第85話 闇夜の戦い
その時、ヒュッと風を切る音とともにオレの目の前を何かが通過していった。
「ガドル!やっぱりランタンは待てっ!盾を右側に向けて構えるんだっ!」
「?!了解だっ!」
オレの指示を受けた猫は、ランタンに伸ばしかけた手を引っ込めて、素早く大盾を取り出して構えた。その直後にカッ!ココッ!とオレ達を狙って放たれたと思われる遠隔武器が猫の盾で弾かれた音がする。
間一髪だ。やはり遠隔だったか!
こちらから敵の状態を確認することは出来ないが、敵は夜目が効くのか狙いはそこそこ正確だ。先にランタンを付けて明るくしていたら完全に狙い撃ちされているところだった。危ない。
オレは出来るだけ身を屈めて猫の盾の陰に入る。
断続的に敵の遠隔攻撃が大盾に当たる音が続いている。どうやら敵の遠隔攻撃には、《鉄壁》のスキルを誇る猫の防御を突破出来るほどの威力はなさそうだ。まずは一安心するオレ。
ここで改めて戦況を分析してみる。猫のおかげで今のところ敵の攻撃を食らう気配はないが、敵の攻撃は止む気配がない。狙いもそこそこ正確であるようなので、迂闊な攻撃は的になるだけだ。ということで、オレ達は盾の後ろから身を乗り出すことが出来ないでいる。
ただし、幸い敵には距離を詰めてくる様子がない。いまのところ射撃手だけではないかと思われる。
(この戦況を打開するには……ちょっと敵を脅かしてやる必要があるよな。魔法が使えると一番いい局面だが……あ、そうだ)
「ガドル。さっきのランタンをオレにくれ。購入費用は払う」
「そんなん要らないだよ。でもそれをどうするだ?」
オレは猫からランタンを受け取った。このVRの世界でランタンの『油』による火炎がどれだけ功を奏するか分からないが……試してみる価値はある。
「ガドル、目をやられないように出来るだけこっちを見るなよ。こうするんだ!」
オレも両目をやられないよう、利き目である右目を閉じた。これで眼がイカれたとしても右目は無事に済むはずだ。
その状態でランタンの出力を最大にセットして点火。煌々と燃え上がったランタンを遠隔攻撃を放ってくる方角へ思い切り投げた。ランタンは大きく放物線を描いて宙を舞い、何かにぶつかって燃え上がった。
『ギャアァァァァ!』
叫び声に似た悲鳴が上がる。オレはその声に聞き覚えがあった。
「ゴブリンの射撃手だったか」
オレは目を利き目に切り替えてクロスボウを構える。
ゴブリンの群れの中央で激しく燃え上がるオレが投げた元ランタンの炎。闇に慣れたままの右目は、燃え上がったランタンの炎で照らし出されたゴブリン達を正確に捉えた。
「見えたらこっちのもんだ!」
気づけば敵からの狙撃も止まっている。投げたランタンの炎でゴブリン達の視界を一時的に麻痺させることにも成功していたようだ。
オレは猫の背後から半身分乗り出した状態で、クロスボウから弾矢を放っていく。悲鳴を上げながら弾矢急所に食らったゴブリン達が倒れていく。
だが……
「強い!これは普通のゴブリンじゃない!」
ゴブリンの群れは崩れない。
確かにオレがクロスボウで放った弾矢は確実にゴブリン射撃手達を射貫いていく。しかし、倒れるのは本当に弾矢が眉間に突き立ったゴブリンだけで、ほとんどのゴブリン達は腕を犠牲にしてガードしたり、中には短剣に持ち替えて弾矢を叩き落としている個体までいる。
眼が眩んでいるはずなのに……オレは躍起になって打ち続ける。何度か撃つことで倒した個体も出始めるが、いかんせん手数が足りない。
ついにゴブリン射撃手達は、弓を捨てて短剣を取り出すと、群れ全体でオレ達の方へ突撃してきた。その数……約20体ほど。闇夜の中逃げるわけにはいかない。オレ達はここをなんとしても乗り切らなくてはならないのだ。
「ガドル!」
「あぁ!オラもやるだよ!」
単純に攻撃力という意味では心許ない猫ではあるが、短剣で戦う時のオレと比較するなら大差ない。技術がある分だけゴブリン射撃手達は強敵なのは間違いないが、弾矢の一撃で倒れている個体もいるのだから、耐久値は少なめである……と信じたい。
オレも久しぶりに腰の短剣を抜いた。
即死効果のあるオレのハンティングダガーがどこまで通用するか……それに掛かっているとも言える。一応《短刀術》を持っているオレだが、弾矢を叩き落とす程の敵に通用するかどうか……。
短剣を使うことにいまいち自信を持てないオレは、ギリギリまでクロスボウで敵を狙撃する。狙うは眉間。ここに命中すればゴブリン射撃手と言えど一撃で屠れるのは実証済みだ。突撃してきたゴブリン射撃手達の3分の1ほどの数をこの狙撃で倒して減らしたが、残りの十数匹は肉迫してきていた。
「どりゃあああ!」
猫は普段聞かないような雄叫びを上げ、盾を構えたままゴブリン射撃手の群れに突撃した。この瞬間、猫の強固な防御力がそのまま攻撃力となる。
弾き飛ばされたゴブリン数体がそのまま動かなくなる。直前で猫の突進を躱したゴブリン達もあまりの威力に足が止まっている。
「ナイスだっ!」
オレはやはり短剣で戦うのをやめ、クロスボウで足が止まったゴブリン射撃手を狙い撃ちしていく。その様子にハッとした数体のゴブリンが、オレに向かって突撃を再開したが時既に遅し。猫の力技なシールドバッシュがゴブリン達を跳ね飛ばしていく。あとはオレがトドメを刺していくだけだ。勝負あった。
心底、猫が居て良かったと思った。
猫も自身が活躍したからの勝利だと分かっているようでとても嬉しそうである。初めて会った時の自信のなさから比較すると、猫も随分成長したようだ。
「戦闘で活躍出来るのが嬉しいだ。ファクトさんに着いてきてよかっただよ」
「なに、助けられてるのはオレのほうだ。あの突進は良かった」
わっはっはと大声で笑いながらオレと猫は肩を叩き合って喜んだ。
オレ達自身、真っ暗でどこにいるかもハッキリ分かっていないなかでの戦闘だったが、とても充実した戦いだったと言える。
「しかし、あんな連中に狙われるんじゃ、こんな暗いなかウロウロする訳にもいかんよな。せめてここがどこなのか?だけでも分かるといいんだが……」
「そのことなんだどもな……」
猫は盾をアイテムボックスにしまい込むとその場に座り込んだ。
「オラが思うに、ここはもう採石場の中だと思うだ」
「……どういうことだ?」
「これを見て欲しいだよ」
座り込んだままの猫が、地面から何かを取り上げて差し出してみせた。……これは石?なのか。
そう思った瞬間にオレの《アイテム鑑定》が発動する。そのスキル情報によれば、猫が差し出した石は『鉄鉱石』だった。
「なぜ……?」
オレの脳内に『?』がたくさん溢れた。
いままでであれば、《アイテム鑑定》を自動モードとしている以上、視界に入ったアイテムは勝手に表示されていたはずだ……ん?『視界に入った』だと?
「あ!なるほど、そういうことか」
オレは理解した。
周囲が明るい時は視界に入った時点でそれがどんな物であるか認知出来ている訳だが、今のように暗闇のなかでは存在していたとしても、視界に入ったわけではない……つまり認識出来ない状態であるものに対しては《アイテム鑑定》というスキルは発動しないらしい。
「オラもさっき気づいただ。オラには《アイテム鑑定》はないだが、目で見て認識したアイテムに関してはアイテム名が表示されて見えるだよ。たまたま大盾で敵の矢を受けていた時、足元に石が沢山落ちているのに気づいただ。ここは既に、《採石場》もしくは入り口付近だと思うだ」
猫の眼がキラリと光る。それを見て、オレも猫に倣って、地面に座り込んだ。
「つまり……こうすれば素材が見えるってことか。……それなら!」
オレと猫は同時に頷いた。
「「採集だっ!」」




