ep.24 枝の剣
庭へと出るとリベリアが木の枝を振り回していた。
素人目にも、剣を振るような動きだとわかる。
お世辞にも綺麗だとは言えない。
それでも、その風切り音には確かな熱があった。
しばらく様子を見ているとリベリアが息を吐き出し、枝を地面に投げて座り込んだ。
休憩に入ったのだろう。
それを見計らって声を掛けた。
「…リベリア。寝られないのか?」
「!!!!!…おまっ!!!…なんで…」
どうやらこちらには気づいていなかったようで、大声を出しかけたところ寸前で留まり小声で話しかけてきた。
「俺もちょっと寝られなくてね。
たまたま窓を開けたらリベリアが見えたんだ」
「……ってことはさっきまで何をやっていたかも見ていたのか?」
「?そうだね。
まさかリベリアがこっそり剣の練習してるなんてねぇ〜」
「やめてくれ…!
これはただの恥ずかしい暇つぶしで、剣の練習なんかじゃねぇよ!」
「でも、リベリアの振る枝にはリベリアの気持ちが乗っていたと思うよ」
「…気の所為だっつうの。
そもそも、女で剣を振るなんておかしな話だろ?」
何処吹く風とばかりに笑い飛ばす彼女の顔つきが少しだけ強ばっている事が、月明かりに照らされて良く見えていた。
…嘘が、下手だな。
「…俺はそう思わないよ」
「嘘こけよ!?
剣を持つのは男。ジョーシキだろ!?」
「俺は常識知らずで有名だからね。全く気にしないよ」
「開き直るなよ!?」
「それにさ。
俺はリベリアが剣を振っている姿。
"かっこいい"と思うよ」
その時、リベリアは大きく表情を変えた。
その表情は、驚きの表情のようにも喜びの表情のようにも見えた。
「なんで…その言葉…」
「言葉?」
「とうちゃんが…昔、言ってたんだ」
「とうちゃんって…父親、居たのか?」
「とうちゃんは…剣士やっててさ。かっこよかったんだ。
俺にはかあちゃんは居なかったから、とうちゃんが俺の面倒見てくれててさ」
リベリアはほんの少しだけ笑った。
「とうちゃんはこれくらいしか教えてやれないって、枝を剣に見立てて遊んでくれてたんだよ。
俺が枝を振り回す度に、"リベリア、かっこいいぞ"ってな。
俺は女だっつぅの!」
「……いいお父さんだったんだな」
「……うん。
でも、5年前に戦場に行ったきり帰ってこないんだ。
多分、もう死んでると思うぜ」
リベリアの言葉を聞いて、ふと頭に浮かんだ。
俺たちの住む国レムナール王国と、隣の強国ヴァルティア帝国はもう15年も争いを続けている。
現在こそ停戦中のためさほど被害が出ていないが、俺が2歳くらいの時に大きな被害が出る戦いがあったと聞いたことがある。
…その戦いで、帰ってこなかったのだろう。
「その…悪い…」
「んや、いいよ。
少し驚いただけで、気にしてるわけじゃねぇし」
リベリアはそう言うと、立ち上がり軽く土をはらった。
「そんじゃまぁ、寝るわ。
…おやすみ」
「あぁ、…おやすみ」
屋内へと進む背中にかける言葉は、自分でも驚くほど重かった。
翌日。
店で働きながら、ふと昨日のことを思い出した俺はライアスに疑問を投げかけた。
「…5年前の戦いって、そんなに酷かったんですか?」
「なんだァ?藪から棒に。
くっちゃべってないで手を動かせ!」
「すみません!
…どうしても、気になってしまって…」
ライアスは露骨に顔をしかめた後に、ポツポツと語り出した。
「…まぁ、端的に言えば地獄だな。
15年前。つまり、華々しい戦果を上げた最初の大戦とは裏腹に、こちらの被害が強く出た戦いだ」
「…どのくらい死んだんですか?」
「正確な数字なんざ誰も分からねぇよ。
ただ、ここから少し離れた山側の都市がひとつ陥落するくらいの規模だ。
墓を掘る手の方が足りなかったんじゃねぇか?」
ある程度の社会情勢はライアスから教わっていた。
しかし、まさかそんな規模だとは思いもよらず言葉が詰まった。
「ひでぇのは戦後だよ。
親を無くした子どもで溢れちまったからな。
人攫いに捕まったら御の字。生きては行けるからな」
「………」
「1番胸糞悪ぃのは、赤子や育ちの悪い子どもは人攫いに狙われねぇんだ。
捕まえてもコストがかかるだけで金にならねぇからな。
そんなやつらはスラムに流れて、誰にも気付かれずに路地でそのまま死んでいく。
屍運びなんて仕事が成り立ってたのはそういうカラクリだ」
「……そんなの……」
「おっと、助けようなんて自惚れた真似は辞めろよ?
戦争の被害を受けずに済んだこの街ですら孤児が流れて治安が悪化してんだ。
戦争地帯はお前が考えているより
――確実に地獄だ」
その目は、有無を言わせないとばかりにこちらを睨みつけていた。
俺は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込むと、別の言葉を選んだ。
「……リベリアの、うちで預かっている孤児のお父さんがその戦争に行ったきり帰ってこなかったみたいなんです。
やっぱり…亡くなられてますよね」
「まぁ、ただの農民が生存することはまず不可能だろうなぁ…」
「リベリアは自分のお父さんの事を"剣士"と言っていたので、おそらく腕に覚えのある方なんじゃないかと…」
ライアスは深く息を吐いた。
少し言葉を選ぶ素振りを見せた後俺へと語った。
「…そりゃ、良くて傭兵だろうなぁ…」
「傭兵?」
「金を積めばなんでもやる。底辺も底辺だな。
ほとんど賊と変わらねぇよ。
あいつらは"騎士"を名乗ることが出来ないんだ。
そんなことしたら本当の騎士様に首を飛ばされるからな。
だから"剣士"を自称するんだ」
「…剣士って言葉に、そんな意味が…」
「まぁ、そういう人間は十中八九死ぬな。
多少腕に覚えがあったとしても、事実上の使い捨ての駒だ。
そんな状況で生き残れるやつなんざ俺は1人しか知らねぇな」
「…逆に1人は居るんですか?」
「そいつは騎士様だったから腕の練度はまるで違うだろうがな。
まぁ、そのうち話してやるよ。
それよりも仕事しろ仕事!手が止まってんぞ!」
ライアスに話を聞きたかったのだが、続々と積み上がる会計処理の山を見て現実に戻されてしまった。
俺は必死に腕を動かすこととなった。
夕暮れ時。
ライアスに押し付けられた。もとい教育してもらった仕事をなんとか終わらせて帰路に就いている俺の手にはとある物が握られていた。
「…リベリア、喜んでくれるかな」
そう。リベリアへのプレゼントである。
前々から孤児たちへのプレゼントは計画していたのだが、昨日のリベリアの話を聞いてすぐにピンと来た。
ライアスにその話をするとすぐに手配してくれたのだ。
まさか、その日のうちに手に入れてくれるとは思っていなかったが、まぁ早ければ早い方が良いだろう。
沈みゆく陽の光に照らされて、俺の手に持つ"木刀"は鈍く光っていた。




