第111話 クローバーとパンと商売
「白印を借りる? つまり、俺に白印依頼を手伝えってことか?」
「出てもらう必要はない。受注だけ手伝ってくれればいい」
「受注だけ?」ズボンの裾を払っていたアーダイの手が止まった。彼は顔を上げ、不思議そうに墨飛を見る。「墨飛、冗談を言ってるんだよな?」
墨飛は一歩前へ出た。「浮遊羽草の採集依頼だ。受けるのだけ手伝ってくれればいい。残りは俺が何とかする」
それを聞くと、アーダイの表情が険しくなった。彼は首を横に振る。「それは駄目だ、墨飛」
声が低くなり、顔つきも真剣になる。「ギルドが印の制限を設けているのには理由がある。君が採ろうとしている浮遊羽草は奥法の冠山脈の頂部に生えている。あそこは強風と獰猛な裂風梟がいるだけじゃない。エーテルも乱れている場所だ。
白印級の実力がなければ、陣のエーテル流動を常時調整して防護を維持できない。まして浮遊羽草は採取時に大量の風元素を漏らす。すぐ収束しなければ裂風梟を呼び寄せるし、それにも白印程度の精密制御が必要になる。
それに君たちに万一のことがあれば、俺はギルドから一生印を抹消されるだけじゃない。この先ずっと、寝ても食べても落ち着かなくなる」
墨飛は内心で舌打ちした。誰かに受注してもらえばいいと思ってたけど、そう簡単じゃないか。だが本当にアーダイに同行してもらうとなると……
墨飛の脳裏に、さっき爆発で吹き飛ばされたアーダイの姿と、これまでの数々の実績が浮かび、思わず寒気がした。
墨飛が何を気にしているのか見抜いたように、アーダイは笑った。「安心してくれ。俺の体質を一時的に抑える方法を見つけた」
「本当か?」墨飛は眉を上げる。
アーダイは答えず、ただ家の中へ入っていった。
しばらくして、彼は金色の草葉が入った籠を提げて出てきた。
「これは黄金クローバーだ。幸運をもたらす奇物だよ」アーダイは一本を選び、墨飛の目の前で揺らしてみせた。
「君のおかげで、ビズネス商会はこの奇物がどこにあるかまでは教えてくれなかったけど、フローラ嬢が君の顔を立てて、俺に特別な受け取りルートを私的に開いてくれた」
「それでお前の不運は治るのか?」
「いや」アーダイは首を横に振った。「一時的に抑えられるだけだ。でも君たちに同行してこの依頼へ行くくらいなら問題ない」
墨飛は草葉を受け取り、指先でつまんで回した。淡い金色の四枚のハート形の葉が、完璧な十字対称に広がっている。指で弾くたび、葉脈の中で細かな微光がかすかに流れた。
「わかった。じゃあ明日の朝、ギルドの入口で」
「問題ない」アーダイは自信ありげに笑った。
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アーダイと別れたあと、墨飛は工房へ戻る途中で、ついでに黄金律のパン屋へ寄った。
これはジップにパンを買うと約束したからだ。断じて自分が食べたいわけではない。
だが黄金律の前に着くと、相変わらず扉も窓も閉まっており、扉には「準備中」の木札が掛かったままだった。
奇妙なことに、店の煙突からは白い煙が上がっている。少し冷えた夜気の中に、焼き上がる甘い香りが漂っていた。
「これ……開いてるのか、開いてないのか?」
墨飛は前へ進み、扉を叩いた。
扉はすぐに開いた。ジョンじいさんが湯気の立つパンの籠を提げて顔を出す。
「何の用だ?」墨飛だとわかった瞬間、彼の顔色が変わった。
「ジョン大師、ただ通りかかっただけです。いい匂いがしたので、焼きたてがあるか見に来ただけで」墨飛は愛想笑いを浮かべた。
ジョンじいさんは「準備中」と書かれた木札を叩いた。「まだ正式開店前だ。パンを買いたいなら数日後に来い」
言い終えると、何かを思い出したように墨飛をまっすぐ睨む。「リリィが君の工房を手伝いに行ったのか?」
「はい。彼女の方から開発に参加したいと言ってきました」
ジョンじいさんは一歩踏み出し、敷居の上に立って、上から墨飛を見下ろした。「君のあの我流工房が何をいじくり回していようと知ったことではない。リリィは心肺に傷を負っている。疲れさせても駄目だし、腹を立てさせても駄目だ。もし彼女に残業させたり、つらい思いをさせたりしたとわかったら……」
彼は籠から焼きたての長いパンを一本つかみ上げた。腕にわずかに力が入り、長いパンは「バキッ」と音を立てて折れた。
墨飛は二つに折れたパンをじっと見つめ、ごくりと唾を飲んだ。
「君をこのパンみたいにするだけじゃない。工房も解体する」ジョンじいさんは手の中の折れたパンを揺らした。
墨飛は半分に折れた硬い皮のパンを見て、まぶたをぴくつかせ、慌てて頷いた。
ジョンじいさんの表情が少し和らいだ。彼は二つのパンを合わせて、墨飛の胸に押し込む。
「持っていけ。焼きたてだ」ジョンじいさんは彼の胸をつついた。「受け取ったらさっさと消えろ。入口で邪魔をするな」
扉は墨飛の目の前で「バタン!」と閉まった。
墨飛は腕の中の熱々のパンを抱え、衣服越しに伝わる温度を感じながら、力なく笑った。
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墨飛はパンをかじりながら工房へ戻った。ジップも瓶の中で嬉しそうに味わっている。
工房の扉を押し開けると、リリィが作業台の前に座り、外殻を外された拒絶ランタンを集中して調べていた。
プロトタイプ1号とハーブベアのモモはそばで、机の上の部品を興味深そうに眺めている。
物音を聞いて、リリィが振り向いた。
「お帰りなさい」リリィの声はとても軽く、顔色はまだ青白い。
「ほら、黄金律の焼きたてパン」墨飛は残った半分を差し出した。
リリィはパンを受け取って礼を言い、すぐに台の上のランタンを指した。「このランタンの構造はもう見ました。とても精巧です」
「何かわかったか?」墨飛はパンを噛みながら近づいた。
「エネルギー変換と反発の律令は、確かに切り出して別の装置へ応用できます」リリィの声は弱い。「ただ、この部分の陣構造は複雑すぎます。高度な符文もかなり混じっています。完全に解析して、さらに改造するには長い時間が必要です」
墨飛は小さな迷宮のように交錯する陣紋を見て、頷いた。
「急がなくていい。もともと一朝一夕で処理できる案件じゃない」
リリィは軽く頷き、それから数枚の伝票を取り出して墨飛の前へ差し出した。
「今日は客が何人か続けて来て、依頼を持ち込んできました。受けていいか判断できなかったので、先に伝票だけ残してもらいました。あなたが戻ってから決めてもらおうと思って」
墨飛は眉を上げ、伝票を手に取ってめくった。
城主の誕生日宴の翌日、多くの勢力や組織が墨飛と知り合おうと一斉に注文を入れてきた。
今ではその一連の注文もほとんど片づき、多くの勢力や組織とも顔を合わせた。そのため、この数日は初日のような賑わいはなくなっている。
それでも点石成金工房の名はそれなりに広まった。今では散発的な依頼や注文が届くようになり、以前のように閑古鳥が鳴くことはなくなっていた。
今はリリィがお嬢様の案件を手伝ってくれているし、少しは手が空いて追加で受けられるはずだ。
はあ。ようやく5万金貨の重圧が少し軽くなったのに、今度は1000金貨を集めなきゃならない。この生活、いつになったら終わるんだ?
墨飛は心の中でため息をつきながら、素早く伝票をめくった。
「見たところ、修理や薬作りみたいな普通の依頼ばかりだな。できることはできるが、うまみは少ない」
退屈しかけたその時、彼の手が一枚の伝票で止まった。
「……お? これは?」




