電気ケトルみたいな霊具
人気のない場所にひっそりと佇む古びた家に一人で住んでいる老人の元に一人の少年が訪ねてきた。
少年は蒼玉の髪に琥珀水晶の瞳をしていた。
『老師……。どうか、どうか私に人の心というものを教えてほしい……』
少年は頭を下げそう告げた。
それは雨が静かに降り注ぐ春のことだった。
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「………」
「………」
部屋の丸テーブルの向こう側に座っているイケメン……この敷地の管理を任されているという黎明様。数日前、ふらりとやってきて「話し相手になってほしい」とエベレスト級のハードルの高いお言葉を残して去って行った人だ。
(まーじで来ちゃったよ、この人)
ぶっちゃけ、来ないだろうと思ってました。だって相手は貴族で俺は平民よ!? 会話が成り立つと思うかっ!? 思わんわっ! ………ふー……落ち着け。俺。今は穏便に、兎に角、何事もなく、穏便に! やり過ごすんだっ! なんとか平静を装ってチラリと黎明様を盗み見した。
黎明様は美しい所作でお茶を入れている。うわぁお。お茶を入れてるだけなのに背中に花を背負っている。これがイケメンマジックってやつですか?
(上司にお茶を入れさせるなよって思うだろうが……)
お茶の正しい作法なんて知らんわっ! 目の前に広げられた茶器セット見て俺の頭の上に「?」マークが大量に浮かんだぞ! 前世では急須に適当に茶葉入れてお湯注いでペペっと湯呑に入れて、「はい、どうぞ」だぞ? 家族もみんなそんな感じだった。今世では茶葉は高級品扱いで農民が口にすることなんてない。なので黎明様が「私が淹れよう」という言葉に黙って従った。黎明様はお茶を入れたちっちゃい湯呑と饅頭みたいなお菓子を俺の前に置いた。
「い、いただきます……」
出された以上は飲むしかないので湯呑に口を付けた。
(……にしても)
俺は丸茶器セットの脇に置かれた……電気ケトルっぽい鉄製の湯沸かし器をチラリと見た。電源コードなんてついていない。……霊具ってやつなんだろうか?
「これが気になるか?」
突然黎明様に声を掛けられて危うく変な声をあげるところだった。やべぇ、不躾に見てしまったのかもしれん。
「ももも、申し訳ございませんっ!」
「謝る必要なんてない。ほら、近くで見るといいし、触れてもいい」
めっちゃいい笑顔で電気ケルトもどきを俺のほうに寄せる黎明様。えぇー……触れるのは流石にちょっとぉぉ……。湯呑を置いて「し、失礼します」と一言ことわってから電気ケトルもどきを遠慮がちに見た。見れば見るほど電気ケトルに似ている。形はこっちのほうがシュッとしているけど。どういう仕組みなんだろう。
(………ってかこの人、なんでそんな期待するような目でこっち見てんだ????)
キラッキラした眼差しが凄すぎて逆に怖いっ! 待って。何か言えってこと? 何か言えってことかっ! 発言しても大丈夫!?
「ああ……発言を許す。なんだね?」
うわぁぁ、にっこ、にっこじゃん。なんで?
「…………あ、ありがとうございます。……えっと、あの、もしかして、れ、霊具、というもの、でしょうか?」
俺がそう聞いた瞬間、黎明様がずーんと落ち込んで「そうだ」と言った。なんでっ!? えっと、えっと! な、なんか言わんとっ!
「その、ま、薪がなくてもお湯を沸かせるなんで凄いですねっ、それに持ち運びも簡単で、これなら山の中でも手軽に温かいものを飲むことができますねっ!」
咄嗟に思いついた言葉を言ったら、バッと黎明様が顔をあげて俺を凝視した。こ、こわっ! 思わず上半身が後ろに逃げたのは見逃してほしい。あ、これって帝が考えたものかもしれない!
「えっと、主上が日常生活用の霊具を考案されていると、き、聞きましたっ! この霊具もそうでしょうか?」
「……そうか、これも……忘れてしまったのか」
忘れ……はい? 呟かれた言葉が余りにも小さくて、上手く聞き取れなかった。黎明様は緩く首を振ったかと思うと、笑みを浮かべた。
「他にも色々あってな。まだ試作段階だが今度持ってこよう」
いや、持ってこないでください。
辺りが薄暗くなってきた頃。庭の草刈りを辞めて井戸水で手を洗った後、炊事場に行って竈に薪を入れて火を付けた。お湯が沸くのを待っている中、チラリと戸棚を見た。あの戸棚の中には黎明様が持参してきた茶器セットと電気ケトルもどきが入ってる。あの人が「また来るから」と勝手に置いていったのだ。んな、たっかそうなもん置いていくなよっ! 「高価なものを壊したら怖いので持ち帰ってください」と伝えたのにスルーされた。
あと電気ケトルもどき……面倒なのでケトルと呼ぶ……を「遠慮なく使うといい」と言われたが、そんな気安く使えるかっ! 確かに簡単に沸かせて便利なのは知っているっ! でもこの世界じゃ、ペーパードライバーの奴に超高級車を運転させるようなもんだろっ! ………はぁー。
なので俺はそんな恐れ多いものに触れず、いつもどおり薪でお湯を沸かすことにした。
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辺りが静まり返った夜。美しい装飾が施された机の上に置かれた金属で作られた小さな照明用の霊具が、蝋燭の灯りとは異なる灯りで青年の手元を照らしていた。青年は静かに巻物に筆を滑らしていく。
灯りは小さな照明用の霊具だけで辺りは薄暗い。だがその薄暗い中でもはっきりと浮かぶ艶やかに伸びた蒼玉のような髪に琥珀水晶のような瞳。
”………とかあればいいよなぁ„
ピクリと筆が止まる。青年は筆を置き背もたれに寄りかかり天井を見上げて深く息を吐き出した。
”薪や炭が無くてもお湯が簡単に沸かせる道具とかあればいいよなぁ„
脳裏に小さな少年が枝で地面に絵を描いている姿が浮かぶ。
”こう……小さい土台のここが火のように熱くなって、そこにヤカンをおいて熱で沸かす……みたいな?„
丸い土台にぴったり嵌まる様に置かれたヤカンの底を何度もなぞって ”ここが熱くなる„ と少年が言う。
”んで、持ち運びとか簡単にすれば、山の中でも手軽に温かいものが飲めるじゃんっ!„
そう言って少年は無邪気に笑った。その笑顔にもう一つの顔が重なる。
”これなら山の中でも手軽に温かいものを飲むことができますねっ!„
「……本当に全て忘れてしまったのか? …………洋」




