第71話 遅れてきたエルフ
ファクトたちがルーテリアに到着してからしばらくして……時間としてはイルグラード時間で数時間経った頃、一人の麗しき冒険者がルーテリアの街に到着した。
肩で息をしながらやってきたそのプレイヤーの名は……『るージュ』
ファクトとは何かと関わり深いプレイヤーだ。
モルトの街の戦士ギルドで最初にファクトに話し掛けてきたのは彼女(彼?)であるし、鍛冶ギルドで猫にクロスボウの製作を頼んでフラれたために、代わりにファクトにクエストの手伝いを依頼したりしていたのも彼女(彼?)である。
結果的に上級職資格取得のクエストの手伝いを依頼されたわけだが、手伝うにも情報が正確でなかった。なので詳しく確認しようとしたがすぐに分からなかったので、鍛冶AIスタッフに伝言を預けてルーテリアに出発したという経緯がある。
情報の収集にしばらく時間がかかりそうだと判断したファクトとしては、伝言のみで問題ないと思って出かけたわけだが、意外と早く情報を集めてきた『るージュ』と入れ違いになり、結果的にるージュはモルトの街に置いてきぼりにされた形となったというわけである。……もっともその事実を今もファクトは知らないのだが。
「こっ……ここが、ルーテリア。まったく……『ちょっと出かけてくる』程度の距離じゃないじゃないか!俺……あたしが追いかけてなかったら、次に一体いつ会えるっていうんだよこんなとこ。……いやまぁいいところだとは思うし、結局来ることになるとはいえ……あったまきた!ぜっっっったいに手伝ってもらうからな!」
ルーテリアの街の入り口で拳を高く突き上げて叫ぶ、るージュの姿がよほど異常だったのか周囲にいたプレイヤーたちがささっと距離をとった。完全に『危ない人』扱いである。
「くっ……あたしはこんなことでめげないぞ!まずはヤツを捜すんだ!この街にいる……筈だ!情報収集の基本は聞き込みっ!人のいるところっ!はどこ?」
るージュは可憐なその姿に似合わない力強い足取りで、のしのしとルーテリアの街の中央広場にやってきた。
しかし、るージュから発せられる異様な気合い……つまり雰囲気が冒険者を寄せ付けないらしく、るージュがやってきたところから蜘蛛の子を散らすように冒険者達が距離をとってしまう状態だ。バツの悪いことにそうして距離を取った冒険者達は、るージュの様子を遠巻きに観察している。
「何故だ!このプリティな姿に魅せられないとは!ていうか、どうしてみんな離れていくんだ。これじゃヤツの情報を集められないじゃないか!あ!そこの君!聞きたいことが……」
距離を取るのを忘れたか、初心者なのか。たまたま近くを通った女性冒険者の肩を掴んでるージュは声をかけた。しかし……
「はぃ?何でし……ひぃっ!許してくださいっ!お願いしますっ!助けてっ……」
るージュが話しかけた初心者っぽい冒険者は、るージュの姿を見るやいな腰を抜かし、その場に尻餅をついて動けなくなってしまった。そしてその場でカタカタと小さく震えている。
「え?……あ、いや、あたしは……」
「なんだなんだどうした?」
予想もしない相手の反応にるージュの方が固まってしまう。そして騒ぎを聞きつけた明らかに上級者に見えるゴツい連中が集まって来てしまった。ただ声をかけただけなのに周囲の雰囲気は既に悪者扱いである。
でもるージュとしては怯んでいる場合ではない。何も悪いことはしてない……筈だ。
「あ、いやその……ちょっと声をかけましたら、怯えられてしまって……ですね」
集まってきた高レベルそうな冒険者に無実を訴えるるージュ。面倒なだけなので、余計な疑いを掛けられたくはないのが本音だ。
「あん?なんだ随分と人相の悪いエルフだな?そりゃおめぇ、あんたのようなエルフに声かけられたら俺だって逃げるわ」
「あっはっは!ちげぇねぇ。もっとマシな表情してきな。そしたら相手してやるぜ?」
人相が悪い?だと?
この俺……いや、あたしが全力で可憐で美しいエルフキャラをメイキングしたというのに!誰もが振り返る美少女!恐れ多くて近づけないならともかく恐れられるような人相であるわけが……
「なんだ?納得いってなさそうだな?鏡見てみろよ。そんな返り血に染まったエルフなんておっかないに決まってんだろ。キャラ造形が美しすぎるからこそ余計に怖いぞ。残虐性に磨きがかかってるっていうか……」
「つまり、顔洗って出直してこいってことやな。おめぇの必死な形相も、人相の悪さに拍車をかけてっからな。まぁひと驚かすのもほどほどにせえよ」
がははと笑いながら、上級冒険者達がるージュのもとから去っていく。いつの間にか腰を抜かしていた女性冒険者もどこかへいなくなってしまっていた。
「鏡、鏡……。鏡ったって、現実じゃないんだからそんな簡単に確認できっかよ!住宅エリアにいくしかない?ってそれはどこ?!」
相変わらずブツブツと独り言を言いながらルーテリアの街を徘徊するるージュ。
小一時間歩き回り、何とか住宅エリアの入り口にたどり着いたるージュは中に入った。すると無機質なあの音声が流れる。
『この街の住宅エリアに拠点がありません。レンタルルームを利用しますか?1回10Gとなります。なお拠点移動を行う場合は100Gとなります』
「拠点移動よ、拠点移動。ったく、せっかく王都で拠点作ったのに……」
不満そうにるージュが機械音声に応えると、パァっと視界が変化し、目の前にるージュの支援AIが現れた。
突然るージュの表情が明るくなる。
「メグた~ん!」
刹那、支援AI目掛けて抱きつこうとして飛びかかったるージュ。しかしその思惑は実ることなく、支援AIのメグは慣れた様子でるージュの突進をあしらった。
「うぅ……メグたんまであたしを拒否るのね」
支援AIメグに抱きつくことが出来ずそのままベッドに単身飛び込んだるージュが落ち込んだ様子で呟く。
『毎度毎度その手は食らいませんよ?何回同じ事を繰り返せばわかるんですか?大体、貴方は中身男ですよね?そんな簡単に抱きつかせるわけにはいきません』
「メグたんが虐める……」
『虐めてません!……って今度はルーテリアですか?こないだ『王都にキター』って喜んでいたの誰でしたっけ?』
「来たくて来たんじゃないんだよぉ~」
メグはルーテリアの街の地図データをインストールするための水晶玉を、駄々をこねているるージュに差し出した。
「えぇ~メグたんがインストールしてよぉ」
『……馬鹿なこと言ってないでさっさと使いなさい!ほらっ』
ベッドの上で寝そべったままのるージュに向かって、メグは水晶玉をポイッと投げた。
「あ、なんてことするんだ。危ないじゃないか」
『受け取りにこないるージュ様が悪いんです。……って酷い顔ですね。何をしたらそんなになるのか』
「そうだ。それ、なにがどうなってるのか分からないけど、あたしの顔がとても汚れてるって?」
『ご自分でご覧になったほうが早いですよ。ほら!』
メグは部屋に併設されている鏡付きの洗面所を指差した。
促されるままにるージュは部屋の鏡で自分の姿を見た。
「げっ……これは!」
想像していたより酷い状態だった。
魔物の体液なのか、ゴブリンの返り血なのか。なんだかよく分からない液体を頭からかぶったように顔も髪も汚れていた。しかも中途半端にその汚れが落ちている部分があったりするお陰で見方によってはゾンビっぽくも見える。モンスターか!あたしは。
『何をされてきたのか知りませんが、そんな格好でウロウロしてたら魔物として狩られますよ』
「狩られるっていうか避けられてたけど……」
どこでこんなに汚れたのか。というかるージュには心当たりが多すぎた。
苛立ちのままにファクトを追いかけてルーテリアに行くにあたり、邪魔になるものはダガーで全て打ち払ってきた。その全てを屠ってきたわけだが正直何をどれだけ倒したかなんて覚えてない。きっとその全ての返り血を浴び続けていたのだろうが……。
ともあれ、この汚れたままの状態では二の舞なので顔と身体と髪をよく洗う。
女好きの俺……いや、あたしがむしゃぶりつきたくなるようなイイ身体……なはずなのに、女性になった自分の身体を見ても全く興奮しない。不思議だ。自分の身体であると認識してしまうとちょっと違うのかも知れない。メグたんはすぐにでも押し倒したくなるのに……だ。
『るージュ様には押し倒されませんからね』
るージュの心の声を読んだかのようにメグから発せられる言葉。
『そんなもの読んでません。ブツブツ言ってるから聞こえるだけです』
あたしの《心の声》をそんなもの呼ばわりされたのはちょっとショックだが、声に出ていたのか。それじゃ仕方ない。そんなどうでもいいことを考えながら綺麗に身支度を調えたるージュは、メグの立っている部屋の中央に戻ってきた。
「さて。冗談はこのくらいにして、本気でファクトの居場所を探さなくちゃ。メグたんはどこにいると思う?」
るージュは悪戯っぽい笑みを浮かべた。




