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華堕ちて  作者: アヲ
9/10

8.



春澄は、それから日高の言葉がずっと頭を巡っていた。


件の騒ぎで思いがけず秋人が関与した影響か、あれ以降春澄に対してあからさまに嫌がらせをしてくる生徒はパタリといなくなった。


しかし、遠巻きにされているのは相変わらずで、むしろ以前より周囲の生徒たちは危うきに近寄らずといった様子だ。



「またそれだけなのか、春澄は。

本当に食が細いな。」



変わったことは、他にもある。

登校や昼食、日々の学院生活に日高が加わるようになったことだ。


日高は学院で見かければ春澄に声をかけてくれ、昼食も一緒にとることが増え、時には彼が親しくしている友人に紹介され、短く言葉を交わすことさえあった。



「日高が羨ましいよ。

よく食べるし、背も高い」


「よく食べるから、背も伸びるんだ。

お前ももっと食べた方がいい」



日高はそう言って、副食が乗った自分のプレートから唐揚げを一つ取ると春澄の皿に分けて寄越した。


くれるの?という春澄に、日高が食えと促す。



最初こそ生徒たちの視線が気になって苦手だった食堂も、日高と何度か利用することで随分と慣れたように思う。



ここしばらくで、春澄はようやく学院に馴染みつつあった。


もちろん日高の存在は欠かせない。

彼がそばにいなければ、恐らくまた独りの学院生活に逆戻りだろう。


それにまだ本当に現状を受け入れて良いのか、春澄ははっきりと結論を出せずにいた。


亡き母と老女中の幻影が、そして秋人の言葉が春澄の後ろ髪を引く。


日高は優しい。そして、面倒見もいい。

だからきっと彼は周りに溶け込めず、独り浮いてしまっていた同室の自分を放って置けなかっただけなのだ。

そんな彼を自分のせいでまた何かの不幸に巻き込みたくはない。


しかし、同時に日高の言葉に縋りたい自分もいる。


『ここは学び舎だからな。あるのは同じ年頃の人間同士で、家がどうなんて俺は関係ないと思うんだ。』


彼はそう言った。


少なくとも、日高は春澄の家のことは気にしていないと言う。


家が関係ないのは、半分真実だ。

春澄を疎み、親しくした使用人を解雇する義母も確かにここにはいない。



___であれば、日高の優しさに身を委ねても良いのではないか。

この所日高と過ごしていると、そんな思いが強くなっていくのが分かった。



罵ることも、蔑むこともしない。

ただそばで他愛ない話をしてくれる。

体調が悪そうなら案じてくれ、困っていたら率先して手を貸してくれる。


申し訳なさそうにする春澄に、日高は友人なら当然だと言ってくれた。



春澄には、もはやそんな彼を今さら突き放すことなど出来ないのも事実だった。



ささやかな望みを許されず、何も持たなかった春澄に、日高は「当然だ」「当たり前だ」と愛をくれる。


それが春澄にとってどれだけ価値のあることで、けれど手に入れることを諦めたものだったか、日高は知っているのだろうか。



自分といることで、日高は悪く言われるかもしれない。

彼の友人の何人かは、離れて行ってしまうこともあるかもしれない。


それでも、彼は気にしないと言うのだろう。

あの明るい、晴日のような笑顔で。



___彼のそばにいたい。



心のどこかで、そんな小さな声が聞こえる。

それは春澄が初めて抱く感情だった。



「春澄、どうした?」



会話を止めてしまっていたらしい春澄を、日高が覗き込むような動作で窺う。


些細な仕草でさえ、どうにも胸が暖かくなる。



「日高、ありがとう。」



溢れた思いが、そのまま言葉となって出てきた。灯火を取り戻した蝋燭が、ゆっくりと蝋を溶かしていくような、不思議な心地だった。


日高が、驚いたような表情で動きを止める。


変なことを言ったかと、もう一度窺うように日高の名前を呼ぶと、彼は柔らかく破顔して大きな手のひらで春澄の頭をくしゃりと撫ぜた。


お前は…という日高の小さな呟きが聞こえたが、春澄が聞き返す前に午後の講義の時間を報せる鐘が鳴る。


慌てて駆け行く二人の姿を、正午の陽光が優しく包んでいた。





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