第004話 最初の依頼
翌朝、ユイは早くに宿を出た。
冒険者ギルドへ向かう途中、朝の市場を通り抜ける。商人たちの活気ある声が響き、新鮮な食材の匂いが漂っていた。
ギルドに着くと、まだ人は少なかった。掲示板の前に立ち、依頼を吟味する。
街道の魔物退治。報酬は3クリスタルコイン。推奨ランクE。
前世なら見向きもしなかった依頼だ。もっと難しい、報酬の高い仕事を選んでいた。だが、今は違う。
焦る必要はない。まずは体を慣らす。
ユイは張り紙を剥がし、受付カウンターへ向かった。
「おはようございます。この依頼を受けたいのですが」
受付嬢は依頼書を確認した。
「街道の魔物退治ですね。ランクEの方でも問題ありません。ただし、単独行動は推奨していません。パーティを組むことをお勧めしますが」
「一人で大丈夫です」
「そうですか。では、依頼を受理します。完了したら、討伐証明をお持ちください」
受付嬢は依頼書に印を押す。ユイはそれを受け取り、ギルドを出た。
街道へ向かう道は、前世でも何度も通った。王都の南門を抜け、緩やかな坂道を下っていく。
周囲には畑が広がり、遠くに森の木々が見えた。空気は澄んでいて、風が心地よい。
街道に出ると、すでに数人の旅人が歩いていた。商人、旅芸人、行商人。彼らは魔物の脅威を避けるため、日中に移動する。
ユイは街道沿いを歩きながら、周囲を観察した。魔物が出やすいのは、森に近い場所だ。
しばらく歩くと、木立の間に何かが動く気配を感じた。
ユイは足を止める。視線を向けると、低い草むらから小さな影が飛び出してきた。
スライムだ。
青い半透明の体が、地面を這うように移動している。前世でも何度も倒した、最も弱い魔物だ。
ユイは腰の短剣を抜いた。
スライムはユイに気づき、体を膨らませる。攻撃の予兆だ。
ユイは一歩下がる。スライムが飛びかかってきた瞬間、横に身を捌いた。
体が軽い。18歳の肉体は、前世の38歳の時よりもずっと動きやすい。
スライムが着地する前に、ユイは短剣を振り下ろした。刃がスライムの核を捉える。
ぐにゃりと体が崩れ、スライムは動かなくなった。
ユイは短剣を拭い、鞘に納める。討伐完了だ。
だが、依頼は「街道の魔物退治」。複数体を倒す必要がある。
ユイは再び街道を歩き始めた。しばらくすると、また別のスライムが現れる。それを倒し、さらに進む。
三体目を倒した時、背後から声が聞こえた。
「危ない!」
ユイは振り返る。若い男性が剣を構えて走ってきた。
茶色の短髪、筋肉質な体格、銀色のプレートアーマー。前世で見たことのある顔だ。
カイル・ヴァルディス。
前世で、ユイが助けられなかった人物だ。
カイルはユイの横を通り過ぎ、草むらから飛び出してきた大型のスライムに斬りかかった。一撃で仕留め、息を整える。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとうございます」
ユイは静かに答えた。カイルは剣を鞘に納め、ユイを見た。
「一人で依頼を受けてるんですか? 危ないですよ」
「気をつけています」
「そうですか。でも、この辺りは最近魔物が増えてるんです。できればパーティを組んだ方がいい」
カイルは真面目な表情で言う。前世でも、彼はこういう性格だった。正義感が強く、他人を放っておけない。
だが、その優しさが仇となった。前世で彼は、仲間を庇って命を落とした。
ユイはその光景を思い出す。血まみれで倒れた彼の姿を、今でも覚えている。
助けられなかった。間に合わなかった。
今度は、違う。
「そうですね。気をつけます」
ユイがそう答えると、カイルは少し安心したように笑った。
「俺もこの辺りで依頼を受けてるんです。もしよければ、一緒に回りませんか? その方が安全ですし」
前世では、ここで断っていた。一人で十分だと思っていた。
だが、今は違う。
「お願いします」
ユイの返事に、カイルは驚いたように目を見開いた。
「本当ですか? じゃあ、一緒に頑張りましょう」
二人は並んで街道を歩き始める。カイルは気さくに話しかけてきた。
「俺はカイル・ヴァルディスです。冒険者になって三ヶ月くらいですね」
「ユイ・セイラスです。昨日登録したばかりです」
「昨日!? それで一人で依頼を? すごいですね」
「そんなことないです」
ユイは淡々と答える。カイルは少し考え込むような顔をした。
「でも、さっきの動き、結構慣れてましたよ。経験者ですか?」
ユイの手が一瞬止まる。だが、すぐに平静を取り戻した。
「少しだけ、訓練を受けていました」
「なるほど。それなら納得です」
カイルは納得したように頷く。ユイは内心で安堵した。
嘘ではない。前世での経験は、確かに訓練のようなものだ。
二人は街道を進みながら、魔物を倒していく。カイルは前衛として盾を構え、ユイは側面から攻撃する。
動きは自然に噛み合った。カイルの動きは読みやすい。彼の癖を、ユイは前世で知っている。
だが、それを悟られないよう、ユイはさりげなくフォローした。
カイルが踏み込む前に、ユイは敵の注意を引く。カイルが攻撃する瞬間、ユイは退路を確保する。
「ユイさん、動きがいいですね。連携が取りやすいです」
「カイルさんも、動きが読みやすいです」
「そうですか? ありがとうございます」
カイルは嬉しそうに笑う。ユイも小さく笑った。
前世では、彼と一緒に依頼をこなすことはなかった。だが、今は違う。
今度こそ、守る。
二人は依頼を完了し、街道を引き返した。夕方が近づき、空が茜色に染まっていく。
「今日はありがとうございました。おかげで無事に終わりました」
カイルが言う。ユイは首を横に振った。
「こちらこそ、助かりました」
「また一緒に依頼を受けませんか? 俺、ユイさんと組むと安心できるんです」
カイルは真っ直ぐな目で言う。ユイは少し考えて、頷いた。
「ええ、また」
「本当ですか! じゃあ、また明日ギルドで」
カイルは嬉しそうに手を振って、別れていく。ユイはその背中を見送った。
前世では、彼と深く関わることはなかった。だが、今度は違う。
彼を守るためにも、近くにいる必要がある。
ユイはギルドへ戻り、依頼の報酬を受け取った。受付嬢は笑顔で対応してくれる。
「お疲れ様でした。初依頼、成功ですね」
「ありがとうございます」
ユイは報酬のクリスタルコインを受け取り、ギルドを出た。
空はもう暗くなり始めていた。街灯の明かりが、石畳を照らしている。
宿へ戻る途中、ユイは今日のことを振り返った。
カイルと出会った。前世では助けられなかった彼と、今度は最初から繋がった。
これが、正しい選択だ。
ユイは小さく笑って、歩き続けた。
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