第003話 冒険者ギルド
午後の日差しが傾き始めた頃、ユイは冒険者ギルドの前に立っていた。
石造りの大きな建物だ。入り口には剣と杖を交差させた紋章が掲げられている。前世でも何度も見た光景だが、今は感慨深い。
ここから、すべてが始まる。
扉を開けて中に入る。広いホールには、多くの冒険者たちが集まっていた。受付カウンターの前には列ができ、壁際の掲示板には依頼の張り紙が所狭しと貼られている。
喧騒が耳に入ってくる。依頼の交渉、報酬の確認、仲間の募集。前世では緊張で頭が真っ白だった。だが、今は落ち着いている。
ユイは受付カウンターへ向かった。列に並び、順番を待つ。
周囲の冒険者たちの会話が聞こえてくる。
「やっぱり初心者は街道警備からだよな」
「俺は荷物の護衛を選んだ。楽だし、報酬も悪くない」
「早く上のランクに上がりたいな」
新人冒険者たちの声だ。前世の自分も、同じようなことを言っていた。
ユイは静かに列を進む。やがて、順番が来た。
受付カウンターの向こうには、若い女性が座っていた。茶色の髪を後ろで束ね、丁寧な笑顔を浮かべている。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
「冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました。こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
受付嬢は書類を差し出す。ユイはそれを受け取り、ペンを走らせた。
名前、年齢、出身地、得意な武器、魔法の適性。前世と同じ内容を書き込んでいく。
書類を返すと、受付嬢は内容を確認した。
「ユイ・セイラスさんですね。適性検査を行いますので、少々お待ちください」
「はい」
受付嬢は奥の部屋へ消えた。しばらくして、別の職員が現れる。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、小さな個室だった。中央には魔法陣が描かれた床があり、壁際には測定用の魔導具が並んでいる。
「この魔法陣の上に立ってください。適性と基礎能力を測定します」
ユイは魔法陣の中央に立つ。職員が魔導具を操作すると、足元から淡い光が立ち上った。
体を包む温かい感覚。魔力が測定されている。前世でも経験したことだ。
数秒後、光が収まる。職員は魔導具の表示を確認した。
「火、水、風、土の基礎適性がありますね。光と闇は弱いですが、訓練次第で伸びるでしょう」
「ありがとうございます」
「では、次は実技です。こちらの木剣を使って、基本動作を見せてください」
職員が木剣を差し出す。ユイはそれを受け取った。
軽い。18歳の体にはちょうどいい重さだ。だが、前世では両手で持っていた大剣に比べれば、玩具のようなものだ。
「構えてください」
ユイは木剣を構える。職員が合図を出すと、ユイは前に踏み込んだ。
一閃。空気を切る音が響く。
職員の目が、わずかに見開かれた。
「もう一度、お願いします」
ユイは再び構える。今度は横薙ぎに振るった。動きは滑らかで、無駄がない。
職員は何も言わず、記録用の紙に何かを書き込んだ。
「結構です。以上で適性検査は終了です」
ユイは木剣を返し、受付へ戻る。
しばらく待つと、受付嬢が冒険者証を持って現れた。
「お待たせしました。こちらがあなたの冒険者証です」
銅色の小さなプレートだった。そこには名前と、初期ランクを示す「E」の文字が刻まれている。
「初期ランクはEです。依頼をこなして実績を積めば、ランクは上がります。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
ユイは冒険者証を受け取った。手の中で、プレートが冷たい。
これで、正式に冒険者になった。前世と同じ道を、再び歩み始めた。
受付カウンターを離れ、ユイは掲示板の方へ向かう。依頼の内容を確認しておきたい。
掲示板の前には、相変わらず多くの冒険者が集まっていた。ユイはその隙間から、張り紙を眺める。
街道の魔物退治、荷物の護衛、迷子の捜索。前世と同じ依頼が並んでいる。
だが、やはり一つだけ違う張り紙があった。
「北の森における魔物異常発生の調査。推奨ランクC以上」
前世にはなかった依頼だ。北の森の異変は、本来はもっと後のはずだった。
「あれ、やめた方がいいよ」
隣にいた若い男が、仲間に言った。
「なんで?」
「最近、北の森で奇妙な魔物が目撃されてるんだ。ギルドも詳しいことは教えてくれないし」
「怖いな」
「Cランクでも危ないって噂だ。俺たちみたいな新人は、絶対に近づくなって先輩が言ってた」
男たちは別の依頼を探し始める。ユイはその場を離れた。
北の森の異変。これは前世との大きな違いだ。
何かが動き始めている。自分が過去に戻ったことで、世界の流れが変わったのか。それとも、前世で見落としていた何かがあるのか。
ユイはギルドを出た。外はもう夕方だった。街灯に火が灯り始め、通りの雰囲気が変わっていく。
宿に戻る途中、ユイは今日一日のことを振り返った。
街の様子、掲示板の依頼、冒険者たちの会話。前世と同じ部分と、違う部分。
そのすべてを、頭の中で整理していく。
明日からは、実際に依頼を受ける。まずは簡単なものから始めて、体を慣らす。そして、信頼できる仲間を探す。
焦る必要はない。一つずつ、確実に。
宿に着き、部屋に入る。ユイは冒険者証を机の上に置いた。
銅色のプレートが、ランプの光を反射している。
「始まったな」
ユイは小さく呟いて、ベッドに腰を下ろした。
窓の外から、夜の街の音が聞こえてくる。前世では聞き流していた音だ。
だが、今は違う。すべてが意味を持って聞こえる。
ユイは窓を閉め、ランプの火を落とした。暗闇の中で、目を閉じる。
明日も、長い一日になる。
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