第15話 道化の断罪
朝。
窓から差し込む陽光は、本来ならば、この国で最も美しく高貴な私――
セドリックを拝跪するためにあるべきものだ。
「……騒がしい。この私を誰だと思っている」
部屋の外から聞こえてくる無作法な騒ぎ声に、私は絹の毛布の中で不快に顔を歪めた。何か事件でも起きたようだ。
執事から、何やら城門前に無様に縛られた男が転がっており、私に急を要する報告があると言い張っていると聞き、渋々面会を許すことにした。
(内密の用件……か)
玉座の間へ連れてこられたのは、泥と涎にまみれた、不潔そのもののベリル・サベージだった。
「で、殿下! お耳に入れておきたいことがございます! あの塔に幽閉されているルチアが……あの女は――あろうことかセドリックさまを再び裏切り、見張りの卑しい兵士と通じております!」
「……何だと?」
ベリルの醜悪な告発を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
怒りに震えたのは、婚約者に裏切られた悲しみからではない。私という至高の存在が「所有」するはずの物品に、泥が付いたことへの耐え難い不快感だ。
(まさか、また裏切ったのか? この私の慈悲を無下にして、恩を仇で返すとは……!! なぜ、あの女は反省しない? 自らの過ちを認めて、己を変えようとしない? この私に愛される幸せが分からないのか……??)
私は自分の「寛大さ」を思い返した。
国家反逆に等しい罪を犯した毒婦であるルチアを、即座に処刑せず、塔の中に生かしておいてやったのだ。
それだけで、私は聖者として称えられるべき慈悲の心を見せたつもりだった。
それなのに、あんな掃き溜めのような場所で、よりにもよって卑しい番犬如きと浮気を?
パーティー会場で奴を始めて見た時は、運命の相手と出会ったと思った。
それから程なくして婚約し、我が所有物とした。
王族の嗜みとして、子作りは正式に結婚してからだ。
それまでルチアは処女を守る義務がある。
私の「所有物」が、名も身分もない兵士如きに奪われたというのか――
あまりの出来事に、目の前が真っ暗になった。
(やはりあの女は、骨の髄まで腐りきった娼婦だ。私の完璧な名声に泥を塗った罪、万死に値する)
怒り狂った私は、護衛も付けずに一人で塔へと急いだ。
ルチアという傷物のせいで、私の「婚約者に裏切られた哀れな男」という無様な姿を誰にも見せたくなかったからだ。
塔の周囲は、奇妙なほどに静まり返っていた。
いつも立っているはずの見張りたちも姿が見えない。
(フン、番犬どもが私の来訪を察して逃げ出したか。逃げたところで、地獄の果てまで追い詰めて処刑してやる)
荒い息をつきながら、私は暗く湿った階段を駆け上がった。
牢獄の前に着くと、そこには毛布を頭から被り、壁を向いて丸くなっている「ルチア」の背中があった。
「改心する機会を与えたというのに、また私を裏切るとは。……ルチア、お前の処刑は決まった。今度は慈悲など与えない、市中引き回しの上で首を跳ねてくれる!」
私が放つ、威厳に満ちた(はずの)断罪の言葉。
だが、ルチアは何の反応も示さない。
泣いて命乞いをするどころか、震えてさえいない。
「聞いているのか! この私の言葉を!」
私は我慢ならず、鍵を開けて牢へと踏み込んだ。
そして、その丸まっている背中の毛布を、力の限り乱暴に剥ぎ取った。
「――え?」
そこにいたのは、私に助けを求めて縋り付くはずのルチアではなかった。
寝かされていたのは、全く見覚えのない、冷酷な獣のような瞳をした一人の女。
彼女は「ルチアの代わり」としてそこに横たわっていただけだと言わんばかりの、無機質な表情で私を見上げた。
「……だれだ? こいつは? ルチアはどこへ――」
混乱する私に向けられたのは、女の鋭い手刀だった。
首筋に走った衝撃と共に、視界が歪み、世界が急速に暗転していく。
床に倒れ込む寸前――
私の鼓膜に能無しで愚鈍な弟の、低い笑い声が届いたような気がした。




