第75話 イベント戦
『へい!らっしゃい』
素材店のAIスタッフによる威勢の良いかけ声がオレ達を迎えた。
八百屋じゃないんだから……と思いつつも店内に足を踏み入れたオレとるー坊。植物系の素材専門店ということだが、調号士としてその品揃えが非常に気になるところだ。るー坊にとってはどうでもいいのだろうが。
そんなことを考えながら店内を見回したが、ショーウィンドウのようなものは特になく、奥にカウンターがあるだけである。
カウンターの奥にはいわゆる漢方調剤店にありそうな木製の薬箪笥が見える。あの箱の中に整理されて素材がしまわれているのかもしれない。
『ご入り用は?』
スタッフは分かりやすいほど手もみをしながら御用聞きをしてきた。商人キャラを作りすぎだろうとオレは思わず苦笑する。
「特にこれといった狙いの素材はないが、ラインナップを見たい。どんなものが置いてある?」
キョロキョロしながら早く出て次の店に行きたそうにしているるー坊を無視し、オレは自分の興味を優先した。
例えばアロエやドクダミのような、その辺で容易に採集出来るような品物だったら当然不要だ。腐らないけど腐るほどある。そのほかにも、他にもレシピこそないが役立ちそうな植物素材はその辺で採り漁っているので、それらとは一線を画するような素材があると嬉しいのだが……。
要するに見知ってる素材は要らない。まだ『知らない素材』を見てみたい。が正解がオレの正直な気持ちだ。
『ラインナップ……ですかい?ウチには定番品ってものを置いてないんですよ。だからお見せできるラインナップなんてなくてですね……』
ちょっと歯切れの悪い回答だが、要するにその時その時で品揃えが違うらしい。ならばなおのこと『今のラインナップ』を見せてほしいというのは当然の要求だと思うのだが……?
「品揃えが毎度違うなら、余計にラインナップを確認したいんだが?全部じゃなくていい。今、在庫のある目玉商品とその価格を教えて貰えばそれでいいさ」
オレがそう言うと店員は何故か、ますます困ったような表情をする。目玉品であったとしてもラインナップはどうしても出せないということなのだろうか?
『おや?あなた方は?』
誰か来たようだ。AIか?
オレとるー坊は声のした背後を振り返った。NPCのようだが見覚えがある。
「あれ?あんたさっきのオッサンじゃない?」
そうだ。るー坊に言われて確信したが、確かにイベントを発生させたNPCのオッサンである。
ここでオレは大事なことを思い出した。すっかり忘れていたが、NPCのオッサンとの待ち合わせはイルグラード時間の1時間後に地下街入り口じゃなかっただろうか。オッサンと遭った後、エルナと遭ったことでオレの意識は用足しに行ってしまった結果ログアウトしてしまったので、約束時間の合流には間違いなく間に合っていない。
るー坊に遭ったあと、もう一度イベントを発生させておけば良かったと思ったがあとの祭である。
とりあえずクエストはパーティで受けられるはずなので、るー坊が条件を満たしていれば問題ない……と、期待を寄せる。タイミング的にるー坊がイベント発生させたのがパーティを組む前のことなので、もしかしたらダメかもしれないのだが。
仮にOKだとしたら、るー坊が受けた時間からカウントしたとして1時間は流石に経っていないだろう。
「あぁ、時間に間に合わなくて済まなかった。オッサンはお店に行けたかい?」
オレはクエストをスッぽかしたことを謝罪しつつ、イベントの進行を探る言葉をNPCのオッサンにかけてみた。イベントNPCと思われるキャラがわざわざここに現れたのだ。何か進行があるはずだと考えて……。
『あぁ、それはまぁいいんだ。私も野暮用が出来てしまって約束の時間に行けなかったからな。それより……』
『ゴズさん!』
先ほどまでオレと会話していた素材屋のスタッフがNPCのオッサンに声を掛けた。ん。そうかNPCのオッサンの名前は『ゴズ』というのか。
というかゴズさん、最初に遭ったときより物腰に威圧感が出始めているのは気のせいだろうか。
スタッフが何故か涙目でゴズに泣きついている。オレなんか変なこと言ったっけ?店のラインナップを見せて欲しいって言っただけなんだが。隣をみるとるー坊の表情からも警戒心がダダ漏れになっている。うむ。オレも他人のことを言えないかもしれないが、みんなポーカーフェイスが下手だ。
『確かに上層で店を捜して欲しいとは依頼したが、私の店でいちゃもんつけていいとはいってねえぞ?』
「えぇ?あたしたちそんなことやってませんけどぉ?」
『じゃあなんで俺んとこの連中が怯えてんだ。あぁ?!どう落とし前つけてくれんだ。おぉっ?!』
「あぁ?そんなん濡れ衣ですよ?そいつが勝手に演技してるだけでしょぉ?あんまり適当なこと言ってるとあたしも怒りますよ?」
『怒ってんのはこっちだ。わかってんだろうなっ!』
「んだとこらぁっ!」
あらま。ゴズさんついに一人称が俺になっちゃった。
そのうえ何故かるージュがキレかけ……いやキレている。おぃおぃ。NPC相手にキレてどうすんだ。どう見てもこれイベントだろうに。イベントクエストを潰しちゃわないだろうな、この馬鹿は……まったく。完全にキャラ作りも崩壊してるし。
「おぃ。落ち着けるー坊」
オレはるー坊の肩に手を置くが、その手はるー坊に荒々しく振り払われた。ダメだ。完全に頭に血が上っている。
はぁと小さくため息をつくオレ。なんだか一生懸命止めるのも面倒になってきた。
とりあえず、ゴズたちとるー坊の不毛な争いを観察してみることにした。これ以上オレが何か言ったところで事態が改善するとも思えない。
『折角『穴蔵』への案内をしてやろうと思っていたが、気が変わった。ここでてめえら一遍死んで手数料として金品を置いていきな!』
「え?!てめえらって、オレも入ってんのかよ!」
店長のゴズさんとるー坊だけの争いではなく、何故かオレも含まれてしまってたようだ。
何でだよ!と思う間もなく、オレ達の足場に魔方陣が現れると一瞬で景色が変わった。どこかに転移されたようだ。
「なによ!こんなところに連れ込んで!」
るー坊が声を荒らげた……が、その後ろに居たオレには、るー坊の手が背後に忍ばせた獲物に伸びていくのがハッキリと見えた。どうやらちゃんと正気に戻っているようである。
それならば、オレも協力するだけだ。るー坊のように特に隠蔽することもなく、愛用のクロスボウの準備が完了した。
『ふん!良い装備をお持ちのようだ!野郎ども!気合い入れて奴らの装備を回収しろい!』
『『『おぉぉっ!』』』
敵がいつの間にか増えていた……いや、最初からこの転移後の空間に居たのかも知れないが、ゴズとその子分達が一斉に襲いかかってきた。
……
「よ……よええ」
思わずそう漏らしたのはるー坊だ。結論からいうと『ゴズと子分達』とオレ達の戦いは一瞬で終わった。
それこそオレはクロスボウを放つことなく、またハンティングダガーを振る必要も無かった。勝負はるー坊の一撃だけで終わってしまったのである。
るー坊が振るったのは革製のロングウィップだ。某映画の冒険家よろしく、長い鞭を器用に操ったるー坊の一撃は、それだけでゴズ一味を打ち払ってしまったのだった。そして戦いも終了である。
拍子抜け……と言ってしまえばそれまでだが、そもそも初期街の高級アイテム専門店の解禁イベントなのだから、難しいはずがない。全くの手応えのなさに物足りなそうなるー坊とは対象的に、初心冒険者向けのイベントなんだからそんなもんだろうと、オレは納得していた。




