6話 この世界にも獣マニアがいた
こっちこそ貧乏人と呼びたいのはこっちだ、一家まるごとな!」
モーフェイは這いずるように立ち上がり、目の前の白衣の男を指差した。「俺はれっきとした物流CEOだぞ!」
怒鳴り終えて、ようやく周囲が目に入ってきた。陰気で狭い実験室。空気には刺激臭の薬液と、正体不明の生臭い甘さが混じっている。壁の油灯が、手術台の上の瓶の中で揺れる物体を不気味に照らし出していた。
さらに悪いことに、さっき強引に引きずり込まれた「空間の裂け目」はすでに消えており、背後には冷たい石壁があるだけだった。
「ふん、俺の魔法陣の節点を壊した下層区のネズミが、よくも騒げるものだ。」白衣の男のこめかみに青筋が浮かぶ。「あれが何枚の金貨に相当するか、分かるか?お前を黒市の好事家に売り飛ばしたとしても、修繕費にも満たんぞ!」
「節点?」モーフェイは一瞬固まり、すぐに思い当たった。「あの破れ布に引っかかったやつか?節点を布と一緒に括り付けておく方が悪いだろ!」
「布などではない!あれは俺が特製した『擬態繊維』だ!ネコ科魔獣の腹部の触感にわずかに及ばないというだけで、隠匿法陣の外装偽装に使っていたのだ!」白衣の男は一歩一歩詰め寄り、その口調には、妥協せざるを得ない屈辱感が滲んでいた。
「ネコ科魔獣の腹部の触感」という言葉を聞いた瞬間、出口を探して部屋中を見回していたモーフェイの動きが止まった。
改めて周囲を見渡すと、心拍が急に落ち着き、口元がかすかに引きつった。
手術台には解剖刀の他に、ピンク色の髪梳きが置いてある。瓶の中に浸かっていたのは、リボンを結んだぬいぐるみだった。
「お前……」モーフェイは堪えきれず言った。「まさかぬいぐるみを誘拐して解体するタイプの変態か?」
「何も分かっていない!これは究極の触感と生命形態を結びつける偉大な実験だ!」
白衣の男のこめかみに再び青筋が走り、手術刀が指の間で危険な弧を描いた。先ほどの委屈げな表情は消え、眼差しが氷のように冷たくなった。
「この高雅な芸術が理解できないというなら、お前の血肉で俺の法陣材料を賠償してもらうまでだ!」
まともな交渉は不可能だと悟ったモーフェイは警戒して一歩引いたが、すでに石壁に背中が当たっていた。
まず脅してみろ!
さっき引きはがした布と法陣の残骸を掴み、迷わずシステムを呼び出す。
【素材投入を検知……15 EP消費……】
【おめでとうございます:「うるさいネズミ捕り」(ゴミ級)を獲得しました。】
「がしゃん!」奇妙な形の巨大な金属製の罠が虚空から落ちてきた。鋭いギアの軋み音が止まらない。
「チューチュー……俺は……美味しいチーズ……踏んで……くれ……」その投げやりすぎる機械音声が、狭い地下室の中でひどく耳に障った。
「かかってこいよ!」モーフェイは虚勢を張って怒鳴った。
男がぴたりと止まった。
モーフェイの脅しに怯えたわけではない。今この瞬間、左目の単眼鏡の符文が激しく点滅していたのだ。
「錬成陣がない?エーテルの波長もない?魔力の波動すら一切ない?!」
男はネズミ捕りを凝視し、怒りが驚愕へと変わっていった。「あり得ない、錬金の法則に反している!これはいったい何の原理だ?」
「キィ?」
男の叫びに引き寄せられたのか、原型1号が外卖箱の隙間から顔を出した。
好奇心旺盛に辺りを見回し、次の瞬間、何か美味しいものを嗅ぎつけたようにぱたぱたと手術台の縁まで走ると、台の上の赤黒い汚れを暗金色の体の中に吸い込んだ。
がらん!
男の手から手術刀が落ちた。
「まさか……生命の銘文がないのに、排斥の法則を無視して異種細胞を取り込めるとは……」
男はこの無礼な小さな食客を見つめ、呟いた。
次の瞬間、蒼白な顔に病的な赤みが広がり、まるで世にも稀な宝を発見したかのように「ぱん」と滑り跪いた。顔がほぼ原型1号に触れそうなほど近い。
「これはまさか……『獣耳』を完璧に育てられる……神級の培養基だ……!」
「キィ!」原型1号は驚いて外卖箱に引っ込んだ。
「値段を言え!」男がモーフェイのズボンの裾を掴んだ。目に狂熱が宿っている。「金貨がいくらかかっても構わない!あるいは、一切れだけ研究させてくれても!」
「金貨」という言葉を聞いた瞬間、モーフェイの心臓が無様にも一拍飛んだ。
だが理性がすぐに現実へ引き戻した。
駄目だ、あのゼリーの腹には街区を吹き飛ばせる紫心晶が入っている。この解剖狂に渡したら、十分後には地下室ごと自分も灰になる。それに納期を守れなかったら、バーニーは俺を錬金炉にぶち込むだろう。
「……売らない!」胸が痛むのをこらえ、モーフェイは大義ある顔で外卖箱をしっかりと抱えた。「部下を売るなんて、絶対にしない!」
男が「人生の意味を失った」とでも言いたげな絶望顔になるのを見て、モーフェイの眼が動いた。張り詰めていた表情が、にわかにしたたかな商人の顔に切り替わった。
「ただし……」モーフェイは指を擦り合わせた。「俺自身は売れないが、CEOとして、部下が代謝した『廃材』を副産品として販売する分には、話は別だ。」
「神級の培養基が欲しいか?いいだろう。まず俺を外に出せ。王立錬金術学院へ向かう安全な隠密ルートも用意しろ。明日、金貨を持って下層区の『点石成金工房』に来い。金さえ出せば、物は出す。」
「王立錬金術学院?双頭龍の火炎噴射の研究に予算を注ぎ込む一方で、毛並みの改善には一切投資しない凡才どもが集まる場所だろう。」
男は一瞬止まり、傲慢な口調のまま、目線だけが箱から顔を出している原型1号へと吸い寄せられた。
「あそこは誰でも入れる場所じゃない。下層区の配達屋が生きて帰れる保証が、俺にはどこにある?」
モーフェイは無言で箱から少量の粘液を取り出した。「これはサンプルだ。誠意の証しとして。」
相手が触れようとする前に、さっと手を引く。「もっと欲しければ、まず取引をまとめてからだ。」
男は引き伸ばされる粘液を見つめ、喉仏がひとりでに動いた。「さっきのおもちゃがどうやって出てきたか、それも教えてもらわないといけない。」
「それは企業秘密だ。ただ、あのネズミ捕りはそのままもらっておいていい。」
「成約だ。」
男は白衣の中から薄紫の染みのついた草図を取り出し、素早く数筆加えた。
「王立学院への隠密水路の地図だ。さっさと失せろ。あの本棚の後ろから出られる。もしお前が死んだら、必ず死体のところへ行ってあの小さいやつを掘り出す。」
モーフェイは地図を受け取り、示された方向へ駆け出した。
「ありがとよ、獣マニア。明日は金貨を忘れるな!」
「俺の名前は獣マニアじゃない、Victorだ!」
モーフェイは頭の冷や汗を振り払い、気づくと口元が緩んでいた。
「今回は大勝ちだな!」
足を速め、暗い通路の奥へと消えていった。
翌日の自分が、今この瞬間の自分を殴り倒したくなると知る由もなく。




