第20話 戴冠せる雌犬
「新しき王太子殿下、そして美しき王太子妃殿下に、神の祝福を!」
大聖堂に響き渡る荘厳な賛美歌と、割れんばかりの歓声。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中、私は国中の羨望と祝福を一身に浴びていた。
純白の豪奢なドレスに身を包み、頭上には煌びやかな宝石が散りばめられた重い冠が乗せられている。
隣に立つのは、冷酷な支配者の本性を「慈悲深き次期国王」の仮面で隠した、私の最愛の主人――カイル様。
「ルチア。俺の美しい妃」
民衆の前で、カイル様が優しく微笑みかけ、私の手を取る。
「はい、カイル様……」
私もまた、汚れを知らぬ聖女のように微笑み返した。
だが、その完璧な笑顔の下で、幾重にも重ねられた重いドレスの奥底では、昨夜彼に付けられた無数の「痕」が熱を持ち、ドクドクと脈打っていた。
公の場で純潔を讃えられるたび、自分がどれほど淫らに開発されきっているかを思い知らされ、下腹の奥が甘く疼いてしまうのだ。
戴冠式を終え、王城へと帰還する馬車へ向かう道すがら。
ずらりと並んだ近衛兵たちの間を通り抜ける時、ふと一人の門番と視線が絡んだ。
(あっ……)
心臓が跳ねる。
その男は、かつて私が暗い地下の宴に引きずり出された夜、カイル様の命令で私の身体を隅々まで検分し、いやらしい手つきで愛撫した男の一人だった。
男は恭しく頭を下げているが、その瞳の奥には、私がいかに卑猥な声を上げて泣き喘いでいたかを知る、ねっとりとした優越感が淀んでいる。
『王太子妃殿下の、あんな姿を知っているのは俺たちだけだ』
そんな声なき視線に貫かれ、私は公衆の面前だというのに、恥じらいと背徳感で頬を真っ赤に染めてしまった。
***
戴冠式から数日後。
私はカイル様の執務室へと向かった。
そこには、肥え太った財務大臣が待っていた。
しかし、私の目を釘付けにしたのは大臣ではない。
「あ、あっ……んっ……カイル、様ぁ……」
「大人しくしていろ、クロエ」
豪華な革張りのソファ。
カイル様の膝の上には、首輪を付けられ、薄布一枚のあられもない姿で侍る女がいた。
私を陥れようとした憎きライバル、クロエ・フォン・ランバートだ。
カイル様は財務大臣と国の予算について淡々と語り合いながら、まるで猫の喉を撫でるように、無造作な手つきでクロエの胸元や太腿を弄んでいる。
「カイル様……っ」
隣に座る私は、嫉妬でドレスの裾を強く握りしめた。
(どうして、その女に触るの? 私という妃がいるのに。そんな汚い女、早く捨ててしまえばいいのに!)
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
私が正妻であり、彼女はただの玩具だ。
頭では分かっているのに、カイル様の指先が他の女を支配しているのを見るだけで、狂おしいほどの焦燥感に焼かれるのだ。
「――それで、この件は頼んだぞ、大臣」
「ははっ、御意に。……して、殿下。そちらの『雌』は……」
大臣が、脂ぎった視線をクロエの素肌へと這わせる。
カイル様は冷たく笑うと、膝の上のクロエを無造作に床へと突き飛ばした。
「ああ、今夜は貴様に貸し与えよう。好きに使うといい」
大臣の欲望を刺激し、この場でクロエの価値を最大化してから与えたのだ。
「ひっ……! そ、そんなっ!」
「おぉ、ありがたき幸せ……! さあ、来い!」
クロエはすぐに「お相手できて光栄です」と媚びを売りだした。
そんな彼女を、財務大臣が下品な笑い声を上げながら連れて行った。
その無惨な光景を見送りながら、私は恐怖と、そして圧倒的な優越感で全身の粟立つような昂ぶりを感じていた。
(次は、私かもしれない……。もしカイル様に飽きられれば、私もあのように誰かに下げ渡されてしまう)
だからこそ、私だけは彼にとって「特別な玩具」であり続けなければならない。
永遠に、この恐ろしくも美しい死神に愛され続けるために。
やがて夜が訪れ、二人きりになった広大な寝室。
分厚いオーク材の扉が閉まり、鍵が『カチャリ』と冷たい音を立てた瞬間。
私は、一切の躊躇なく自らの頭から、国中の女性が憧れる重い王太子妃の冠を外し、床の絨毯へと無造作に投げ捨てた。
そして、そのまま床に這いつくばり、カイル様の履く黒革のブーツの先へ、自ら頬を擦り寄せた。
「……良い子だ、ルチア」
「はぁっ……ん、カイル様ぁ……っ」
頭上から降ってくる、心底楽しそうな主人の声。
私の頭を撫でるその大きな手に、私は歓喜の涙を流しながら擦り寄った。
(私は国一番の高貴な女性。……そして、カイル様だけの、世界で一番汚らわしい雌犬。ああ、なんて幸せなのかしら)
昼間は完璧な「聖女」として微笑み、夜は誰よりも従順な「犬」として彼の足元にひれ伏す。
道徳も、誇りも、自我さえも全て彼に捧げ尽くしたこの歪んだ牢獄こそが、私にとっての永遠の楽園なのだから――。




