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甘い棘

「…い。――おい」

「はい、何でしょう」


 どうにも眠れない日々が続き、貴重な時間をわざわざ割いて来てくださっている殿下のお声にもすぐ気がつかなかったよう。本当に申し訳ない。

 内心で自身に深く言い聞かせる。


「お前はどちらが良いと思う」

「そうでございますね……」


 スティール殿下が示す先には全く異なるデザインのネックレスが二つ。


「右であれば、リリラーナ様が。左はシュローマ様が、それぞれよくお似合いかと」


 こちらに来てから知り合った、伯爵令嬢のリリラーナ様とシュローマ様。滞在させていただいている公爵邸の公爵夫人主催の茶会で幾人かの御令嬢が集まった中で、一番親しくなった二人の令嬢の姿が思い浮かんだ。お会いする前に読んだ貴族目録にあった、豊かな波打つ金髪と煌めくラピスラズリの瞳をもつリリラーナ様には、スティール殿下が説明された瞳と同じラピスラズリが使われたネックレスはその白い肌と相まってとても映えるだろう。そしてシュローマ様は流れるように真っすぐな濡れ羽色の髪に、深い蜜を感じさせるようなアンバーの瞳。きっと女性らしい丸みのある真珠は彼女の持つ優しい雰囲気を表現しつつ、髪色と反し互いを映えさすだろう。

 そう思ったまま答えると、スティール王弟殿下は表情を曇らせ何かを言い渋る。


「どうかしまして?」

「――いや、もういい」


 そうしてその後もネックレスにイヤリング、指輪にブレスレット、と様々なジュエリーへの感想を求められて終わった。





 その数日後、こちらに来てから初めて招待された王城でのティーパーティーへ参加していた。主催者はもちろんこの国の母、正妃・リュシアーナ様。スティール王弟殿下にとって、義理の姉にあたるお方。実兄であり国王でもあるスティーヴン国王は、実際お目にかかったことはないけれどそのお姿は肖像画で一度拝見している。スティール殿下からご説明があった、太陽を思わせるような金髪に湖面のように透き通ったアクアマリンの瞳。その傍らに立つリュシアーナ様は豊かな新緑の髪に、トパーズの瞳。太陽の光を受け、輝く実物の方がなお美しい。


 そんな女神と見まがう方が主催されたティーパーティーに参加している私が今、身に着けているものは全てスティール王弟殿下が用意してくださったものらしい。髪飾りに、イヤリング、ネックレス、そのどれもプラチナとサファイアが使われ作られている。ドレスも裾を深い色で染め上げ、胸元に上がるにつれ淡く薄くなるグラデーション。ドレス全体には薄布がひらひらとハイウエストから裾まで段を作って縫い付けられており、よりグラデーションを美しく魅せている。

 こんな素敵なドレスを結婚式以外で着ることができるなんて、本当に夢のよう。

 

 スティール王弟殿下とともに参加する初めての催しであるということもあり、最初はとても緊張していたけれどそれも時間が経つと同時に周りを見る余裕もできてきた。美しいドレスを身にまとう御令嬢たちや、その傍らに立つ貴族紳士の皆様。華やかな光景に心も少し浮足立つ。

 一通り挨拶を終え、スティール殿下は親しい方々とお話しするべく一旦互いに離れて過ごすことに。私は私で、こちらの貴族の方々と交友を少しでも広げるため予め頭に入れておいた貴族目録を頼りにまずは所見の御令嬢方と会話する。


 そうして過ごすうち、ふと裏庭の花園でスティール様とリリラーナ様が仲睦まじくお話されている光景を目にし、その眩しさに思わず目を細める。


(――とても、お似合い。まるで別世界のように美しく、綺麗……)


 プラチナの髪をもつスティール王弟殿下と、豊かな波打つ金髪をもつリリラーナ様。その瞳はどちらも色味は違えど、揃いの青。

 私が触れてしまえば汚してしまいそうな、シミ一つない、絵画のように美しい光景に見惚れる。


(私にも……)


 そう思ったところで、一人の男性(ひと)の姿が一瞬だけ浮かんだ。

 懐かしい、懐かしい人。

 幸か不幸か、笑顔しかしらない。

 誰よりも、何よりも、愛している人……。



――けれど、すぐに霧散し過去が押し寄せる。



 わたし(・・・)は確かに望まれた存在だったけど、今は邪魔になり。

 必死に笑顔をまとって、「わたしはだいじょうぶ」って、暗示をかけて。

 痛みには気づかないふり。


 ああ、いつも思っていた。


 誰か、わたしを必要としてくれる人が現れてくれないだろうか。

 誰か、わたしを求めてくれる人が手を差し伸べてくれないだろうか。

 誰か、わたしを見てくれる人が見つけてくれないだろうか。


 誰か、誰か、誰か、お願いします。私を見つけて、手をとって、そばにいて下さい。


 私を抱きしめて、私を私だと認めてください。




 いつの間にか眠っていたのか、ふと目を覚ますと自室の寝台の上だった。あの場所からどうやって戻ってきたのか覚えはないが、きっとどうにかして戻ってきたのだろう。

 眦から零れ置いた雫が枕を濡らしており、それを隠すようにもう一度枕に頭を沈める。


 今度は、深く、夢も見ないほど深く眠りにつけるようにと、願って。





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