第071話 氷像の騎士
訓練2日目の午後。
太陽が訓練場を照らし、全員の額には汗が浮かんでいた。
昨日から始まった連携訓練。初日はパターンAとBを繰り返しただけで終わった。動きはぎこちなく、タイミングも揃わない。
ユイは全員を見渡す。
「パターンBを、もう一度」
セイラの氷槍使用時、全員が後退する手順だ。
昨日も何度か試したが、うまくいかなかった。後退の合図に反応が遅れる者がいる。特にカイルだ。重装備のせいで、どうしても動き出しが遅れる。
「セイラ、氷槍を準備」
ユイの指示に、セイラが杖を掲げる。
空中に氷の槍が生成され、冷気が周囲に広がる。地面に薄く霜が降りた。
「全員、後退!」
ユイの声が訓練場に響く。
ハンス、リリア、アイリス、セリス、エルザが素早く後ろへ下がる。
だが、カイルだけが一瞬、遅れた。
盾の重さ。踏み出しの遅れ。足が、半拍遅れる。
セイラが氷槍を放った。
「待っ——」
カイルの声が途中で途切れる。
氷槍はダミーの手前、カイルの足元に着弾した。
冷気が爆発的に広がる。
一瞬で、カイルの下半身が凍り付いた。膝から下が完全に氷に覆われ、身動きが取れなくなる。
「……冷たい」
震える声が漏れた。
アイリスが吹き出す。
「カイル、氷像になってる!」
笑いをこらえきれず、訓練場の端で膝を抱える。
セリスが慌てて駆け寄った。
「カイルさん、大丈夫ですか!」
リリアも続き、治癒魔法で氷を溶かし始める。温かな光が氷を包み、ゆっくりと溶けていく。
やがて、カイルの足が解放された。
だが、全身が小刻みに震えている。
「さ、寒かった……本気で凍るかと思いました」
セイラは腕を組んだまま、立っていた。
「だから、後退しろと言った」
声に、わずかな苛立ちが滲んでいる。
カイルは深く頭を下げた。
「すみません……」
ユイは静かに息を吸った。
失敗は想定していた。だが、連携の難しさを、改めて突きつけられる。
前世では一人で戦っていた。指示を出すことも、誰かと動きを合わせることも、ほとんどなかった。
今は違う。
8名で動く。
それが、どれほど難しいことか。
「もう一度」
ユイは落ち着いた声で言った。
「カイル。後退の合図が出たら、即座に動いてください」
「盾は後ろに向けたままでいい。前を見る必要はありません」
「はい」
カイルが力強く頷く。
「セイラ。氷槍の着弾地点を、もう少し前に」
「分かった」
短い返答。
再び、同じ手順。
今度は、カイルが即座に後退した。
氷槍が放たれ、ダミーに着弾する。
凍結。
誰も巻き込まれなかった。
「成功です」
ユイが告げる。
セリスが笑顔を見せる。
「良かったです!」
カイルが安堵の息を吐いた。
「今度は……凍らなかった……」
ハンスが低い声で言う。
「悪くない。だが、まだ遅い」
その通りだった。
成功はしたが、動きはぎこちない。実戦で通用する水準には、まだ遠い。
訓練は続く。
同じパターンを、何度も、何度も繰り返す。
日が傾き始める頃、ようやく動きが滑らかになってきた。
「今日は、ここまでです」
ユイが訓練の終了を告げる。
全員が地面に座り込んだ。疲労が、はっきりと顔に出ている。
カイルは盾を置き、肩を回した。
「体が……痛い……」
アイリスが笑う。
「でも、カイルが凍ったのは面白かったよ」
「忘れてください……」
リリアが水筒を配る。
「明日も続けるわよ」
全員が黙って頷いた。
ユイは空を見上げる。
まだ2日目だ。
あと5日。いや、それ以上かかるかもしれない。
それでも、やるしかない。
前世では一人だった。
今は違う。
8名で戦う。
それが、どれほど難しくても。
夜。
ユイは拠点の自室で、今日の訓練を振り返っていた。
カイルが凍った場面。
あれは笑い話で済んだが、実戦なら致命的だ。
セイラの制御の荒さ。
ハンスの動きの遅さ。
全員に欠点がある。
それを補い合う。
それが、連携だ。
ユイは窓の外を見た。
月が昇っている。
明日も、訓練は続く。
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