第10話 陥落の証明
「……よくできた。いい子だ」
四つん這いで必死に腰を揺らしていた私の姿を、カイルは暗く濁った瞳で見下ろしていた。
息を切らし、麻の服の下で胸を激しく上下させる私に、彼がゆっくりと近づいてくる。
「約束通り、極上のご褒美をやる」
ご褒美。
温かい食事の続きか、それとも冷え切った身体を温める毛布か。
期待して見上げた私の予想は、次の瞬間、最も恐ろしく、そして最も甘い形で裏切られた。
「ひゃっ……!?」
カイルの分厚く大きな手が、ゴワゴワとした麻の服の隙間から容赦なく滑り込んできたのだ。昨日、彼自身の手で洗い上げられたばかりの無防備な素肌を、無骨な指先が這い回る。
「ちょ、ちょっと、それだけは駄目! やめて……っ! 私、私はまだ、セドリック王子の婚約者なんだから……っ!」
泣きながら叫び、身をよじって逃げようとする。
しかし、カイルの強靭な腕が私の腰を抱き寄せ、逃げ場を完全に奪った。
「婚約者? あの薄情な男の、か」
カイルは鼻で嗤い、私の敏感な肌をさらに強く、執拗に撫で上げる。
「あぁっ……!」
「あの男の目の前で、俺に触れられて熱くなっているお前の姿を……見せてやりたかったな」
耳元に吹き込まれた卑猥な囁きに、ゾクッと背筋が粟立つ。
私をこの塔に捨てたセドリックの顔が浮かぶと同時に、彼に見捨てられた絶望と、今、全く別の男に蹂躙されているという強烈な背徳感が混ざり合い、私の理性を粉々に砕いていく。
(嘘、嘘よ……! こんな野蛮な男に、こんな……ひどいことされてるのに、なんで私の身体はこんなに熱いの!? どの本にも、こんなに頭がとろけるなんて書いてなかった……!)
令嬢向けの恋愛小説にあるような、優しく甘いロマンチックな初体験とは程遠い。使い込まれた革の手袋から漂う獣のような匂いと、私の柔らかな肉を確かめるような野性的で強引な手つき。
それなのに、彼に触れられるたびに、頭の奥が真っ白に弾け、足の先からドロドロに溶けていくような感覚に襲われる。
セドリックの名前を盾にしようとするたび、カイルの指先はそれを嘲笑うかのように残酷な快感を突きつけてくる。過去の栄光なんて、今の私を満たしてはくれない。今この瞬間、私を熱く狂わせているのは、目の前の男だけなのだ。
「んんっ、あ……っ」
抗議の言葉を紡ごうとした唇からは、ただ甘い吐息だけが漏れる。
そして、ついに。
「……わんっ、くぅ……ん……」
無意識のうちに、すっかり教え込まれてしまった従順な鳴き声が、熱を帯びた喉からこぼれ落ちていた。
「……見ろ。自分の顔を」
カイルの硬い指に顎を掴まれ、強引に顔を上げさせられる。
彼の暗い瞳の奥に、今の私の姿が映っていた。
そこには「世界で一番可愛いルチア・ベルローズ」の面影など微塵もない。
安っぽい犬耳と尻尾をつけ、男の指先に翻弄されて、だらしなく涎を垂らし、熱い吐息をこぼす『雌犬』がいた。
そのあまりの淫らで惨めな姿に絶望し、打ちのめされるのに。私の身体は歓喜の震えを止めることができず、彼の手を求めてすり寄ってしまう。
「あ……あっ、ああっ……!」
これまでの人生で知る由もなかった激しい快楽の波が押し寄せ、目の前がチカチカと白く明滅する。私はついに、令嬢としての名前もプライドも全て投げ打って、一匹の獣としてカイルの腕の中で絶頂に達した。
ビクビクと痙攣し、力なくカイルの胸に沈み込む私。
彼は荒い息を吐く私の耳元に唇を寄せ、残酷な事実を突きつけた。
「……お前はもう、俺がいないと生きていけないな」
その言葉を否定できない自分に気づいた瞬間。
「っ……ああっ!?」
首筋に、鋭い痛みが走った。
カイルの牙が、私の白い肌に深く、容赦なく食い込んだのだ。血が滲むほどの強い力。それは単なる傷ではなく、彼が私を「一生涯自分の獲物だ」と宣言し、永遠に縛り付けるための絶対的なマーキングだった。
噛みつかれた痛みの後に、ドクドクと広がる熱い脈動。
私は完全に、カイルという底なしの沼に落ちていったのだった。




